0302 訪問
数年前、政府は『児童虐待防止対策の強化を図るための児童福祉法等の一部を改正する法律案』を国会に提出した。
改正案は、児童相談所における児童虐待相談対応件数の増加等を受けて、児童虐待防止対策を一層強化するため、親権を持つ者等による体罰の禁止、児童相談所の体制強化及び設置促進、関係機関間の連携強化等の措置を講じようとするものである。
しかし、昨年度の児童相談所における児童虐待相談対応件数は十数万件を超え、過去最高となっている。相談対応件数増加の主な要因となっているのは、痛ましい虐待死事件が報道等で大きく取り上げられたことにより社会全体の意識が高まり、初期段階の相談増加につながっていることが考えられる。しかし、初期段階の通告に至らなかったケースも多数あることも想定され、潜在的な児童虐待件数を含めると更に多いという見方もできる。
「増田さん、お出掛けだったんですね」
若い母親の表情が一変する。――もう私たちは、自分たちの身分を明かした瞬間の相手の表情のわずかな変化で、疑いの有無が判るようになってしまった。
「そうですけど、児童相談所がウチに何の用?」
「少しだけ
「何で?ムリムリムリ、ウチんなか散らかってるし、それに美緒は元気だし」
「でしたら、少しだけお顔を拝見することはできますよね」
栗原先輩が
「美緒はまだ寝てます。少し風邪気味で。わざわざ寝てる子を起こしてまで会わせなきゃいけないわけないでしょ!」
若い母親はそう言って、部屋の扉を強く閉めてしまった。
「散らかってましたね……」
「少し見えたね」
「お母さん、美緒は元気だって話した直後には、風邪気味で寝てるって……」
「よくあるパターンでしょ。その場しのぎよ」
虐待のあるお宅の傾向として、家事が行き届いていないケースは多々ある。それがネグレクト(育児放棄・監護放棄)でないとしても、そのような傾向にあることは多い。
「いいわ、通告くださった下の階の主婦の方に少しお話し聞けるかも」
――私たちは増田さん宅のちょうど真下にあたる、1階のお宅の奥さんを訪ねてみた。
「良かったわ、あななたちが来てくれて。これで美緒ちゃんも大丈夫なのよね」
「えっと……、それがまだ美緒ちゃんにはお会いできてないのです」――私はつい今しがたの出来事を奥さんに説明した。
「まあ、そうなの?どうしてなのよ。毎日毎日あんなに大声で怒られて、ドスン、バタンってとてもじゃないけど聞いていて胸がつまる思いなの……」
「最近の美緒ちゃんをご覧になったことは?」私は気になって聞かずにはいられなかった。
「先週ね、美緒ちゃんが一人で階段にしゃがんでた事があって、どうしたの?どこか痛いの?って私聞いたの。そしたら『転んだの』って目の上のおでこのあたりに青アザ作ってて……小学生の子がしょっちゅう転んであんな怪我しないでしょう」
この奥さんの言う通りだ……。私はそう思った。
「ありがとうございました。奥さんのお気持ち無駄にはいたしません」
栗原先輩の言葉は、私たちに課せられた使命を全うするという決意と、通告者の善意と勇気を必ず結果に結びつけるという熱意を感じた。
「長内さん、もう一回行くよ」
「はい!」
その意味はすぐに解った。もう一度2階に行くということだ。それに、児童相談所へ寄せられた通告から児童の安全確認までを原則48時間以内と定められていることもあり、美緒ちゃんの安全確認は急ぐ必要がありました。
ドタンッ! ゴンッ!
「なんでママの言うことがアンタわからないのよ!」
2階を再び訪れた私たちは、増田さん宅の扉の前で先ほどまでとは、まったく違った様子を感じ取ったのです。
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