第13話 美少女と過ごす休日!

 霞が戻ってくるまで、胡桃さんと言葉を交わしつつゲームの準備をしていると、数分と立たずに三人分のジュースをお盆にのせて部屋に帰ってきた。それぐらいなら俺がしたのに、と思いつつ感謝を述べる。


「ありがとな、霞」


「ありがとうね、霞ちゃん」


「いえいえ気にしないでください」


 そう言って霞は胡桃さんの左隣に座った。胡桃さんの右隣は俺なので、我ら兄妹で胡桃さんをサンドイッチした形だ。おかげで胡桃さんとの距離が近づいて、二の腕当たりに体温を感じる程。


 最近は手を繋いだり、肘で突っついたりとボディタッチが増えてきていたが、改めて意識するとドキドキしてしまう。むしろ、互いに無意識で、触れるか触れないかという距離感故に、いつもより意識してしまうのだ。


 なんとか緊張を悟られないようにしながらゲームを準備する。今回プレイするレースゲームは数多くのコースが存在しており、それぞれのコースで一位を狙うという物。特徴としてはコース内にアイテムと呼ばれるボックスがあり、それをとることで対戦相手の妨害をしたり、自分のキャラの速度を一時的に上昇させることが出来る。


 つまり、アイテムの運次第で大逆転が可能なゲームなのだ。


 このレースゲームには二つのプレイ方法が存在する。

 一つ目はコントローラーのスティックを動かしてキャラクターを操作する方法。こちらの方が操作しやすく、安定した順位をとることが出来る。


 二つ目はジャイロ操作という、コントローラー自体を傾けてまるでハンドルを動かしているかのように操作する方法だ。こちらは操作感に慣れるまでかなりおかしな挙動をしてしまうも、ただ楽しく遊びたい時にうってつけの操作方法である。


 用意した三つのコントローラをそれぞれ持ち、全員がジャイロ操作を選択する。


「私このゲーム初めてなんだけど、簡単?」


「簡単簡単、大人から子供まで楽しめるゲームだよ。胡桃さんだってすぐに慣れるよ! 取りあえずやってみよう!」


「う、うんっ!」


 ぎゅっとコントローラーを握って意気込む胡桃さん。

 俺はゲームを操作して、レースを開始させた。


 ところで、俺はこのゲームがあまり得意では無い。霞はそこそこ上手だが、俺はいつも中位に落ち着いている。せっかく胡桃さんとゲームできるのだから、上手いプレイングを見て貰いたいという気持ちもあったし、実際他のゲームの中にはそこそこ得意な物も存在する。


 でも、俺はこのレースゲーム『マリモカート』をプレイすると決めた。


 それはある目的のため――ッ!!


 レースをスタートさせてしばらく、胡桃さんのキャラがコースの左カーブにさしかかる。胡桃さんはキャラクターを動かそうとコントローラーを傾け――、一緒に身体も傾けた。


「あっ、ご、ごめんね霞ちゃん」


「いえいえ、最初は誰でもそうなりますから」


 そう、霞の言うとおり、このゲームをジャイロ操作でプレイしようとすると最初の内はコントローラーと一緒に、つい身体も傾けてしまうのだ。そして隣でプレイしていた人にぶつかってしまうのも『あるある』である。


 胡桃さんがゲームを嗜まないことは先日、彼女の家に行ったときに確認済みである。故に俺は思った。


 ――胡桃さんにマリモカートをプレイさせれば、肩がトンっとあたってドキドキするというラブコメシチュが実現できるのではないか、と。


 そしてどうやらそれは当たりのようだ。が、想定外のことが一つ。


「わ、わわわっ」


「もー、胡桃さんくっつきすぎですよー」


「ご、ごめんね、霞ちゃん!」


「あはは、別にいいですよ~」


 左カーブが来て、胡桃さんは左隣の霞にぶつかってしまう。次に右カーブが来るが、胡桃さんは先ほどぶつかったことで気を引き締めており、俺の方にはぶつかってこない。


 なのに、気が付くとまた左カーブで霞にぶつかってしまう。


「……霞、ちょっと場所交代してくれ」


「? うん、いいけど」


 一レース目が終わったタイミングで提案すると不審がられたが了承してくれた。

 そして二レース目が始まり……何故か、左カーブが来ない。と言うか、ほぼずっと右カーブばかりのコースだ。


 おかげで胡桃さんと霞の接触事故(現実)が多発していた。


「む、むずかしい……」


「もー、胡桃さんへたっぴですね~」


「だ、だって初めてだし……」


「ちょっと手握りますね。ここで、こうっ……と、こんな感じです」


「霞ちゃん上手だね!」


「これでも兄貴よりはプレイしてますから」


「そうなの? って、やった! 二位だ! 霞ちゃんは……一位!? 凄いね!」


「胡桃さんも、まだ二回しか走ってないのに二位って凄いですよ!」


「そ、そうかな? えへへ」


「……っ! も、もうっ、胡桃さん可愛すぎますよぉ!」


 はにかむ胡桃さんに霞が抱きつく。いちゃいちゃいちゃいちゃ。

 俺の隣で百合空間が形成されている。なんだこれ。


 当初の予定と全然違う。と、ようやく俺もゴール……あれ?


 俺の操作していたキャラがゴールを目前に操作から外れる。そして、画面の下にシステムメッセージが表示された。


『順位が確定したので、操作を終了しました。』


「……」


「胡桃さん胡桃さん、次はどんなステージにします?」


「霞ちゃんのおすすめのステージとかあるならそこが良いかな」


「じゃ、じゃあこことかどうですか?」


「わぁ、凄い綺麗だね」


「で、ですよね! それにこのステージ、ランダムで四季が変わるんですよ!」


「へぇ、ってことは今回は雪が積もってるし冬?」


「はい!」


 うなだれる俺を無視して交わされる二人の会話。

 どうしよう、本当に胡桃さんが妹に寝取られそうだ。


 それ以降もゲームを続けるが、イチャイチャするのは二人だけで、俺は常に蚊帳の外。疎外感に苛まれ、何だか心がもやもやする。……でも。


「もー、やったな霞ちゃん」


「さっき攻撃してきたお返しでーす!」


 胡桃さんの楽しそうな表情を見て、まぁ、これはこれでいいか、なんて思う。俺は机の上のジュースに口を付けてからコントローラーを強く握り直すと、ゲーム画面に視線を向ける。


 俺が現在持っているアイテムは『カミナリ』——全プレイヤーに同時にダメージを与える最強アイテムだ。


「俺を忘れるなぁああああっ!」


 俺をのけ者にしていちゃいちゃしている二人へ向けて、躊躇なくそれを放った。



  ☆



 ゲームをしばらく遊んだ後、一息吐いて昼食にしようということになった。現在時刻は昼の一時、少し遅いが許容範囲だろう。


 本当は晩御飯を食べてもらい、それでもって先日泊めてもらったお礼としたかったのだが、胡桃さんが両親に会いたくないと言っていたため、昼前に来てもらって昼食をご馳走することにしたのだ。


 俺は霞と一緒にキッチンに立つ。胡桃さんにはゲストなのでダイニングテーブルに座ってテレビを見ているようにお願いした。


「やっぱり、何か手伝うよ?」


「いいよいいよ、お礼なんだし。一緒に料理をするのはまた次の機会にってことで」


「そ、そう? ……うん。わかった」


「ちなみに次は友達じゃなくて正式に彼女として招待したいな。むしろ嫁として——」


「け、結婚しないから!」


 胡桃さんの否定の言葉に反応したのは霞だった。


「それじゃあ、付き合うまではあるかもしれないってことですか?」


「か、霞ちゃん!?」


 予想外の人間からの予想外の言葉に、胡桃さんは素っ頓狂な声を上げた。


「いやー、ほら。今結婚しないとは言いましたけど、彼女の方は否定しなかったからどうなのかなぁ、と思いまして」


「ぁっ、う、ぐぅ……、そ、その、付き合うとか、よく分かんないし……」


 目を逸らしながらぼそぼそ答える胡桃さん。


「あははっ、じょーだんですよ、じょーだん。さて、下ごしらえはあらかじめしていたので、そろそろそっちへ持って行きますよー」


 「兄貴持ってってくれる?」と言われたので、無言で首肯して鍋をもって胡桃さんの方へ。そろそろ寒い季節になってきた。当然だ、もう十一月なのだから。という訳で、選ばれたのは鍋でした。


 野菜を入れて、肉を準備し、三人分の箸を机に並べる。


「美味しそうだね」


「はい! 我が家特製の『超鍋』です!」


「ちょう、なべ?」


 霞の言葉に小首を傾げる胡桃さん。俺はそれぞれの具材を指さしながら説明していく。


「スーパーで買ったコンソメに、スーパーで買った野菜、スーパーで買った豆腐にスーパーで買った肉と肉団子。名付けてスーパー鍋で『超鍋』だ」


「つまりは普通の鍋と変わらないってこと?」


「いや、隠し味がひとつ」


「え、なになに!?」


 興味津々に尋ねて来る胡桃さんに俺は人差し指を立てて、答えた。


「隠し味、それは……俺の胡桃さんへの愛情だよ!」


「……そろそろ、食べよっか。霞ちゃん」


「そうですね、食べましょう」


「……泣きそう」


 キメ台詞をさらりと流されて心が痛い。肩を落としつつテーブルにつく。霞が胡桃さんの対面に座っていたので、必然的に俺は胡桃さんの隣へ。先程とは俺と霞の位置が逆である。


「まぁ、この人ならいっか」


 ——ふと、霞のそんな呟きが聞こえた気がした。


「なんか言ったか?」


「……別にー?」


 胡桃さんも微かに聞こえていたのか、不思議そうな顔の彼女と顔を見合わせる。


「まぁまぁ。とりあえず食べよ」


 霞は言葉を濁して手を合わせる。気にはなるが教えるつもりはないらしい。別に言いたくないことを無理やり聞き出したいとも思わないので、俺も気にしないようにして手を合わせる。胡桃さんも手を合わせて——


「「「いただきまーすっ!」」」


 三人そろって鍋へと箸を伸ばした。

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