第43話

「瑞希にちょっと頼みがあるんだけど」

 休みの日の朝、静がまともな口調で話しかけてきた。


「あらたまって何よ?」

「ある人を生き返らせてほしいんだケロ」

「えー?流石に死んだ人を生き返らせる力はないんじゃないかなー」

「うん、完全に死んじゃったわけでもないんだよね」

「どういうこと?」


 その人は随分長い間眠っていて、当時の医療レベルでは治療ができないと判断され、未来の医療技術の進歩に掛けて、まだ成功例のないコールドスリープに入ったのだという。

 コールドスリープと言っても、身体を氷点下まで冷やして凍らせるわけではなく、代謝が著しく落ちる冬眠状態まで体温を下げつつ生命を維持することによって、加齢をできる限り遅くするという技術らしい。

 本当に身体を凍らせてしまうと、水分が凍って膨張し、細胞が破壊されてしまうので、蘇生が困難になってしまうのだ。

 もう40年ほどコールドスリープを続けているものの、未だに蘇生できる算段が付かずにいたという。


「瑞希の力でソマチットに働き掛けてみてくれない?」

 そこまで言われたら、断る理由もないわさ。

 こうして、東京の都心にある病院に連れていかれた。

 病院のかなり奥まったところにある病室に、担当している医師と静と一緒に入っていった。

 病室の中には、更に小さな病室があって、その中のベッドに色々な管や配線が繋がれた女性が横たわっていた。

 病室はちょっと寒い。


「この方は?」

「実は俺っちも知らないんだけど、葉月さんていう、俺っちが幼児の頃にお世話になった人らしいんだ」

 なるほど。常温核融合の研究を一緒にしていた学生だった人だな。

 相当優秀な人だったと聞いている。

 何せ、あの徳永秀康と互角に渡り合ったというのだから。


「僕の力が役に立てばいいんだけど」

 早速、愛情を感じながら、葉月さんに触れてみる。


 心臓の鼓動を感じる。ただし、普通の人よりも遥かにゆっくりとした鼓動だ。

 確か、中枢神経障害になったはずだから、脳細胞に働き掛けられるように頭を触ってみた。

 すると、

「脳波が現れ出しました。徐々に振幅、周波数ともに上がって行きます!」

 と、モニタを見ていた担当医師が叫んだ。


 よし、反応がある。

「早速ですが、体温を上げて蘇生を開始します」

 担当医師が興奮している。

 その後2時間ほど掛けて、身体を標準体温まで上げながら脳波をモニタしていると、δ波からθ波の領域まで周波数が上がってきて、もう普通の人の睡眠時と同じレベルになっていた。


 さあ、このまま覚醒して!


 彼女の瞼が動いた。

「んあ。お!」

 起きた!


「いたたたたー、身体中が痛ーい」

 40年振りに覚醒して、筋肉や骨などがまだうまく動かないのだろう。


「そこにいるのは誰?秀くん?にしては大きいし女の子だねぇ。でもよく似てるわ」

 静を見て徳永秀康氏の面影を感じたのか?

 まあ、本人なんだけど、姿は違くて、本人なんだけど人格が違うって、何とも複雑な状況だな。


「俺っちは秀康だけど、残念ながらキミの記憶はないんだ。ゴメンね」

「よく分からないけど、色々あるわけね?ちなみに今はいつなの?」

「今日は2046年10月27日です。あなたが意識を失ってから40年以上経っています」

 ショックを受けるかもしれないと思いつつ、率直に告げた。


「えー!今私22歳のはずなんだけど、もう高齢者ってこと?いやー、あたしの青春を返してー」

 涙目になっている葉月さんはコールドスリープの効果もあってか、20歳代と言っても不思議はないほど若く見えた。

 時子さんの整った顔には敵わないけど、違った感じのかわいさだな。


 その後、葉月さんと徳永秀康①が発明した常温核融合の技術によって世界中のエネルギー問題が解決したこと、「日本の子」政策で徳永チルドレンが5人生まれて、僕らがその内の二人であること(静の中身は徳永秀康本人だけど)、今地球に氷河期が訪れていて、たくさんの人が亡くなってしまったことなどを説明した。


「私が眠っている間にそんなに色々なことがあったのね。んー、私も秀くんを止めるの手伝ってもいいかしら?あいつの弱点色々知ってるんだー」

 静がビクッとする。

 徳永秀康氏に弱点なんてあるんだ。どんなことだろう。


 こうして葉月さんの意識も戻り、我々の仲間になってくれることになった。

 この後、体力を戻すためにリハビリをしなければならないが。


【武蔵】

 長距離射撃の訓練を続けて更に1ヶ月が経った。

 4,000mの初弾命中率は70%まで上がっていたが、100%にはならなかった。

 銃弾は、放たれてしまえば後は何もできず、刻一刻と変わる環境を完全に読むことはできないため、環境変化が少ないタイミングを見計らうしかない。


「武蔵くんにはー、コレをプレゼント!」

 うわっ!静か。ビックリした。

 というか、射撃訓練場内でこの距離まで気づけないって、どういうこと?

 俺は視覚だけではなく、聴覚も人並み以上に訓練してあって、索敵能力でも陸上自衛隊一を自負してるんだが...


 プレゼント?

 静から目薬の容器のようなものを渡された。

「これは?」

「見ての通り目薬だよ。点すと眼球表面が超超微粒子でコーティングされて凹凸が減るから、視力が倍増するダス。あまり長い時間はもたないから、使う直前に点してね」

「副作用はないのか?」

「うん、特にはないと思うけど...」

「今試しても?」

「うん、ぜひ!」

「あ、んー...」

「どしたの?」

「いや、俺、目薬自分で点せないから、父ちゃん点してくれない?」

「かーわいー!いいよいいよ」

 恥ずかしいけど、点せないものは点せない。


 ポタッ!

 パチパチ。

 お、何かじわーっと来る。

 うわっ!何コレ?

 見るもの全ての輪郭がハッキリ見える!


「どう?」

「スゴくハッキリ見える」

「今なら多分俺っちの光学迷彩も見破れるんじゃないかな?」

 う!静の後ろにぼんやり人の影のようなものが見える。

「鍊がね、常に護衛を付けてくれてるんだ」

 今まで気付かなかった!

 光学迷彩を纏っているとはいえ、俺が気配すら感じられないなんて、そんな手練れが今の陸上自衛隊にいるのか?


「お、武蔵、気付いたようだな」

「母ちゃん!」

 光学迷彩を解くと母ちゃんの姿が現れた。

「一応、静ちゃんを守って欲しいと頼まれてね」

 さすが母ちゃん、とはいえ、自分もまだまだだと思い知らされる。

 もっと注意深くならなきゃ。


「超長距離射撃は、その目薬と時子の支援を受けるといいよ。武蔵の脳の視覚野スキャンデータをAICGlassesで時子に飛ばすようにしとくから。ただ、視覚のデータは完全な形では送れないんでぼんやりになっちゃうけどね」


 時子の支援か。

 信用できるのかな。

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