第97話

【瑞希】

 僕はアメリカに行く前に通っていた富士学校の近くの病院に来ていた。

 ソマチットの力を使って病気を治すことができないか(こっそり)試させてもらっていた時、末期ガンだったお母さんがみるみる元気になって来てたんだけど、途中でアメリカに行くことになって、どうなったのか心配だった。

 バタバタしてなかなか抜けられずにいたけど、やっと訪れることができた。大っぴらに病室を回るとバレちゃうので、メガネでちょっと変装してから病院に入った。

 ナースステーションの看護師にお母さんの名前を言って病室を聞くと、まだ入院していたので、会えるという安堵感と、まだ治ってなかったのかという心配がない交ぜの気持ちになった。

 病室に行くと、眠っているお母さんの傍らに、いつぞやの娘さんがいた。

「あ、藤堂さん」

 と声を掛けてくれた。

「一応変装してきたんですが、分かっちゃいます?」

「はい」


 お母さんの容態を教えてもらうと、腫瘍マーカーの数値は下がったものの、精神的なことからなのか容態が安定しないという。

 そこで前と同じように患部だったところに手を当てて、愛情を感じてみた。回復しますように。


 手当てが終わると娘さんが、

「あの、藤堂さんにお願いがあるんですが」

 と言う。

 何かと尋ねてみると、

「実は私、妊娠をしまして...」

 と、よく見ると少し大きくなっているお腹を見ながら心配そうに呟いた。

 少し前から新生児がまったく産まれて来ない状況が続いていて、このままだと自分の子も産まれて来ないのだろうと絶望する毎日だったと言う。

「藤堂さんなら、もしかして子どもも助けていただけるのではないかと」

 うーん、今母親の胎内にいる子どもは例外なく「早く死ななきゃ」という使命を持ってしまっているはず。

 時子さんの蘇生を受ければ使命のリセットは可能だろうけど、そもそも生まれて来ないのでは手の打ちようがない。


『王』

「え?ソマチット?」

『左様』

「わあ、久しぶり」

『ご無沙汰をしておりました』

「何かあったの?」

『皆様が次元の隙間を塞ぎ始めてから、意思の交信が難しくなっております。今もいつ途切れるか分かりませぬ。簡潔に申し上げます。そこにいる赤子、王ならば救えると存じます』

「え?どうやって?」

『...』

 え?もう途切れちゃったの?

 僕が何かできるとしたらやっぱりソマチットを操るってことだよな。


「お子さんを助けるためにちょっと試してみたいことがあるんですけど、やってみてもいいですか?」

「もちろんです。よろしくお願いします、本当に」

 娘さんのお腹に触らせてもらい、中にいる子どもを思い浮かべながら、愛情を感じてみる。

 元気に産まれてきて!

 5分くらいそうして想いを込めてみた。

 もしこれで子どもの「早く死ななきゃ」という使命が解除できるのなら、頑張って日本中のお母さんと子どもを助けたい!そんな思いが込み上げてきた。

「もう一つ、確かめてみたいことがあるんですが」

 と告げて、僕は桃里くん②に来てもらうことにした。


 程なく、桃里くん②がやって来た。

「本当に使命が解除できたのか?」

「多分。ソマチットが僕にできるって」

「よし、確かめてやる」

 と、桃里くんが娘さんのお腹に手を当てて意識を集中し始めた。

「お!」

「どう?」

「ははっ!笑ってやがる。死のうなんて思い、これっぽっちも感じねえ」

 本当に使命を解除できたみたい。

「桃里くんありがとう。お子さんは無事に生まれてきますよ」

 娘さんに告げると、

「ありがとうございます!」

 と、安堵の表情を浮かべた。

 その顔を見たとき、生まれてくる子どもたちを助けるのが僕の本当の使命なのかもしれないと思った。


 こうして、僕の特殊能力が胎児の魂に刻まれている「使命」をリセットできるということを報告し、できる限り多くの子どもを助けたいという意思を告げた。

 環境省と日本政府はその意思を汲み取ってくれて、東京駅の近くに施術ブースを作ってくれた。

 単純に子どもが助かるという話をしてしまうとパニックになってしまうという危惧から、日本中の子どもが産まれる時期を逆算して、出産予定日が近い人から順番に施術をするべく、通知を行っていった。

 それでも一部パニックが生じるのではないかと予想していたが、ほとんど何も起きずに、皆順序を守って施術を受けに来ていた。


 一人当たり約1分、1日1,000人ずつ施術を進めて行った。1日17時間、睡眠時間は毎日5時間程度、休みもなく続けたが、この数は、現在の日本の1日当たりの出生数には実際には足りていなかったから、このままでは結局助けられない子どもがどんどん増えて行ってしまう。

 我が子が死産となってしまう悲しみから、できるだけ多くの母親を救いたかったが、全員を救うことはできなくなっていた。

 根本となる魂への「使命」の書き込みを早く止めないと...


 そんな時、静と父さん②から宇宙旅行に行くという、突拍子のない話が届いた。

 何でも、静の中にいる父さんの第一、第三人格を父さん②に統合して、アリスと一緒に他の星系を目指すというのだ。

 なぜそんな話が突然出てきたのか。


「多分、俺っちたち、最初の赤い魂が例の予期せぬ次元の隙間の発現に関連してるんじゃないかと思えてね」

 それで、宇宙機で太陽系外へ向かうと言う。

 確かにそれが原因なら、父さんとアリスの魂を次元の隙間の発生に干渉しないところまで遠ざける必要がある。

「でも、そんなに遠くに行くには何年、何十年、いや何千年も掛かるんじゃないの?」

「ま、光速に近いスピードが出せる宇宙機の開発はEthanによってもう済んでるし、コールドスリープの技術も確立できてるから、何とかなるんじゃないかな。それに宇宙機の航行は時子に任せるし」

「え?時子さんも一緒に行くの?」

「いや、地球からEPR通信で遠隔操縦してもらうだけだよ。ま、次元の隙間の出現が変わらなかったら、また戻って来るさ」

 父さん②が答えた。


「静は連れては行けないから、俺っちの意識を本来の俺っちに統合するよ。二人でしっかり話し合ったから大丈夫なはず」

 と、静の姿をした父さん①③と父さん②が横たわる。

「静の魂はまだここにあるから、多分意識も戻るはずだよ」

 と言って、二人とも眠りにつくように目を瞑った。

 すると、ちょっと怖そうだった父さん②の顔が、少し温和な顔に変わった。随分簡単に意識の融合ができたみたいだけど、きっと二人で色々話し合ったんだろうな。


「よし、これで元の自分に戻れたよ。アリス、よろしくね」

「随分優しげな顔になったわね。ま、そんな感じも嫌いじゃないわ」

 静の方は、そのまま眠りについたままだった。

「ムリに起こす必要はないよ。時が来たら自ら目を覚ますだろうから」

 統合された父さんが言う。


 こうして、僕らが月に行ってきた宇宙機を改良した機体に乗って、父さんとアリスが旅立つことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る