飛び降りる直前の同級生に『×××しよう!』と提案してみた。
赤月ヤモリ
第1話 自殺なんてやめて俺とセックスしようっ! と提案してみた。
学校の屋上――腰の高さの安全柵の向こう側に彼女はいた。
だから俺は、叫ぶ。
「俺とセックスしようっ!」
スレンダーながらも女子にしては長身のスタイルは、彼女がモデルとして活躍していることを嫌でも理解させてくれる。最近は女優業も始めたらしい。
そんな彼女が、まさに自殺一歩手前だった。だからこそ、俺は迷うことなく彼女に告げた。前々から友人に「お前はキ○ガイだ」と言われて不平不満を述べていたが、どうやら友人は正しかったらしい。
胡桃さんが、壊れた機械人形のごとく首を動かし、背後に立っている俺をその視界に捉えた。
「へ、変態……っ」
「いや、待って欲しい。俺は変態じゃない」
「いやいや、無理だから。変態じゃん。なに、いきなりセックスしてくれって」
「だって胡桃さん、今自殺しようとしてたでしょ!?」
言った瞬間、彼女の目が細められる。
「……つまり、どうせ死ぬならセックスして死ねッてこと? 変態かと思ったらとんだクズだったってわけだ」
「違う!」
「何が?」
「俺は、君が好きだからセックスがしたいといっているんだ!」
「だからそれが意味わからないって言ってるでしょ!?」
「どうしてだ! 好きな人とエロいことがしたいと思うことの何が悪い! そんなことを言ったら世の中のカップルは大罪人じゃないか! 全員獄中にぶちこまれて刑務所の中がリア充の巣窟になるじゃないか!」
「……ああ、そう。わかった。つまりはあんたはキ○ガイだってわけだ」
「ああ! そうらしい!」
全力で肯定すると、彼女は「み、認めるんだ」と顔を引きつらせた。
「と、とにかく。あんたとセックスするつもりなんて毛頭無いから。さっさとどっか行って」
「……いいのか?」
「何が」
真剣な声で問いかけると、先ほどまでの苦い顔を消して、俺を睨み付けてくる胡桃さん。そんな顔も可愛い。でも、個人的には笑っている君が一番好きだ。
「今、俺がいなくなったら君はこの場から飛び降りるだろう。俺は胡桃さんのことが大好きで、愛していて、全力でらぶってるから、最近君が思い悩んでいたことは知っている。だから、君が自殺したがっているということを知っている」
「何、ストーカー宣言?」
「違う! いいか、胡桃さん!」
ビシッと彼女へ人差し指を突きつけ、俺は全力で吠えた。
「きっと君は先ほどまで、『これが私の見る最後の風景』などと感傷に浸りながら、この美しい夕焼けを見つめていたのだろう。だが、今は違う! このまま自殺したら、君が最後に言葉を交わしたのは同じ学校のほとんど話したこともない変態でキ○ガイのよくわからない男子生徒ということになるんだ! それでいいのかぁぁあああッ!?」
「……っ!」
「俺は君のことを愛している。だから君がかつて雑誌のインタビューで美しい風景が好きと述べていたことを知っている。故に、あえてもう一度言おう! ――これで、こんな終わりでいいのか古賀胡桃さんッ!」
高らかに宣言する。俺の想いを、俺がここに居る理由を。
今日の放課後、物思いにふけった表情で教室を出て行った彼女。心配して、してはいけないと思いつつも後を追った。そうして辿り着いた今。
俺は彼女を愛している。だから、何が何でも、どんなことになっても、全身全霊でもって彼女の自殺を阻止したい。たとえ彼女に嫌われようとも!
「な、な……なんてことしてくれたのよ!」
「ふはははっ! わかったらさっさと戻ってきて俺とセックスしろ!」
「しない! セックスしない! それに戻らない」
「ふふふ、ならば君の最後の会話はキ○ガイのナンパで決まりだな」
「嫌だ嫌だ嫌だぁぁあああ!」
「だったら早く戻ってこい!」
手を差し伸べる。侮蔑の視線を向けられる。かなりつらいが我慢だ我慢。
「……して」
「え?」
「どうして、そこまで戻ってきて欲しいのよ」
「? 先ほどから言っているだろう。君が好きだからだ。モデルとしてスカウトされる前からずっと、ずっと好きだ。君の容姿も、性格も、すべからく、何もかも俺の直球ど真ん中だからだ。すでに君に人生を捧げる覚悟は出来ている」
「……なにそれ。それってつまり、私のためなら何でも出来るってこと?」
「何故そうなる。そんなわけ無いだろう」
即答すると、胡桃さんは驚いた表情を見せた。
「は、はぁ!? どういうことよ! 私のために人生を捧げる覚悟できてるんでしょ!?」
「ああ! もちろんだ! だがそれは奴隷とか下僕とか、つまりはそういう一方的搾取の関係ではなく、相互的に支え合う関係のことを指している! よりわかりやすく言うのなら『病めるときも、健やかなるときも』という関係のことを指す! 胡桃さん! 俺と結婚しよう!!」
「……っはぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?」
今まで聞いたことのない絶叫が胡桃さんから発生した。愕然と、――否、どちらかと言えば驚天動地と言わんばかりに口をぽかんと開けて、目を見開いて、俺を見つめている。何その表情、可愛い。
「さぁ、どうする! キ○ガイからのプロポーズを受けるか、自殺するか!」
「どっちも最悪じゃん!」
「プロポーズを受けてくれ!」
「いーやーだー!!」
駄々っ子のように首を振る胡桃さんは、やがて大きくため息をつくと、ジトッとした目を俺に向けて、次に俺とは反対の、すでに夕焼けが終わり夜の帳が降りる町へと視線を向ける。
そうしてもう一度だけ大きくため息を零すと、安全柵に手をかけて一気に跳躍。俺の方――つまりは安全な屋上の方へと彼女は足を付ける。それはつまり……
「暖かい家庭を築こうね」
「いや、プロポーズ受けたわけじゃないから!」
「じゃあどういう意味!?」
「……っ! や、止めるだけ、自殺を」
「……そっか。――――それじゃあセックスしようか」
取りあえず安心したので改めて誘ってみると――。
「くたばれ変態ッ!」
全力のレバーブローが俺の身体を穿った。怒髪天をつく勢いの感情が込められた一撃は、俺に膝を折らせ屋上のアスファルトに顔を押しつけると同時に、陰鬱としていた胡桃さんの表情を、俺が世界で一番好きな彼女の笑顔にする効果を持っていた。
崩れ落ちた俺を睥睨した後、彼女はもう一度ため息をついて、一言。
「……あんたみたいな奴、初めてよ」
そりゃあ俺みたいな奴がうじゃうじゃいたらヤバい。日本の警察では手に負えないだろう。
「それは、俺を好きになってくれたと、つまりは、らぶってくれたという解釈でおーけー?」
わずかな希望に賭けて尋ねてみると、彼女は『べっ』と桃色の舌を出して、笑う。
「のっとおっけー! ……じゃあね!」
くるりと
「また明日」
「…………ん、また」
一瞬立ち止まり、振り返った表情は、夕焼けのせいなのか赤く染まっている気がした。といっても、すでに周囲は暗く夜が始まっているのだが。
「あぁ、マジでらぶい。好きだわ、胡桃さん」
そんなことを呟いて、俺は腹の痛みが引くのを待った。
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