彼と彼女の最後の戦争

影乃サラ/ロリ好き作家

第1話プロローグ

一月二十七日。


それは、まだ肌寒い日に起こった。季節は冬。朝日が昇ると同時にスマホの着信音で目を覚ます。


「ん゛ー?ん……もしもし母さん?どうしたのすごい不在着信入ってたけど」


誠人まこと大丈夫?』


「ん?あぁ、俺は大丈夫だけど……母さんは今どこに居るの?まだホテル?」


『いいえ。母さんたちは今軍の施設に居るは。そこでお父さんも雪菜ゆきなしんも無事よ』


「え?軍の施設?旅行に行ったんじゃないのか?何があったんだ?」


『誠人。今から話すことを落ち着いてよく聞きなさい』


母のその言葉に唾を一滴呑み込み、額に汗を浮かべる。間違いない。何かがおかしい。何かが起こった。時は遡り二日前。


一月二十五日。


「誠人。冷凍庫にご飯入ってるから温めて食べなさいね?」


「あいよ。母さん」


「誠人。本当に大丈夫か?お前も一緒に来るか?無理しなくていいんだぞ?」


「大丈夫だって父さん。俺こう見えてももう十七だぜ?子ども扱いしないで欲しいね」


「そうか……」


「じゃあ行ってくるね!」


「ほぁーあ。行ってらっしゃーい」


だらしない欠伸あくびをしながら玄関前で家族を見送る。


「さて。もう一眠りするか」


――時刻は午後一時三十分。


玄関で家族を見送ってから早六時間が経過。本当なら誠人も一緒に北海道に行く予定だった。


が、旅行当日に見事に風邪を引いた。不運な男だ。外は現在雪が降っている。気温は五.〇°。


「んっ!あー……よく寝た」


頭皮からは束を作った二、三本の寝癖が立っている。ベッドから起き上がり、リビングへフラフラした足取りで向かう。冷蔵庫を開け、コップに一杯お茶を淹れ、飲み干す。


「さて……暇だな……ゲームでもするか」


柊誠人ひいらぎまこと十七歳。現在不登校。彼女も居なければ友達も居ない。無論、童貞だ。そんな男の唯一の楽しみはこれ。ゲーム。特にゲームの中で好きなジャンルはロールプレイングゲーム、アドベンチャーゲームそしてシューティングゲーム。誠人以外誰も居ない部屋はゲーム音だけが流れ、時が経過して行く。


そんな時。ゴンゴンゴンと窓が強く叩かれる。


「えっ!?……こ、ここって十階だよな……」


誠人は不意に窓を叩かれ、違和感を覚え、戦慄する。誠人が現在拠点として生活を送っているのはここ。都内の十階建てマンションだ。ちなみに、誠人が現在位置している階は最上階。つまり銃階だ。


「おい……おい!!まじかよ!?やばい、やばい、やばい!!」


ゲーム機のコントローラーを床に投げ捨て、焦りながらも自室に駆け込み布団を被る。


(可笑しい……絶対に可笑しい。ここは十階だぞ?人がとどく階層じゃないぞ!?)


その後も窓はゴンゴンとさっきよりも強く迅速じんそくに叩かれる。もし窓が割れたら?もし玄関の鍵がしまっていなかったら?もし部屋に入って来たら?そんな縁起でもない不安が頭を行ったり来たりを繰り返す。


何か意を決したのか、布団を少し捲り《めくり》、安全を確認するとゆっくりなるべく足音を立てないように立ち上がり、玄関へ向かう。鍵が閉まってなかったら、鍵が通用しなかったら?そんな不安が先ほどよりも強く頭の中を過る。


爪先で玄関までの道のりを歩く。普段なら十秒と掛からずに行ける玄関。それに床からは何も音がしないはず。だが、今回ばっかりは玄関までの距離が物凄く遠く険しく、床はミシミシと足を付くにつれ音が静寂と化した一室に響き渡る。


その時は突然やってきた。それは頭の中を過っていた最悪の場合の不安。


玄関のドアノブが急に上下に騒々しく動き始めた。


「ひっ!!」


思わず飛びそうになる。玄関まで残り数メートル。だがこの時――最悪な光景を目にする。


「あれ!?鍵掛かってない……」


再び強い戦慄を覚え、立ち竦みそうになる。が、考えるよりも先に体が動いていた。玄関まで足音を盛大に立て、駆ける。そしてドアに付くなり鍵を閉めようとする――が、閉まらない。


「ッ!!」


ドアノブを下に下げたまま凄まじい力で引かれる。


「やばい、やばい、やばい!!」


必死に抵抗するがどんどんドアは開いて行く一方。ドアの隙間からは黒い影が見える。


「あぁ!!もう!!ふざけろ!!」


ドアが閉まらない恐怖が苛立ちに変化し、片足を壁に置き、全パワーを四肢に集中させ、ドアを引き返す。


「ん゛ーッ!!は゛ぁぁぁあああッ!!」


やけくそにドアを引いた瞬間ッ――!。バタンと大きい物音を立てドアが閉まった。


そして瞬時に鍵を閉め、台所へ向かい、戸棚から刃渡り二十センチメートルの包丁を取り出し、再び自室へ駆け込む。布団に再度潜り、安堵したのかいつの間にか眠ってしまっていた。


午前九時十五分。


「あれ……いま何時だ……おい……嘘だろ……」時計を見て驚愕する。


一月二十七日。


あれから丸二日は眠っていたようだ。無理もなかろう。あんな恐怖を体験して、しかも風邪をひいている。そのせいで感覚が余計に鈍り、実際は十分で終わったものの、本人は幾十時間と言う長い時間争っていたように感じられた。


『いい?誠人。落ち着いてよく聞き来なさい。今ってどこにいるの?』


「自分の部屋にいるよ。でもどうして?」


『そう。カーテンは閉まってる?』


「うん」


『誠人』


不意に名前を呼ばれ、肩をびくつかせる。


『今すぐに部屋の明かりをすべて消し、カーテンも全部閉めなさい』


「なんでだよ……」


『……カーテンの隙間から外を覗いてご覧なさい』


母は少しの間考えるかの如く無言になると淡々とした様子で言った。


「――ッ!か、母さん!?あれって……」


カーテンの隙間から片目を覗かせる。


――外にあった光景は、触手らしきものが幾十と宙を舞い踊っていた。全身に一気に鳥肌がたつ。


『そうよ。今誠人が見ている生物は〝存在X〟《ハイエナ》』


「な、なんなんだよ!!これ!」


誠人はあまりの恐怖にスマホ越しに母を怒鳴りつける。


『静かにしなさい。奴らは音に敏感よ。決して物音を立てないこと』


「ごめん……母さん……」


申し訳なさそうな様子で言う誠人に、どこか不安が母の脳裏に過った。


『誠人……一応きいておくけど……誰か家に来たりしてないよね?』


母の言葉を聞き言葉を詰まらせる。図星だった決定的証拠だ。


「ッ――!」


『誠人。早く逃げなさい。存在X《ハイエナ》には勝てない。今から送るメッセージの地図通りに来なさい』


そう言い終わると同時にメッセージが一件入る。


「これって……」


『ええ。誠人の曽祖父ひいおじいちゃんの家よ。誠人。今からあなたには軍の大切な書類を持ってきてほしいの。曽祖父の家の地下室にあるからお願い』


「ま、まってくれ!曽祖父の家って地下室なんかないよ!それに――」


母は我が子の言葉を遮るように言った。


『あぁ。そうだったわね。誠人には言ってなかったのだけれど曽祖父の家には地下室があるの。「俺が死んだら誠人にくれてやる」って曽祖父は言ってたの』


その瞬間ッ――!地震が発生した。マンションが悲鳴を上げるかの如く、ミシミシと音を鳴らす。


震度階級はおよそ六弱。計測震度は五.五以上六.〇未満。固定されていない家具は次第に倒れ始め、リビングからは戸棚から落ちたと思われる陶器の割れる音が聞こえる。


「母さん!!」


『落ち着きなさい。もう時間は無いみたいね』


「冷静に分析してないで助けてよ!」


我が子の心配をするよりも先に状況を分析する母に思わずツッコミを入れる。


『誠人。早く家から出なさい』


「――母さん……」


床に持っていたスマホを落とす。


『誠人。誠人?誠人!!』


床に落ちたスマホからは母の心配する声が聞こえてくる。が、なぜか誠人の耳には聞こえない。届かない。窓から何やら赤い球体が誠人の部屋を覗くようにしてある。ギョロっと動く赤い〝何か〟。赤く色づいた部分は血管らしきものが無数に通り、球体の中央にはドス黒い小さな球体がある。


それはまるで〝眼球〟のよう……。いや、これは正しくまさしく眼球だ。――〝存在X〟の。X《ハイエナ》の姿はこちらからははっきりと分からない。


と、次の瞬間――!。窓から覗かせていた片目はゆっくりと去った。安堵したのかホッと胸を撫で下ろし、つい体から力が入らなくなり地へ足を竦ませる。


そんなことをしているのも束の間。窓の前には一本の触手が踊り――バリンッ!と触手が窓を割った。いくら強化ガラスと言っても所詮ガラスはガラスだ。先を鋭く尖らせたXの触手に勝てるわけもない。窓付近にはガラスの破片が散らばる。幸い窓から離れていた誠人に破片は刺さったりはしなかった。


これを世間では〝不幸中の幸い〟と言うのだろうか。


割られた窓からは一本の触手がおもむろに入り始める。そんな光景をただ唖然とした表情で見つめる。


(やばい。やばい。……誰か……助けて……)


一度竦んだ足にはすぐには力が入らない。誠人は死を覚悟したかのように目を力いっぱい瞑る。既に触手は誠人の心臓の一歩手前の所に位置する。刹那。床に鈍重な音が鳴る。


「なにが……起こったんだ……?」


恐る恐ると言った感じで力いっぱい瞑った眼をゆっくり慎重に開けると――床には青い血のようなものを流しながら陸に上がった魚の如き暴れ狂う触手。その触手は気持ちが悪く視界を上に戻した途端。


「君は……」


一人の少女が息を切らし、肩ではあはあと呼吸をしながら立っていた。年齢は十五ぐらいだろうか。


見覚えのある学校の制服と思われる紺色と青を基調としたデザインセーラー服を身に纏い、片手に鋭く削られた木刀を握りしめていた。割られた窓からふわり小風が吹き、少女のスカートを捲らせる《めくらせる》。何とは言わないが、清楚な白色だった。


「大丈夫……ですか?」


少女は振り返り、誠人と同じ目線に合わせて首を傾げる。


「あ、あぁ。ありがとう……」


どう感謝を伝えればいいのか。取り敢えず真っ先に頭に浮かんだ文字を組み合わせる。


きっとこれが正解なのだろう。


「よ、良かった。間に合って」


「君は……誰だ」


未だ脳が況処理を終えてない、あるいは、こんな最低最悪の控えめに言ってクソな状況を認めてくないのか唖然とした表情でただ少女を見つめる。


「わたしは都内の私立蒼野水しりつあおのみず学院高等部に通う姫野寧音ひめのねね。先輩の後輩。一五歳です!よろしくお願いします!」


顔を二カっと可愛らしい笑みを作り、元気に答える。


「あ、あぁ、あの学校の生徒だったか」


思い出した。なんか見覚えのある制服だと思っていら、都内に位置する私立蒼野水学院高等部の生徒。リボンが青色ってこちは二年生か。ちなみに、蒼野水学院の生徒は学年によって色分けされてある。一年生は緑。二年生は青。三年生は赤で区別されている。


「俺は――」


誠人が自己紹介をしようとしたところで少女に遮られる。


「先輩の事は知っています!柊誠人。十七歳。誕生日三月二十三日。血液型A型。現在はロリコン、童貞の不登校!彼女無し!」


なぜだろう。決して悪気は無いのだろうが、なぜか虫唾が走る。


「おい!童貞彼女無しは余計だ。ロリコンは認めるが……」


「え?違うんですか?わたしとしたことがすべて調べ上げたつもりが……」


「失礼な後輩だな。いいよーだ!どうせ俺なんか一生童貞の彼女無しですよーだ」


子供の如く不貞腐れる。すると寧音は言ってきた。


「安心してください先輩!わたしが彼女になって先輩の童貞を貰ってあげます!あ、ちなみにわたしは処女ですよ?」


「聞いてねぇは!!てか別にそんなことしなくていいは!」


なぜだろう。彼女になるだの、童貞を貰うだの、処女だの……嬉しいはずが、あんま嬉しくねえ。


「先輩……」


今にも泣きだしそうな瞳で見つめられる。


「な、なんだ」


彼女の可愛らしい表情に心を奪われそうになりながらも理性を保つ。


「わたしってロリじゃないですか?」


「は?」


唐突な質問に思わず間抜けな声を上げる。


「わたし……先輩……もしかして大きい方が好きだったり?」


「え、いや、その、あ、」


しどろもどろな返答になる。


「そうですよね。わたしなんか所詮貧乳で先輩の眼中にないですよね……」


一人部屋の隅へ行き、先ほどとは違いネガティブになり落ち込む。


「ちょっとまった!」


「なんですか先輩?もしかして触りたいんですか?だめですよ。大きいのが好みな先輩には触らせてあげません」


「ちょっとなに言ってるか分からないけど、これだけははっきりさせておく。俺は大きいのは好きじゃない。まあ別に嫌いなわけじゃないけど俺は小さいほうが好きだ」


誠人がそう言い切った途端――寧音の暗かった表情はパァ!と笑顔に変わり先ほどの元気な寧々に戻った。


「そうですよね!先輩は小さいほうが好きですよね!わたしみたいなのが好みですよね!どうぞ先輩!わたしの体はもう先輩の、先輩だけのからだです!」


一人ポジティブな解釈をし、自らの体を誠人に授けるような素振りをする。


「待った。待った!」


「なんですか先輩?もしかして生が良いですか?ちなみにわたし、Bはありますよ!」


「そうじゃねぇよ!まぁ、俺の好きなカップだが……じゃなくて、これからどうすんだこれ」


誠人がそう言うと急に寧音は真剣な眼差しになった。


「先輩……わたし……」


誠人は何か重大なことを寧音が口にすると思い、部屋には緊張が漂う。一滴唾をごくりと呑み込み、額に汗を一滴流す。


「わたし……先輩の事がずっと前から好きでした!こんなわたしでよければ嫁に貰ってください!!」


部屋はシーンと静まり返る。割れた窓からは自衛隊のものと思われる戦車やヘリ消防隊、警察のものと言ったサイレンやら聞こえてくる。同時に割れた窓からは冷たい風が入り込み、その風に乗るようにして血と火薬、火、生ごみ、自然やらの匂いが鼻孔を擽ってくる《くすぐってくる》。


「…………テイ」


「あふッ!なにするんですか先輩!痛いですよぉ!」


寧音のおでこに一発デコピンを入れる。


「何するんですか!じゃねぇよ!真面目に答えろ」


「分かりました先輩。先輩……」


再び部屋共に誠人の体には緊張が走り、唾を一滴呑み込み額に汗を一滴流す。


「……嫁がだめならセフレでも良いのでお願いします!!」


部屋はシーンと静まり返る。割れた窓からは自衛隊のものと思われる戦車やヘリ消防隊、警察のものと言ったサイレンやら聞こえてくる。同時に割れた窓からは冷風が入り込み、その冷風に乗るようにして血と火薬、火、生ごみ、自然やらの匂いが鼻孔を擽ってくる。


「…………テイ」


「あふッ!なにするんですか先輩!痛いですよぉ!」


寧音のおでこに再び一発デコピンを入れる。


「お願いします!先輩!嫁かセフレにしてください!!」


「今度は強烈な一発を入れてやろうか?」


誠人はデコピンをする素振りを見せながら不敵に笑う。目には苛立ちで満ち溢れていた。


「じゃあ、彼女にしてください。お願いします。わたし先輩の事が本気で好きなんです。お願いします。先輩。お願いします」


先ほどとは違い静かに真剣に語る。どうやら寧音の誠人への対する感情は嘘偽りの無い本物らしい。


ここで再び寧々の容姿を見つめ直す。綺麗な黄色に近い円らな瞳に茶髪ミディアムヘアのスレンダーな体躯。何かスポーツをやっていたのかほんのすこしある筋肉。Cカップには到底及ばないBカップの胸。紺色と青を基調としたデザインセーラー服。その容姿は計算して作られたかのような美貌共に美貌。そんな彼女に目を奪われない男性がいるだろうか。


「わ、分かった」


彼女の……寧音の本気の気持ちに根負けし、渋々と言った感じで了承する。確かに彼女は可愛い。凄く可愛い。タイプだ。


だが、実際問題話したことが一度もなければ顔を合わせたこともない。いや、覚えてないだけかもしれないが。


「ほ、本当ですか!?」


寧音の表情がパァ!と明るく嬉しそうになる。


「だが、一つ〝試練〟《ミッション》を与える」


人差し指を立て、不敵な笑みを浮かべる。


「試練?」


その言葉に首を傾げ、唾を一滴呑み込み額に汗を一滴流す。


「あぁ。俺を全力で落とせ。惚れさせろ」


「もしそれができたら?」


「そうだなぁ……〝結婚〟しよう」


イケボでそう確かに言った。寧音顔を赤らめる。〝結婚〟。その言葉が何を意味するか。皆が皆結婚の意味を理解していると嘆くが、その根拠はなく、例え根拠があったとしても9割の人は間違っている。


二人が結婚し幸せな家庭を気づくのは気が遠くなるほど先の話。




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