第12話 俺の部屋に美少女が居る……!

 玄関からリビングに移動した俺たちは一先ずダイニングテーブルに着いた。座りの並びは俺の対面に胡桃さんが座り、胡桃さんの横に霞が座っている。何故、胡桃さんが俺の隣じゃ無いんだ。


 そんな不満を抱きつつも、俺は本日胡桃さんが我が家に来訪した理由を軽く説明した。


「――と言うわけで、モデル業が忙しくて友達が少ない彼女の友達になって欲しいんだ。……って、聞いてる?」


 まさか学校で虐められ、自殺しようとするほど追い詰められていたとは言えず、なんとかそれっぽい理由をのべつ幕なしに並べ立てて霞の説得を試みる。

 けれど、俺は目の前の光景に呆れた声をあげざるを得なかった。


 目の前の光景とは――


「胡桃さん胡桃さん、趣味は何ですか?」


「えっと、その……趣味って言えるほどの物はないんだけど、綺麗な景色とか風景を見るのは好きかな。ちゃん」


 胡桃さんの腕に引っ付いて質問を繰り返す霞と、僅かに身体を硬直させつつも口元には笑みを浮かべて答える胡桃さんのことである。


 出会ってまだ十分程度であるはずなのだが、互いに下の名前で呼びあっているし距離も近い。


 霞はまだ分かる。俺は胡桃さんの魅力について、これまで何度も霞に熱弁してきた。そのおかげで、霞の中で胡桃さんへの好感度が上がっていてもおかしくない。


 しかし胡桃さんは違う。霞とは完全に初対面のはずだ。だと言うのに俺には見せたことの無い笑みを浮かべて、『霞ちゃん』と名前で呼んでいる。


 すごく羨ましい。俺なんか『あんた』とか『きっちーくん』とかなのに。


 ……なんだか、もやもやするんですけど!


「景色! 良いですね! 夜景とか好きなんですか?」


「うん。あっ、でも最近は夕焼けが好きかな」


 だが、そんな俺の胸中を他所に、二人は会話を弾ませている。


「夕焼けですか〜! 綺麗ですよね」


「霞ちゃんは趣味とかあるの?」


「そうですね……うーん、やっぱりバスケですかね! 部活にも入っているので! 胡桃さんは部活とか入ってないんですか?」


「中学の時はバレーやってたけど、高校に入ってからは全然。一年の時は仕事が忙しかったし、暇になったからって今から入るっていうのもさ、なんか気まずいし……」


「あー、確かに既に形成されてるコミュニティに入るのって勇気がいりますもんねぇ」


「うん、私の場合それがクラス単位で起こってて……仲良くしてくれる人居ないかなって思ってたらお兄さんが霞ちゃんを紹介してくれる、って」


「なるほど……合点がいきました! むしろ嬉しいです! よろしくお願いしますね、胡桃さん!」


 手を差し出して握手する二人は、互いに視線があうと照れくさそうに笑った。ところで今の話は既に俺がしてたと思うんだけど、やっぱり聞いてなかったんですか? そうですか。


「妹に寝取られた気分だ」


「ね、寝取られてないからっ!」


「えっ、二人ってそう言う――」


「っ! ち、違うから! 違うからね、霞ちゃん!」



  ☆



「すご……アニメのポスターがいっぱい」


 俺の部屋を見た胡桃さんの第一声はそれだった。そこに嫌悪感はなく、今まで触れたことの無い未知を見て驚いている様子である。


「ねぇ……ほんとにここですんの?」


 対して俺の横で嫌悪感丸出しのマイリトルシスターは流し目で睨んできた。


「ゲームはこの部屋にしかないし、リビングに持っていくの面倒くさいだろ?」


 胡桃さんを招待するにあたり、俺はどうやってもてなそうかと考えた。そして行き着いた結論は、ありきたりではあるがゲームをして遊ぼうというものである。


 何もなしで話し合うというのは、俺と胡桃さんだけなら問題ないだろう。だが今回は霞がいる。二人の親睦を深める意味も込めて、今回はゲームを――その中でも特に有名な某レースゲームを遊ぶことに決定したのだ。


「ほんとにそれだけ?」


「……」


「下心とか――」


「ない」


「……」


「……」


 食い気味に否定してしまったせいでジト目が飛んで来たので、俺は慌てて話題を変えた。


「そ、それにしても、一瞬で胡桃さんと仲良くなってるな。気が合ったのか?」


 尋ねると霞は「んー」と言葉を濁しながら、現在進行形で俺の部屋のフィギュアに興味津々の様子の胡桃さんを見つめて、答えた。


「まぁ、そうかもねー」


 嘘だな、と直感したのは俺がこいつの兄だからだろう。だが同時に俺は知っている。霞が胡桃さん並に良い奴であるということを。


「さて、それじゃあゲームしようかっ! 胡桃さんとゲーム出来る日が来るなんて夢みたいだよ」


 だから俺はいつも通り振る舞うことにした。


「私も、友だちとゲームするなんて初めてだし……普通に楽しみかも」


「まあ、未来の夫だけどね」


「う、うるさい! 違うから!」


 霞から離れてベッドに近付き背中を預けるようにして座ると、胡桃さんも俺に倣って隣に座った。距離が近い。可愛い。


 霞も、部屋の扉を閉じてから俺たちの元へと来ようとして、しかしその手を止めた。


「どうして閉めないんだ?」


「兄貴と密室って言うのが嫌」


「いきなり辛辣すぎない? 流石の俺も傷付くんですが?」


「じょーだんじょーだん。っていうかそんな事より――胡桃さんは私の隣にお願いしますね〜」


 一瞬で猫なで声になった霞はにこにこ笑顔で俺と胡桃さんの間に挟まってくる。突然のことに胡桃さんが困惑の声を上げた。


「え、え?」


「なんで霞が真ん中なんだ」


「だって隣だと、兄貴は胡桃さんのこと襲うでしょ?」


「襲わないけど!?」


 いきなりなんてことを言うんだ!?


「ほんとに〜?」


「俺は無理やり襲うなんてことはしない! 」


「えぇー、そうかなぁ〜? 胡桃さん気を付けてくださいね。兄貴は変態ですから」


 霞が口元に笑みを浮かべて胡桃さんに言葉を投げる。こ、こいつ……なんて非道な真似を! すぐさま弁明すべく胡桃さんへと視線を向けると――。


「…………っ!」


 何故かキョドりながら顔を背けていた。


「ま、まさか兄貴! 既に襲ってるんじゃ……!」


「襲ってない! 断じて襲ってない!」


「本当ですか、胡桃さん?」


 霞が尋ねると、胡桃さんはすぅーっと大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと答えた。


「う、うん。襲われてはないよ」


 それを聞き、霞は安堵の息を吐いた。おい、本気で俺が襲ったと思っていたのかこの愚妹は。もう少し家族のことを信頼して欲しいものだ。


「なら安心しました。兄貴が変なことをしたらいつでも相談してくださいね。……っと、そうだ! これ私の連絡先です! いつでも連絡してください!」


「あ、ありがと。霞ちゃん」


 スマホを取り出して連絡先を交換する二人を横目に、俺はゲームの準備を始めようとして、テーブルを挟んで対面にある電源の付いていない暗いテレビのモニターに、俺たちが反射して映っているのを見つけた。


 並びは霞を中心に、胡桃さん、霞、俺。

 ふむ……。


「なんかこの並び、夫婦と子供みたいだね!」


「ば、馬鹿なこと言わないでっ!」


 即、否定された。


「そうだね新婚夫婦とその妹だね」


「そ、そういう意味でもないっ! って言うか、霞ちゃんの前なんだけど!?」


「霞、未来のお義姉ちゃんだよ」


「ち、違うからね!? ただの友達だから! か、勘違いしちゃだめだよ、霞ちゃんっ!」


 二人揃って真ん中で挟まれていた霞に視線を向ける。すると彼女は視線をさ迷わせながら、一言。


「あー、えっと……ち、ちょっとジュース取ってくる」


 そう告げて、部屋を出ていった。

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