第89話

【瑞希】

 月から帰って、半年が過ぎた。

 この間、僕らは地球環境を改善する方法と危険な「使命」を持つ子どもが生まれてくることへの対策を検討していた。


 地球環境改善については、大気中の温室効果ガス(二酸化炭素、メタン)の吸収・分解、宇宙エレベータを利用したオゾン層再生、海洋中のプラスチック分解マイクロマシンの投入、海流制御による地球氷河期化の緩和、天然木の大量植樹などを進めることで、10年を掛けて2020年の地球環境まで戻せることが見込める施策を立てることができた。

 父さん②もこの地球環境改善のプロジェクトに参加するという条件で釈放されていて、新しい環境対策のための機器開発をしていた。


 しかし、危険な「使命」を持つと思われる子どもへの対策はほとんど進んでいなかった。

 少人数であれば、仮死状態にしてから、時子さんの意識が表出している場所で蘇生することで「使命」の解除ができるものの、海外を含めた全出生児の対応は不可能と判断された。

 どんな「使命」かも分からない中、生まれた子どもを殺すようなことはできないことを前提とすると、対応は非常に難しく思えた。

 生まれた子どもを隔離して育て、何が起きるのかを待つことしかできることがないとすると、「使命」が顕在化するのが遅ければ遅いほど危険を孕んだ子どもの数が増えてしまう。

 果歩の、心の中を見ることができる能力が失われていなければ、「使命」の内容を知ることができたかもしれないんだけど。


 どうにかして「使命」の解除と今後の魂の輪廻を正常化したい。

 その為に、静と玲奈さんがダークエネルギーへの干渉方法と別の宇宙からの干渉を阻害する方法を研究していた。

 別の宇宙からの干渉を防ぐことができれば、新たに魂に「使命」を持たせることはできなくなるはず。

 二人曰く、

「あと一歩!」

 というところまで来てはいるらしいけど、その一歩がどうしても埋まらないとのこと。


 そんな中、一般人からの「地球防衛隊(仮称)」への応募者に、応募者には珍しい身体障害者の応募があったとの報せが入った。

 正直なところ、一般人でこの案件に対処できる力を持った人材が見つかる期待はしてはいなかったものの、国民全員で取り組むと宣言した以上、こういった窓口も必要と判断したらしい。

 今までにプロのスポーツ選手、千年以上続くお寺の住職、刀鍛冶職人、哲学者、自称俳人、牛の爪切り職人、パティシエ、アニメーター、音楽スタジオ職人、労働組合の専従役員など、ありとあらゆる職種の応募者が来たらしいが、さすがに身体に障害を持った応募者は初めてとのこと。

 選考は時子さんが行っており、あらゆる面を分析して可能性がある人材を面談していた。

 残念ながらというか予想通り、まともに役に立ちそうな人材は今まで皆無だったので、身体に障害を持った応募者がなぜ足切りに遭わずに残ったのか不思議ではあった。

 静も何かあるのではと感じたらしく、二人で面談会場に足を運んでみることにした。


 すると静が車椅子に乗った彼を見るなり、

「瑞希!あの子!青いっ!」

 と叫んだ。

 魂の色が青い人は初めてだったらしい。

 これは何かあるに違いないと思って、検査を受けてもらうと、何とDNA配列が僕ら徳永チルドレンと酷似しているとのこと。

 徳永チルドレンは日本で生まれた5人とアメリカで生まれた2人だけだったはずなのに、なぜ彼は徳永チルドレンと似ているDNAを持っているんだろう。


 その答えは鍊が見つけてきた。

「彼は日本政府が秘密裏に生んだカスタマイズドチルドレンです。「日本の子」政策の応募者の中から能力の高そうな遺伝子を選んで、受精卵の遺伝子を大幅に書き換えたようです。徳永チルドレンの遺伝子配列を模倣して」

 それで僕らの遺伝子に似た遺伝子を持っていたのか。

「しかし、記録上では被験者10名全員が何らかの遺伝病もしくは奇形児となり、流産もしくは死産となったことになっています。彼がなぜ生存しているのか分かりません」

 僕らのような特殊能力を持った子どもを人工的に作り出そうとした結末ということだな。酷いことをする...


「彼が何らかの特殊能力を持っていても不思議はないですが、徳永チルドレンのように視床下部の肥大化は見られませんでした」

 でも、青い魂というのは...

「特異な存在であることは間違いありません。何かが足りないだけかと」

 時子さんが意味深なことを言う。

 彼に足りないもの...

 眼が見えない、筋力もほとんどない、知能に障害はなかった。

 魂が青い。

 もしかして!


【桃里】

「地球防衛隊(仮称)」への入隊を許された僕は、高校を休学することになった。

 高校生活は特に嫌なことがあった訳ではないけど、有意義と思えることもほとんどなかったから、休学することに抵抗はなかった。

 でも休学ってことは、いつか復学するってことだよな。

 それはちょっと面倒くさいな。


 今日はまた環境省に行って、僕に何ができるのか検査をすることになっていた。

 遺伝子の配列が、「日本の子」の徳永チルドレンという特殊能力を持つ人たちに似ているということで、僕にも何か特殊な能力があるかもしれないのだそうだ。

 でも、今までそんな力を感じたことはなかった。


 環境省に着くと、大勢の人が出迎えてくれた。

「ようこそ、地球防衛隊(仮称)へ。隊長を仰せつかっている清水坂鍊です。地球防衛隊という名称は陳腐なので、いい名前があったら教えてね」

 あら、隊長さんスゴくフレンドリー。


「さて、またキミに試してみて欲しいことがあるんだけど」

 この前に会った、藤堂という人が話し掛けてきた。

「ただ、もしかするととても危険なことかも知れないんだ」

 と、これから試してみたいということについて説明を始めた。

 藤堂さんが言うには、僕の青い魂は完成形ではなくて、もしかするともう一つの魂と融合できるんじゃないかと推察しているとのこと。

 月の裏側から持ってきた魂と。

 うーん、そんなこと急に言われてもな...


「その魂と融合して、僕が僕でいられる保証はあるんですか?」

「残念ながらまったくないね。その魂に完全に上書きされて、キミの精神が完全に消失するかもしれないし、何も変わらないかもしれない。ただ、何かが変わる可能性があって、それが地球を救うことに繋がるかもしれないってだけ」

 假屋崎さんという女の子が大人の男性のような口調でちょっと冷たげに答えてくれた。

 今はある程度克服したけど、子どもの頃は自分が生きてていいのかとよく思った。眼も見えず、自力で動くこともできない。常に誰かに迷惑を掛けて、何を産み出すわけでもない。生きてる意味があるのかと、よく思い詰めていた。

 この先、更に医療技術が進んで、眼が見えるようになるかもしれない、身体が動くようになるかもしれない。全く期待してない訳ではなかったけど、現実感がないのも事実だ。


 うーん、考えてもきっと答えは出ない。現状が何か変わるのならそれに賭けてみても失うものは何もない。

 あ、僕自身の精神が失われるかもしれないんだっけ...

 でも、でも、やってみたい方の気持ちが強くなっていた。


「分かりました。やってみます」

「お!スゴい。決断早いなぁ。新記録だよ」

 假屋崎さんが嬉しそうに答える。新記録?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る