第75話

「今の状況だと、約1年後に地球に衝突することになる」

 月が地球に衝突したらどうなる?

 月は地球の1/10の大きさだけど、ぶつかれば表面だけでなく地球内部にまでめり込んで来そうだよね。

 そうなれば地殻や海だけでなくマントルも宇宙に吹き飛んで、地球が粉々に砕けてしまうかもしれない。

 そうなれば当然地球の生き物は全滅を免れないし、時子さんも無事では済まないだろう。

 何とかして食い止めないと...


 うを!

 時子さんが見たこともない恐い顔をしている。

 恐らく月が地球に衝突した際の詳細な物理シミュレーションを行ったんだろう...

「粉々です」

 やはり。


「しかし、約8億年後には再度惑星として、ほとんど同じ形で再構成されそうです。徳永氏はそれを見越しているのかもしれません」

 えー!まさか徳永氏は、そんな長いスパンで地球を作り直そうとしてるってこと?

「さすがに粉々にされた場合に私の意識が維持できるのか、正直私にも分かりません。意識が消失した場合、悲しくはありませんが、少し寂しい気がしますね」

「時子さん、僕らがそんなことはさせません。そのために月に行くんですから」

 何か、カッコつけたセリフが出てきたけど、今の本心から出てきた言葉だった。これまでの地球をリセットなんかさせない。

 早く月に行かないと!


 焦る僕だったけど、それで宇宙エレベータが加速するわけでもなく、淡々と静止軌道に近づいて行き、果たして遂に到着した。

 無重力状態の中、エアロックを通って静止軌道ステーションに移ると、

「お、久しぶりだな。少しは成長したかい?」

 楢原一尉に出迎えられた。


「なぜここに?」

「聞いてなかったか。君らが乗る宇宙機の現場での製造指揮を任されてたんだ」

「武蔵をすみません」

「気にするな。君のせいではないし、まだ死んだ訳じゃない。助けに行ってくれるんだろう?」

「はい!」

「よろしく頼むよ」

 楢原一尉は少し寂しそうな声をしていた。


 早速宇宙服に着替えて、ブリッジを通って宇宙機に乗り込んだ。

 この宇宙服、地球で着ていた外骨格に似ているけど。

「そうだよ。アレに気密性能と酸素の供給機能、二酸化炭素の除去機能を付けただけナリよ。元々温度調整機能は持っているから、何も起きなければ宇宙空間でも数日は耐えられるようになってるケロ」

 静が教えてくれる。

 元々宇宙服にも転用しようと設計してたんじゃ...


 宇宙機の中は、地球で訓練したシミュレータと寸分違わぬレイアウトで機器が備わっていた。

「今、水を積み込んでいますが、機体のチェックは全部済んでいますから、積み込みが終わったらすぐに飛べます。軌道計算は時子が行いますから、いつでもリアルタイムに修正が可能です。早速月に向かいましょう」

 鍊機長が何かはりきってる。

 今まで出番が少なかったからかな?


 本来、宇宙機の軌道計算は地球と月、そして、太陽や他の惑星の重力、公転による位置の変化、またそれによる重力の変化など、複雑な軌道力学の連立方程式を解かなければならないけど、時子さんの性能であれば瞬時に計算でき、飛行しながら軌道を変更しても、すぐに補正しての航行が可能なはずだ。


 こうして、時子さんの操縦で宇宙機は静かに静止軌道ステーションを離れた。

 謎の推進装置、EMドライブは瞬発的な力はそれほど大きくないけど、イオンエンジンほど非力ではないので、宇宙機を直接スイングバイの軌道に乗せることができる。

 早速時子さんはEMドライブの推力を最大にして、月と地球の延長にある一点を目指して宇宙機を加速させ始めた。

 実はこの宇宙機の先端には、静が考えた中性子コンテナという装置が備わっていて、そこに詰め込まれた中性子によって、とんでもない質量になっているらしい。

 おかげで静止軌道上でも微妙に重力を感じるほどだった。

 この重力を利用して、スイングバイの効率を高め、更にEMドライブの推力を上げることにも役立てているらしい。

 宇宙機は一旦月とは逆の方向に向かい、地球を掠めて更に加速し、月に向かうことになっていたが、既に地球が近づいて来て、スイングバイによる遠心力を感じ始めた。

 スイングバイの間、宇宙機の先頭を地球に向けながら旋回をしていく。

 宇宙機の速度は秒速8kmから地球の重力に引かれて秒速13kmまで加速していた。


「俺っち、最初は瑞希たち、自分の子どもには会いたくなかったんだケロ」

 唐突に静が話し始めた。

「それは何で?」

「きっと子どもたちも地球をキレイにって使命を背負って、俺っちとは違う方法で目的を果たそうとすると思ってたナリ」

 確かにエマとイーサンは地球をキレイするために躍起になっていた。

「でも君らは誰もそんなこと考えてなくて、色々悩みながら普通の人と同じように暮らしてたから、チョコチョコちょっかいを出してたんだケロ」

 そう言えば、父さんから事あるごとにプレゼントをもらってたんだった。

「ごめん。高校生の頃、貰った自転車壊されちゃったんだ」

「うん。知ってる。そこで瑞希の能力が確定したんだよね」

 そっか、父さん、ずっと兄弟皆の事、見てくれてたんだ。

 でもどうやって?

「あ、実は俺っちのAIコンシェルジュが時子に頼んで皆のことをずっと追跡してもらってたんだす。俺っちがアメリカに行ってからずっと、勝手に。今回の俺っちのAIコンシェルジュの思考再現率は95%くらいかな」

 静の中の父さんが失踪してから、ずっと仮想の父さんAIが裏で動いていて、最近になって記憶を同期させたってこと、かな。

 もう、ややこしいから単純に父さんが見守ってくれてたことにしよう。


 そう言えば玲奈さんは人工光合成ユニットを担当することになっていたけど、見当たらない。

 人工光合成ユニットは、宇宙機の外側に宇宙機を軸に回転する台座にセットされ、太陽光の入射角が一定になるように調整され、食料の生産と二酸化炭素の除去を担っている。

 これもEMドライブと同じように、月よりも遠い場所に行く場合の装備のはずなんだけど...


 その後、宇宙機は地球を離れる軌道に乗り、数時間が経過すると、月が地球よりも大きく見えてきた。

 月の周回軌道に入るために軌道修正マニューバをしながら、宇宙機を減速させる。


「おかしいです。月の見かけの質量が地球で観測したものよりも増加しています。月周回軌道を再計算。予定よりも少し外側を周回します」

 時子さんが報告してきた。


 月が地球に近づいてるって、月が重くなってるからってこと?

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