第83話
「全員シートベルトを着用してください。15秒後に離床します」
時子さんが出発の合図をする。
さっき着陸したときは重力が強くなっていたので、EMドライブだけでは推力が足りなかったけど、正常に戻った今の月の重力なら、EMドライブだけで月の引力圏から出られるみたいだ。
ちなみにこれから向かうL2ラグランジュポイントとは、地球と月の重力がバランスしているポイントで、月と地球の延長線上、かなり月に近い所にある場所だ。ラグランジュポイントは全部でL1〜L5まで5つあり、地球と月の間や地球の裏側、月の軌道上にも存在している。
その後、何の振動もなく下向きの重力を感じると、月面からゆっくりと離床した。昔、月から地球に戻るためにロケットを使っていた宇宙飛行士たちは、ロケット爆発の恐怖を感じながら月を離れたのだろうか?
「お!この船は推進系にロケットを使ってないんだな。うちの倅が作ったモノポールエンジンとは違う原理なんだろうが、推進力はあまり強くなさそうだな」
「え?!モノポールエンジン作ったの?すげー!」
また本人同士で難しい会話が始まった。
「モノポールエンジンって何?」
ちょっと軽い気持ちで聞いてみた。
「モノポールエンジンは、磁気単極子っていうN極かS極のどちらかだけの磁石によって燃料となる物質を引き寄せて、その物質の原子核にある陽子か中性子を崩壊させることで、エネルギーを発生させて推進力にするエンジンだよ。そもそも磁気単極子ってのが今まで観測されたことがなくて、どうやって作り出すのかがまったく解らなかったんだけど。多分、別次元か別宇宙とこちら側をつなげて、磁気双極子のN極かS極をあちら側に追い出しているんだと思うんだ」
うおー!何言ってんのか全然解らない。聞くんじゃなかった...
「ま、大体正解だな。核融合炉12基を使って別宇宙とつなげてる。物を吸い込まない極小のブラックホールを作ってるってことだな」
父さん②が説明し始めた。
「すげー!で推力はどのくらい出るの?」
「お、それはな...」
もう会話に付いていけなさそうなのでさっさと離脱しよう...
月から離れて月の周回軌道に乗るために、横向きに加速し始めると、後ろからオービターが見えてきた。
このまま加速して、追い付いてくるオービターと速度を合わせてドッキングする。
さすが時子さん、着陸船のコントロールに一分の隙もない。
オービターにゆっくりと追い越させて、後ろからドッキングする。微かな振動があり、気密チェックが行われ、皆、着陸船の天井にあるハッチからオービターに移動した。
L2ラグランジュポイントにはオービターで向かうらしい。
ドッキングのために月周回軌道を4分の1周していたから、L2は後ろになってしまった。あと半周ほど回ってからL2に向かう加速を行う。
いつの間にか父さん②とアリスが一緒に行動しているけど、誰も疑問に思わないのかな?
でも、時子さんもいつも冷静な鍊も何も言わないってことは問題ないんだろう。
父さん②もアリスも超が付くほどの天才のはずなんだけど、これまでのところ、どこにでもいる普通の人って感じだ。
あれだけ地球を壊してしまおうと考えていたはずなのに、既にたくさんの人を殺しているはずなのに、この普通の人感は何だろう。
悪の親玉というイメージだったのに、まったく悪気を感じない。
地球を破壊するのは当然のことで、何の悪意も気負いもないということなのか。下手な悪人よりもずっと性質が悪いのかもしれない。
これからどうなってしまうのだろう。
そんなことを心配していると、オービターが加速して、L2に向かう軌道に乗る。
目標のL2には何の目印もないと思ってたけど、
「L2には月の裏側と地球の電波通信を中継する衛星があるぞ。もう電池切れで動いてはいないがな」
父さん②が教えてくれた。
EPR通信が普及する前は、宇宙空間にいる対象と通信するには電波を使うしかなくて、電波の通らない月の裏側は地球とは通信ができなかったから、L2に中継衛星を配置する必要があったそうな。
昔は色々不便だったんだな。
唐突に身体が前に引っ張られ、オービターが減速し始めた。
「約1分後にL2に到着します」
「静、皆の魂は見える?」
「うーん、まだ見えない。何かに隠れてるのかな?」
今まで見えていた地球が月に隠れて、月の裏側に入ったことが分かる。
「L2に到着しました」
「よし、魂を見ることのできる静と瑞希でEVA(船外活動)。徳永チルドレンの魂回収を頼む」
鍊から指示が来た。
まだ静が魂を見つけられてないのが不安だけど、ガンバろ。
静と一緒にエアロックに入り、宇宙服の気密を再度チェック、宇宙空間を移動するためのセルフレスキュー用推進装置(SAFER)を背負って宇宙服に装着させ、魂を回収できるはずの中性子容器を持って、船外に出る。
ちなみにSAFERは、24あるノズルから窒素ガスを噴射して、宇宙空間を移動できる装置だ。
カーボンナノチューブでできた命綱を宇宙服にセットして、静に付いていく。
「多分L2に浮かんでる人工衛星の影に隠れているんだと思うんだけど」
大きなお椀型の装置と黒っぽいパネルが6枚付いた機械が見えてきた。これが中継衛星?
「瑞希には分かんないだろうけど、このお椀はパラボラアンテナという電波を受けるもので、周りのパネルは太陽電池と言う太陽光で発電する装置だよ」
「うん。初めて見たよ」
「あ、やっぱり衛星の影に隠れてたみたい」
僕には見えないけど、静は魂を見つけたらしい。
スラスターを吹かして衛星に近づいていくと、
「瑞希!ちょっと待った!!」
という静の声が聞こえた...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます