第96話

「しかし、キミが妊婦さんの心情を慮ってあんなことを言うとはな」

「俺も鬼じゃないからな。そのまま言ったら自殺でもしかねないだろ」

 今の桃里くんは別の宇宙の存在のはずだから、そんなことを考えているとは、正直意外だ。


「ところで、わざわざ断って子どもの声を聞いた理由は?」

「ああ、実は母体の中の子どもの心はスゴく見えにくいんだ。思念波が撹乱されてるようにな」

 なるほど、桃里くん②が良心の呵責を感じるような存在ではないと思ったが、やはり理由があったか。

 さて、新しい「使命」が「自ら早く死ぬこと」だと分かった以上、早く次元の隙間を塞がないと、今後子どもが生まれてこないことになる。

 焼け石に水かも知れないが、できれば胎児の「使命」を解除する方法を見つけておきたい。


 すぐにMBによる次元の隙間消去実験を行うべく、静と徳永②は再度宇宙エレベータに向かい、MB射出装置と共に中軌道ステーションに登った。


【静】(宇宙エレベータ中軌道ステーション)

「あのさ、次元の隙間の発現予測が0.03%だけ外れる理由なんだけど」

「ま、十中八九俺たちのせいだろうな」

「やっぱりそうだよね...」

「取り敢えず、俺たちのMB射出装置が次元の隙間を塞げるかどうかを確かめよう。俺はEmmaとEthanが生き延びられるならそれでいい」

「うーん...」


 中軌道ステーションから、MB射出装置をリリースして、地球周回軌道に乗せる。

 MB射出装置には超小型のEMドライブが6基搭載されていて、MBの射出方向を瞬時に変えることができるようになっている。それも、角度誤差は0.000000001度以内に抑えて。

 この精度を保てないと、最大38万km先の次元の隙間にMBをぶつけることができないのだ。

 今回のテストでは、次元の隙間までの距離と付近の天体、太陽方向の違いなど、256のバリエーションのターゲットに、MBを弾道シミュレーション通り当てられるかを確かめる。

 地球近傍の天体の重力や太陽風の影響を考慮して、時子がシミュレーションとMBの射出制御を行う。

 心配はしてないが、万が一もあり得る。


「ではテストを開始します」

 一緒に来た環境省の技術官がテスト開始を告げた。

「よろしくー」

 MBの射出が始まったが、可視光で見えるものは何もないため、観測は地球側のLIGOとKAGRA、そして中軌道ステーションに持ってきた局所重力レンズ望遠鏡で行う。

 局所重力レンズ望遠鏡では、近い場所に発現する次元の隙間のみ観測することができる。

「どう?」

「局所重力レンズ望遠鏡による観測では、次元の隙間が出現と同時に消失していることを確認。問題はなさそうです」

「そりゃよかった。じゃ、予定してるテストが終わったら教えてちょ」

 静は、テストがうまくいっているにも関わらず、ちょっと寂しげに答えて、仮眠室に向かった。


 その後、地球に戻ってLIGOとKAGRAの観測データを検証したところ、テストターゲットとした次元の隙間は、すべて出現と同時に消失していることが確認された。即ち、本来観測されるはずだった次元の隙間がまったく観測されなかったという結果となった。

 成功だ。


 これを受けて、MBによる次元の隙間消去技術が確立したとの判断から、日本政府は次元の隙間消去システムの量産を承認し、生産が開始されることになった。

 実運用されるMB射出装置は、今回の試作装置を16基分搭載して、ある程度連射が可能になっている。

 これを地球と月の周回軌道(地球に対する月の周回軌道面上)に82基ずつ配備することによって、これから一万年後までの次元の隙間を消去できるようになる(耐用年数を考慮して順次交換していくことも考慮して、同時に10基までは故障してもフォローできるようになっている)。

 ただし、0.03%の確率で出現する予測不能の次元の隙間問題はまだ解決されていなかった。


 そして、3ヶ月後、MB射出装置が規定の数生産されたことを受けて、早速宇宙エレベータを使って地球と月の周回軌道上への配備を始めた。

 残念ながら、この間新生児はまったく産まれてこず、日本国民は、皆絶望の縁に追いやられていた。

 このニュースの発表は、そんな日本人に一筋の光明となった。

 そして更に1ヶ月後、遂にすべてのMB射出装置の配備が完了し、次元の隙間消去が始まろうとしていた。


【瑞希】

 地球防衛隊(仮称)のメンバーたちは、防衛省に設置されたMB射出コントロールセンターに集まって、事のなりゆきを見守っていた。

 しかし、完全に次元の隙間が塞がれば、桃里くん②とソマチットは今いる宇宙から意識を送ることができなくなるから、お別れということになる。


「ソマチット、今までありがとう」

 心の中でソマチットに話し掛ける。

 僕の特殊能力であるソマチットの感応も、これで終わりなのかな。

 人を殺すことしかできない能力だと思っていたけど、逆に人を助けることができる能力だと分かった時は、本当に嬉しかった。

 お別れになるのなら、最後に話をしたいんだけど...


 その後、MB射出装置の本稼働が始まって、シミュレーション通りに次元の隙間の消去が進んだが、やはり0.03%の予期せぬ発現が発生していた。

 静は魂を見る特殊能力と局所重力レンズ望遠鏡で、魂の様子を観測していた。

 地球上で亡くなった人の魂は、約1週間で月の軌道まで移動していくが、以前は移動している最中に魂の色は白から赤に変わってしまっていた。

 今は白色のまま軌道上に移動していたものもあったが、ある程度近くに例の予期せぬ次元の隙間が発生すると、赤色に変えられてしまった。

 そのため、まばらに白い魂が増え出しても、結局赤く染められ、通常の魂は増えていかなかった。


「うーん、やっぱりダメだ」

 静は、ため息をつくと徳永②に連絡した。


 すぐに徳永②はアリスと一緒にやって来て、静と何やら相談をし始めた。

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