第33話 音楽会
思った通り、コルチャック先生は新たな孤児の受け入れを積極的に行ったばかりか、年長の子が孤児院に住むことも許可した。
不足する食糧を補うために、コルチャック先生は一日中ゲットーの中を歩き回っては、寄付を集めるようになった。そのため、辛うじてドム・シェロトの運営は何とかなっていて、孤児たちは多少なりとも恵まれた環境にいた。
たとえじゃがいもの皮まで食べ尽くし、それでも空腹でいらいらと気が立った日々を送っているとしても、ここの環境はゲットーの中ではかなりましなものであった。
ドム・シェロトでは以前のように、子どもによる議会や裁判も行われていた。子どもの人権を重視し、まず救われるべきは子どもたちであるというコルチャック先生の方針は、ここでも変わりがなかった。
そんな中、音楽会の準備もまた着々と進んでいる。
「会はとっても大規模なものなんだって」
モニカはカヤに報告した。
「プロの演奏家さんたちがやってきて、民族音楽やメンデルスゾーンなんかをやるんです。そこで私も一曲歌うことになったの」
「まあ、そうなの」
「チェルニアクフさんとか、ユダヤ人評議会の人も呼ぶみたいです。何だか緊張しちゃうなあ」
モニカは顔に手を当てた。
「モニカ、こっちへおいで」
カヤが手招きするので、モニカはカヤの座っている岩によじ登った。カヤはモニカの手を取って助けてくれた。
「ずいぶん痩せたわね」
「仕方ないよ」
「どれくらい食べているの?」
「一日、パンを一切れ……? あとはじゃがいもとか、お肉とかもたまに」
「そう……」
カヤは黙ってモニカの髪を撫でた。
「音楽会、応援しているわ。私もちょっと覗いて行こうかしら」
「本当に?」
「ええ」
「ちょうどよかった。私、魔法を使わないで歌おうと思っているんです」
「まあ、そうなの」
カヤは目を細めた。
「それは素敵ね」
「はい。音楽界には大人もいっぱい来るみたいだから、子どもも大人も楽しめる歌がいいなって。それに、コルチャック先生のために歌おうと思って。カヤが聴いてくれるなら、もっと頑張っちゃいます」
息巻くモニカを、カヤは優しく撫でたり
モニカが期待した通り、音楽界は素晴らしいものになった。
何百人もの人々が招待された。子どもたちはよそゆきの綺麗な服を身につけて、わくわくしながら座っている。
舞台には音楽家たちが次々と現れて、思い思いに演奏をした。
モニカは、「小さなバラ」での、あの夏の思い出を歌った。
夏の日差しが燦々と
緑の原に降り注ぐ
涼しい風が木々の葉を
さらさら揺らし夢心地
夏の休暇の別荘で
楽しく歌い踊りましょう
走り回って疲れたら
美味しいご飯を食べましょう
ああ素晴らしき「小さなバラ」
私たちの大切な真夏の夢の宝箱
子どものものとは思えぬ美しい歌声に、会場は拍手でいっぱいになった。
ホールの後ろの方で、白い手がぼんやりと宙に現れて拍手をしているのを、モニカは見つけた。カヤは本当に、聞きにきてくれたようだ。
最後にコルチャック先生が壇上に上って、挨拶をした。
「私にも詩を朗読させてください」
先生は言い、その提案は拍手をもって歓迎された。しかしそこで、誰も予想していなかったことが起きた。その詩は世にも恐ろしいものだったのだ。
黒いチョビヒゲ
脂肪の塊 太鼓腹
猫背
優雅な洒落男
一同はぎょっとした。モニカも戦慄し、耳を疑った。
先生は、急にどうしてしまったんだろう。こんなの、楽しい音楽界に似つかわしくない……。
詩の意味はこんなところだ。
ドイツ総統のヒトラー。
秘密警察ゲシュタポの実権を持つゲーリング。
国内の民族同一を推進する宣伝相のゲッベルス。
そしてポーランド総督のフランク。
コルチャック先生がこの詩の中で、ユダヤ人の命を一手に握って好き放題に振る舞っているこの忌まわしき者たちを揶揄していることは、誰の耳にも明らかだった。
会場は恐怖に竦み、しんと静まり返った。それから、恐慌状態に陥った。
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