第10話 美少女と一緒に生徒指導室へ!
教室に到着すると、先程までよりも人一倍視線を向けられた。
「お前ら、遅刻だぞー」
「すいません」
「ご、ごめんなさい」
「まぁいい、さっさと席につけ」
俺達は、教壇に立っていた担任である物部先生の言葉に従い、それぞれの席へと赴く。
自席へ向かう途中、俺はある生徒の隣を通る。別に通りたくて通るわけでは無い。俺の席へ向かうにはそのルートが最短なのだ。横を通り過ぎる瞬間に、ちらりと視線を向けるのは金髪の少女。
俺が大嫌いな女、小倉である。
先日、俺は彼女に対して暴力行為を働こうとした。その行為自体は未遂に終わったが、仮に執行していた所で俺に後悔は微塵もなかっただろう。それぐらい、俺は小倉という少女が嫌いだ。
俺が目を向けた瞬間——小倉も俺を見た。視線が交差した途端、小倉は顔を青くして背けた。別に睨んだわけでは無いのに、こぶしを握って冷や汗を流しながら背を震わせている。
これは、やり過ぎたか?
一瞬だけ、そう思ってしまう。だけど、彼女は胡桃さんを追い詰めた元凶の一人だ。故に、これ以上追い打ちはしない——が、慰めもしない。この状況で小倉をさらに追い込むことは、たぶんだけど胡桃さんが許さないから。
彼女はそういう人だ。むしろ、手を差し伸べるまである。お人好しというか何というか、まぁ、そこが好きなんだけど。
俺もすぐに小倉から視線を切り、自席へと着席するのだった。
物部先生の退屈なホームルームが終わり、各々が次の授業の準備をしたり、友人に話しかけに動き始める。俺も胡桃さんに話しかけに向かう。
「遠距離恋愛って大変だね」
「教室の数メートルじゃん」
胡桃さんにいつものように話しかけつつ、教室の現状を把握しようと俺はぐるりと概観する。先程はホームルームの途中だったので分からなかったが、今は休み時間。先生の前では出てこない、クラスの『空気』という奴が表面化する。昨日の一件がそれなりにインパクトを生んでいたのは、先ほどの小倉の反応から容易に推察できるため、その変化を俺は確かめておく必要があった。
——そしてふと、違和感を覚えた。
何だろうかと考えていると、答えを見つける前に背後から声を掛けられる。それは教室を出て行っていたはずの物部先生だ。出席簿片手に廊下から窓越しに顔を出している。
「おい、遅刻魔。昨日のエスケープについて知りたいから、昼休みに生徒指導室へ来い」
「その、大変申し訳ないのですが、昼休みは胡桃さんと愛を深める予定がございますのでご遠慮することは出来ないでしょうか……」
「深めないけど!? っていうか、元々深める愛も無いけど!?」
「ほんとに?」
「な、なに?」
「本当に深める愛は無いの?」
じりっとにじり寄って顔を近づけてみる。すると彼女は顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を横に振った。
「な、ないからっ! ないったらないの!」
何だか子供っぽいけどすごく可愛い。胡桃さんは美少女であるが、どちらかと言えば綺麗系の美少女だ。そのため、少し幼げな動作が妙にドキドキする。つまり何が言いたいのかと言うと——
「胡桃さん、絶対に幸せにするから」
「急に変な覚悟を決めないでっ!」
「あー、いちゃこらしてるとこ悪いが、古賀。お前も一緒だ。お前ら二人が一緒にエスケープしたんだから当然だろ?」
「胡桃さんと一緒ならどこへでも行きますよ。昼休み生徒指導室ですね。了解しました」
「せ、先生までいちゃこらって……外堀が、外堀がぁ……」
頭を押さえて机に突っ伏す胡桃さんを横目に、素直にうなずくと物部先生は眉間に手を当てて大きく嘆息し、踵を返して教室から離れて行く。
「はぁ……じゃ、とりあえず伝えたから。忘れず二人とも来いよ」
ひらひらと手を振る物部先生を見送って、俺は胡桃さんとの会話を再開した。
☆
昼休み、俺と胡桃さんは生徒指導室へと赴いた。
ドアをノックすると物部先生の声が返って来たので、中に入って準備されていたパイプ椅子に腰かける。彼は「朝も言ったが」と切り出して、昨日のエスケープ事件に関して尋ねて来た。
一瞬、俺はどこまで話せばいいのか分からなかった。
彼も、当然のことながら胡桃さんが虐められていることを知っている。だが知っているだけで何もできない。立場的には桐島くんが一番近いだろうか。知っているし、止めようとも思っているがその方法が難しいのだ。
虐めが起こっているクラスに対して「虐めはやめましょう」なんて言っても欠片も効果はないし、変に肩を持つとさらに虐めが加速する恐れがある。だから、静観することしかできない。
本当に止めようと思うのなら、その人以外をすべて敵に回すぐらいの心意気でやるしかない。俺がいま、そうしているように。なにせ相手は『虐めっ子』ではなく『虐める空気』なのだから。
そんな彼に、俺はどこまで話せばいいのだろう。
虐めのこと、小倉のこと、水をかけられたこと、——自殺未遂にまで至っていたこと。
何を言って、何を言わないか。それを考えていると、不意に胡桃さんが手を握ってきた。どうしたのか聞こうとして——その前に、彼女は口を開き、自ら説明を始めた。
自殺のことは口にしなかったが、つらつらと語っていく。虐めの内容を口にする際は、俺の手をぎゅっと強く握ってきた。だから、俺も握り返す。俺は味方だからという意味を込めて。
やがてそれは形を変えて、気が付くと指と指を絡ませた——所謂恋人繋ぎになっていた。
「——という訳で、ずぶ濡れになっていた所を、彼が家まで送ってくれました」
時間にして、十分も話してないだろうが、胡桃さんは憔悴していた。俺は労いの言葉を掛ける。
「頑張ったね」
「……助けてもらってばっかりは、嫌だから」
胡桃さんらしい。
「とりあえず、事情は大方理解できた。全部が全部褒められた事ではないが、とりあえず——古賀、助けてやれなくてすまなかった」
膝に手を置いて、深々と頭を下げる先生。
「い、いえ、そんな……っ」
胡桃さんに頭を下げ終わった先生は、次に俺の方へと姿勢を正す。
「お前も、古賀を助けてくれてありがとう」
「……はい」
複雑な心境だ。俺だって胡桃さんが教室で居場所がなくなっていくのを見ているだけだった人間だ。今でこそ他のすべてより胡桃さんを愛して助けると決めているが、少し前まで先生と何ら変わらなかったのだ。
だから本当に感謝されるに足る人間なのか、今一つ自信が持てない。
「……何を考えているのかは知らんが、少なくともお前は上手くやってるよ。じゃなきゃそうはならないだろ?」
先生は片眉を上げて、俺と胡桃さんの間を指さす。
目を向けると、そこには固く繋がれた手。俺はそれを見てから、胡桃さんに目を向ける。すると彼女と視線が合った。
「……っ、ぁう」
胡桃さんは顔を真っ赤にして背けて、ゆっくりと手を離そうとする。だけど俺はそれを無視してぎゅっと握ると、先生に向かって告げた。
「それもそうですね。……そうと分かれば大丈夫です! こんな危機、俺
「
「相変わらず照れ屋なんだから~」
「て、照れてないけど!?」
「おいこら、お前ら。痴話喧嘩を始めるな」
「先生!?」
驚いた声を上げる胡桃さんをスルーして、先生は言葉を続ける。
「とにかく、今回のことはお咎めなしってことで。二人とも教室に戻れ」
「はーい」
俺は間延びした返事をしつつ、隣でぼそぼそと誰にも聞こえないような声で独り言を呟く胡桃さんを連れて、生徒指導室を後にした。
「ち、痴話喧嘩……? ……う、嬉しくない。嬉しくないんだからっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます