2章
第11羽 月曜日、訪れる
月曜日。それは七日に一度訪れる忌々しき日だった。
多くの学生と社会人は目の輝きをなくし、快適な休日が過ぎ去ったことを嘆く。時々いる、「俺には月曜日も日曜日も一緒だから……」と死んだ目で語る成人は、なるほど、社畜の鏡だ。
そして月曜日を嘆く者はここにも一人。
「休み、もう一日伸びねえかな……」
のそりとベッドから体を起こし、叶うはずのない願いをロクは口にした。土曜日を風邪で過ごしてしまったロクには、たった一日しかまともな休日が無かったからだ。
「はぁ」
重い息を吐き出して立ち上がる。どれだけ憂鬱だろうと、最後には行かなければならない。成績の危ういロクは、サボりでもしたら本当に留年してしまう。
自業自得の自分の成績を、それでも恨みながら階段を降りた。リビングに行くと朝から小鳥が台所に立っている。今度はロクも、母親と見間違えることはしなかった。
「おはようございます」
「おはよう。何してるんだ?」
「お弁当を作ってるんです」
何でもないことのように小鳥は言うが、ロクの胸の中で期待がふわっと膨れる。
「それってもしかして、俺の分も……」
「もちろんです」
「!」
どうやら二人分の弁当を朝から作っていたらしい。台所に寄ると、大きな弁当箱と小さな弁当箱がそれぞれ一つずつ、風呂敷に包まれていた。
「どうぞ」
「ありがとう」
大きい方の弁当箱をロクは渡される。高校生になってから初めての弁当だった。
「中身はなんだ?」
「それは開けてからのお楽しみです」
と、小鳥が意地悪げに勿体ぶった時。
ぴー、ぴー。
脱衣所の方で何やら高い音が鳴る。
「洗濯機?」
「あ、はい。久しぶりに晴れたので洗濯もしておいたんです。これから干さないと」
「……いや、小鳥遊はゆっくりしててくれ」
すぐに洗濯機へ向かおうとする小鳥を、そっとロクは制した。
「干すぐらいは俺がやるわ。流石に任せっぱなしで申し訳ない」
これ以上、小鳥に家事をさせるのは気が咎めたようだ。小鳥にとっては居候の身だからという気持ちがあるのだが、ロクはそんなことを気にしておらず、コキ使う気などこれっぽっちもない。
「……それなら、お願いします」
「ああ」
そんなロクの思いを察したのか、小鳥は素直に従った。自分の分の弁当を鞄に入れるため、一旦寝室に戻ろうとリビングを出る。
そして。
「!」
当たり前のことに気がついた。慌ててリビングへ引き返し、脱衣所へ向かうももう遅い。
「……あ」
濡れてしわくちゃな小鳥の下着を前に、ロクが硬直していた。小鳥の足音に気がついたのだろう。そっと振り向き、
「す、すまん。わざとじゃないんだ。信じてくれ」
あたふたと謝罪する。その様子から、ロクも完全に忘れていたらしい。
「……洗濯物は、これから私が干します」
「……ああ」
気まずい空気だけが場に残った。
・
・
・
登校の時間がやってくる。制服を着たロクと小鳥は一緒に家を出た。
「眩しっ」
手をかざして空を見上げる。昨日までの天気が嘘に思えるほどの快晴だった。
「雨続きでしたから、余計に眩しく感じますね」
「だな」
雲一つない空は梅雨の気配を全く感じさせなかった。それでも明日はまた雨だというのだから、天気の移り変わりは激しい。恋愛に一喜一憂する乙女心のようだ。
家の鍵を閉めて、とあることに気づくロク。
「あ」
「どうしたんですか?」
「うちの鍵、予備がないんだよ。だから小鳥に預けとく分が……どうすっかな」
「一緒に帰ればいいんじゃないですか?」
「まあそうなんだけど、俺は文芸部の活動で下校が遅れるからさ。小鳥を待たせることになる」
「……そうですね」
ロクが文芸部だと話した日、小鳥の所属する部活もついでに聞いておいたのだが、小鳥は無所属と言っていた。つまり帰宅が早い。
「それなら、文芸部の見学に行ってもいいですか?」
「え?」
「そうすれば、今日のところは大丈夫です」
「確かに」
小鳥の提案に頷いた。
「部長の許可を取る必要があるけど、多分いけると思う。連絡してみるわ」
「お願いします」
ポケットからスマホを取り出し、部長にメッセージを送信する。既読がついたか否かは確認せず、もう一度ポケットに仕舞った。
「行くか」
「はい」
よく晴れた空の下、二人は歩き出す。道端にはまだ水溜りが残っていて、うっかり靴を濡らさないよう気をつける必要があった。
気が滅入る月曜日の登校だが、今日は隣に後輩がいる。そして鞄には折り畳み傘が入っている。
それだけで、何かが違った。
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