僕(私)の出会い系物語

工藤千尋(一八九三~一九六二 仏)

第1話僕(私)の性別は教えない。

僕(私)は小説家になりたい。


 僕(私)は昔から小説を書くことが好きだった。商業デビューしてそれだけでご飯を食べることが出来れば小説家である。今はネット上に作品をあげることも簡単であり、読んでくれる人もたくさんいる。でもネット小説の世界もそう簡単なものではなくて。自己プロデュース能力がなければ作品をネットにあげても簡単には読んでもらえない。SNSとかで宣伝したり、作品をあげる時間帯も多くの人と被らないように工夫したり。仕組みを考えたら不正をすることも比較的簡単そうで。

 僕(私)が誰かにお仕事は何かと聞かれても小説家とは恐れ多くて口には出来ない。実際、小説で収入を得てもいないし。それどころか小説を書いていることもリアルでは絶対に誰にも言わない。理由は恥ずかしいからだ。小説を書いていると口にすることは簡単だし、何にしても口で言う分には誰にでも言える。でもダサい。おそらく僕(私)は古い考え方の人間なのだろう。ネットでちょっとバズって表現者になりました、ウェブコミックで連載中、職業ライターです、など。そういうのは、「で?それだけで食べれてるの?一文字いくら?相場が一文字0・3円なら十万文字でやっと三万円。十万文字書くのに一か月かかるんじゃない?それなら食べていくのも不可能では?」と意地悪な感情を持ってしまう。

 昔、僕(私)は文芸サークルで書いていた。メールと郵送でのやり取りが基本で、サークルのメンバーと直接会うことはなかった。それでも締め切りがちゃんとあって。また、同人誌とは別に感想を言い合う冊子もあった。そのサークルを運営されていた方が関東の女性の方であるということだけはサークルの運営費を振り込む時の振込先口座とやり取りをする時のメールから分かった。今と違って昔は小説を書いてもどこかの賞に投稿するだけで、誰かに読んでもらえることはなかった。そのサークルの中で個人的にホームページを持っていてそこに作品を掲載していた人もいた。その人はとても難しい文章を書かれる人だったけれど、そのホームページの中の日記コーナーと言うか、日常を綴ったエッセイ的な文章はとてもユーモアに溢れ面白い人でもあった。僕(私)は働きながら書いていた。自分が書いた作品を読んでもらって感想を書いてもらうことは初めてのことであり、またみんなが本当にそう思っているのかと疑ってしまうくらい過剰な誉め言葉もたくさんあって。冷静に考えると僕(私)も例え稚拙と感じる他人の作品であっても、これが同じサークルの人の作品だと簡単には否定的なことは書けなくて。もっと昔なら商業誌でもお金を払えば自分の作品を掲載してくれる文芸誌みたいのもあって。一度だけ僕(私)はその文芸誌に応募して実際に金額は別として自分でお金を払って自分の作品を掲載してもらったことがあった。めちゃくちゃ背伸びして好きな作家の欄にキャシー・アッカーと書いたことは今でも覚えている。なんかその時は追加でお金を払えば自分宛への作品の感想を貰えるということだったが僕(私)はそのお金を払わなかった。自分の作品への感想なんてものすごく興味もあったし、そんなのお金を払っても読みたいに決まっていると思っていながらも。

 それからその文芸サークルも時間と共に自然消滅してしまった。今はネットもSNSも発達し、昔と比べて書き手は随分と増えたように感じる。当時のサークル仲間を手元に残った同人誌をもとに探してみた。あの自分でホームページを持っている人だけは活動を続けているのが分かった。他のメンバーは、少なくとも当時のペンネームで活動を続けている人はいなかった。そのたった一人の書くことを続けている人は本も出版したようだ。その本の版元を見て僕(私)は少しがっかりした。自費出版で有名な会社だったからだ。だから僕(私)はあの時、お金を払って自分の作品への感想を読むことをしなかったのだろう。だから今のこの時代になってもネットに作品をあげずに書き続けているのだろう。誰にも読んでもらえず、感想ももらえないのはとても虚しさを感じることがある。本屋さんに行ってお勧めのコーナーにずらっと並べられている単行本に嫉妬することもある。電車の中で売れている作家さんの本を読んでいる人を見ると頼むからカバーをして読むなりすればいいのにだとか、うるさい電車の中で読んで文字が頭に入っているんだろうか、意地悪なことばかり考えてしまう。そんなことを考えるぐらいなら自分の作品をネットにあげてみればいいじゃないかと半ば自分でも呆れることもある。名刺にライターと入れれば僕(私)もその日からライターになれるし、自己顕示欲を満たすだけなら他にも方法はいくらでもある。そんなある日、僕(私)は出会い系サイトの存在を知った。


 僕(私)の出会い系物語が始まった。

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