バンブーパンク

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導入

 列島の肥沃ひよくな大地が竹で覆い尽くされ、どれほど経っただろうか。

 人が、バンブーに土地を奪われた樫木族オークスと、竹を広め人類を困窮に至らせた原罪を背負う者たち――竹族バンブーズに分けられ、どれほど経っただろうか。


 緑の壁と見紛うような竹林の、そのまた狭間に、竹造りの小さな平屋がある。

 降り積もる枯れた笹葉に足をとられまいと敷かれた、平屋へと伸びる青竹の桟橋を、ひとりの男が歩いている。

 金髪、碧眼、大柄な体躯。オークスだ。

 男は平屋の手前に掲げられた看板に目を向け、嫌そうに鼻息をつく。


竹切り屋バンブースラッシャー

 

 表札代わりの立て札には、そうあった。

 

 アヅマ・タケザキは愛刀の手入れをしていた。

 通称『竹切り庖丁バンブーキラー』。

 七十八せんちの反り浅く厚い刀身は、無銘ながら見事な斑目肌と直刃刃紋を宿す。

 その得物、アヅマ・タケザキという名の響き、黒髪、黒瞳、痩身中背の躰――違うことなきバンブーズである。なかでも、かつて東アジアと呼ばれた土地の極東にいたという、日本人種の系譜に連なる青年だ。

 アヅマは打ち粉をはたいた刀に拭い紙を当て、切っ先へと滑らせる。刀を手の内で返した。睨むような視線が刀身を舐める。錆が浮いている様子はない。

 小さく頷き、アヅマは刀を鞘に納めた。


「……相変わらず熱心だねぇ」


 背後から聞こえた、少し掠れたような少女の声に、アヅマは肩越しに振り向く。

 相棒のプティー・グルンが胡坐あぐらをかき、節くれだった手で竹籠を編んでいた。

 自ら染めたという椿の花を思わせる赤い髪、涼し気な茶色い瞳、やや細い顎に、活発そうな小麦色の肌。さらけ出された二の腕はがっしりとしているが、逞しさよりも靭やかさを感じさせる。バンブーズ――それも大陸の、さらに西側の系譜に連なる少女だ。 


「……プティーのも見ておくか?」

「あたしのぉ? いいよ、別に。あたしのはアヅマのと違って繊細じゃないしさ」


 苦笑交じりにパタパタと手を振り、プティーは籠編みに戻った。

 仕事のついでに取ってきた柔らかな種の竹を細かく裂き、さらに曲げ伸ばしを加えてほぐした後に、籠として編む。竹切りの仕事は多くないため小遣い稼ぎにしている。

 プティーは格子状に竹を編みつつ、呟くように言った。


「お客さん、何を迷ってるんかねぇ?」


 先ほど、戸外に敷かれた青竹の桟橋が鳴るのを、ふたりで聞いていた。

 アヅマは竹畳に手をつき、プティーの傍らにある短剣へ手を伸ばす。彼女の得物だ。


「知らん。俺たちが震え上がるような言葉を探してるんだろう」


 アヅマは元の位置に戻り、プティーのナイフを抜いた。

 鉈や斧を連想させる肉厚で大振りなナイフだ。刀身は中程から切っ先にかけ、前方へ屈曲している。柄の付け根にある刻みはチョーというらしいが、アヅマにはよく分からない。

 分かるのは、どう研ぐのが正しいのか皆目見当もつかないということだけ。


「……少し、刃が鈍っているように見えるが」

「タイミングで切るからヘーキ。よっぽどなら研いどくけど――」


 プティーの声を遮るように、男の声が格子戸を揺らした。


「おい! いるか!? 竹屋!」


 プティーは鼻で小さくため息をつき、首を振った。


「竹屋じゃなくて竹切り屋だよ!」


 スカン! と戸を滑らせ、オークスの男が顔を見せた。


「うるせぇ。バンブーズはバンブーズだろうが」

「仕事を売りに来たのか、喧嘩を売りに来たのか、どっちなんだい、ビスキー?」


 プティーは編みかけの籠を脇にのけ、背後から竹煙管バンブーパイプの箱を引き寄せた。極細の金属竹メタルバンブーで作った火皿に刻み煙草を詰め、竹発条バンブースプリングの火打で竹炭の火口に着火する。

 パチン! と爆ぜるような火打の音に、アヅマは打ち粉をはたく手を止めた。


むなら外でやってほしいんだが」

「固いこと言うない。ただのカッコつけだよ」


 プティーは竹の付け木に火を移し、バンブーパイプを逆手で持った。刻み煙草のつまった火皿に火を近づけ、くっ、とひとつ吸い込み、細く、長く煙を吐いた。


「ほんで? なに黙ってるのさ、ビスキー」

「……クッソ……ガキのくせに……」


 わざわざ口に出すこともあるまいにとアヅマは思う。プティーはバンブーズの女としては少し大柄なくらいで、均整の取れた躰はオークスの女も歯噛みするほどだ。しかし、人種としてふた回りは大きなオークスの目から見れば、妙な色気を振りまく子どものように映るのだろう。

 プティーはそれと自覚しているのか、自信たっぷりな笑みを浮かべた。


「ホントにガキに見えてんなら、んなこと言わないだろうね」

 

 もうひとつゆっくり煙を吸い込み、今度はビスキーのほうへ煙を吹く。


「で、なんの用だい? を口説きに来たんじゃないんだろ?」

「……仕事だよ。建ててる途中のトコがバンブーにやられた」


 ビスキーは眉を寄せ、胸元で太い指を鳴らした。


「三日くらい前だ。いきなり床をぶちぬいたって――」

「三日前だと?」


 アヅマの、悩ましげにククリナイフの刃筋を見ていた目が見開かれ、ビスキーに向く。


「なんですぐ来なかった。卯月だぞ?」


 卯月から皐月の終わりにかけて出る筍は、一月かからず十メートルちかくに達する。まして早い時期に床を抜いたとなれば、俗に魔竹デビルバンブーと呼び習わされる異常生育の変種群だ。

 ビスキーは忌まわしそうに顔を伏せ、後ろ頭を掻いた。


「若ぇのがビビって報告が遅れたんだよ。そのあいだに竹止めバンブーシーリング業者も逃げやがった」


 バンブーシーリングとは、デビルバンブーの地下茎が土地に入り込むのを防ぐ作業をいう。デビルバンブーとくくられる品種の多くは竹でつくった壁にする。その性質を利用し、地下に竹の壁バンブーシールを埋設し、土地を守っているのだ。 

 プティーは難しい顔をして煙を吹くと、バンブーパイプを返し、煙管箱に立つ竹筒の縁に、トンと雁首を打ち付けた。


「おおかた賃金をケチったんだろう。違うかい?」

「知るか。たとえそうでも誠実に仕事すんのがお前らバンブーズの責務じゃねぇのかよ」

「……竹の原罪バンブー・シンか」


 アヅマがククリナイフを鞘に納め、プティーに投げ渡した。


お前らオークスも竹を利用しているくせして、好き勝手にいってくれる……が、竹切りが俺たちの仕事だ」

「……運が良かったねぇ、ビスキー。アヅマがやる気になってくれたよ」


 フフン、と挑発的に鼻を鳴らし、プティーが腰をあげた。

 ビスキーは両手を腰に、顎を外へ振った。


「ついてこい」

「ばーか。先に着替えだよ」

「あ?」


 プティーはナイフの収まる鞘を持ったまま両肩を抱き、冗談めかして言った。


「アヅマも先に出てってくれるかねぇ。乙女の肌をさらすわけにゃいかないしさ」

「心得た」


 アヅマは至極マジメにこたえ、愛刀を片手に立ち上がった。

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