第13羽 小鳥、物思いにふける

 昼食を食べ終えて満腹で挑む午後の授業。睡魔が絶えず襲ってくるため、ロクのクラスメイトの一部は夢の世界へと旅立ってしまっている。大樹もその一人だ。


 ロク自身も眠気を感じていたが、とあることをして睡眠から逃れていた。


 シャッ、シャッ、シャッ。


 日差しに半分ほど照らされたノートの上に、シャーペンを走らせる。シャーペンと紙面の擦れる音が絶えず響き、その小さな音はロクの耳にだけ届いた。ロクは何も板書をしている訳ではない。


 ただ小説を書いている。普段はパソコンで書くが、授業中に堂々とパソコンを出す訳にもいかないので、このようにアナログ的手法で執筆していた。


「―――――」


 教師は黒板に書いた公式を指差し何やら説明しているが、執筆していると授業を聞く余裕などない。とはいえ、授業を聞こうとすればどうせ寝てしまう。


 だからロクは、午後の授業中は小説を書くことにしていた。ロクのデビュー作、『十一人十色』は中学三年生の時にこうして書かれたものである。ロクの成績が悪い原因だ。


(あ)


 換気のために開けられた窓から、風が「おじゃまします」と言わんばかりにそっと入ってくる。ロクのノートが、ぱらりと一ページめくれた。



 *****


 三階にある一年生の教室は、一年や二年の教室と比べると最も日当たりが良い。通気性も良く、三階まで階段を上るのが面倒という欠点さえ気にしなければ、一番快適に勉強できる環境だ。


 そんな空間で、小鳥はシャーペンのノックボタン(芯を出すために押す所)を顎に当てて考えごとをしていた。


 小鳥は真面目な生徒だ。ロクのように、授業に集中せず他のことに気を向けるようなことはあまりしない。


(お弁当どうだったかな)


 しかしこの日は違った。窓の外に目をやって、広がる青空をなんとなしに眺める。


(少しだけ卵焼きが甘過ぎた気がする)


 今日の弁当の出来(でき)について一人で反省していた。そこそこの自信作だったのだが、細かな反省点を探せばいくらでも出てくる。


 粗探しのような真似はどれだけしようと終わることがない。小鳥は反省点を見つけるとちょっとだけ気を落として、また見つけると更にちょっと気を落として。つまり負の連鎖に陥っていた。


 小鳥の昼食は毎日弁当だったが、こんなことは今日が初めてだ。


(……先輩、喜んでくれたかな)


 理由は分かりやすかった。そんなことばかり考えて物思いにふける小鳥に、背後から小さな囁き声が飛んでくる。


「おい、小鳥。こーとーりー」


 それに気づいた小鳥は振り返った。


「どうしたんだ? 珍しく授業に集中してないみたいだけど」


 一つ後ろの席の、小鳥と仲の良い女友達がそう尋ねてくる。


「その……」


 小鳥はなんと答えるべきか迷った。ロクとのことは、出来れば周りに秘密にしておくべきだと小鳥は思っている。どう答えれば良いのか分からずに言い淀む小鳥を見た女友達は、にやりと笑って予想した。


「はは~ん。さては恋だな?」

「! ち、ちが……」


 これにはさしもの小鳥も動揺する。慌てて否定しようとするも、


「……う」


 一声で「違う」と言い切れなかった。ふと言葉に詰まってしまい、小さく俯く。


「悪い悪い、冗談だから気にす……」

「こら、小鳥遊! 前を向け」


 ずっと振り返っていたため、とうとう先生に怒られてしまった。そっと姿勢を戻し、黒板と向き合う。


「小鳥遊が集中を乱すなんて珍しいな」

「すみませんでした」

「うむ」


 先生はしつこく怒ることはせず、すぐに授業に取り組んだ。黒板にチョークが当たる音を聞きながら、小鳥は自分に確かめるように尋ねる。


(ちがう……よね?)


 答えることは、当然誰にも出来なかった。

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