大人になるって

 いつもは慌ただしい職場だがその日は比較的穏やかに時間が流れていた。

その空間を裂くように突如悲鳴に近い叫び声が響いた。

「きゃー、そこにヤモリかイモリかが、、、」

 叫んだ主は、他のスタッフを呼び訴えたがどの人も「いやぁ、私は無理。」と言い顔を横に振る。

 こんな時に限って男性スタッフはみあたらない。

 その間、床を這うヤモリは視線を感じたのか行こうか戻ろか状態だ。

気配を消し業務をこなしていた私にも視線が集まる。

「私も、無理。でも、虫を食べてくれるからそのままでもいいんじゃない?」と軽く流した。


 子供の時には何でも捕まえるのが好きだった。今なら考えられないのだけど。カナブン、バッタ、興梠、蝶、蛙などいろいろと捕まえた。

 ヤモリも一時期よく捕まえていた。

 そう、あの夜までは。

 あれは幼稚園の頃のこと。私は風呂場の窓の外に張り付いたヤモリを見つけ、窓をそうっと開けていつものように手を出して捕まえようとした。その瞬間、まったく想像していないことが起きた。ヤモリが私の指を噛んだのだ。もう、半世紀ほど前のことで痛かったのだかどうだか忘れてしまったけど、その時の驚きと恐怖は心に焼き付いている。その事件以来ヤモリは私にとって恐ろしいものになった。

 そういえばトンボにも噛まれたことがあったがあれはかなり痛かったことを記憶している。


 人は経験することで恐怖を感じ危険回避の能力を養って大人になるのかな。

でも、同じく経験することで心が満たされることも覚えて大人になるのかな。

それなら、身体的にはけっこう年を重ねてしまってはいるが、心はまだ成長過程でいたいと思う。


 あれっ、話がヤモリから大きく飛躍してしまった!

まだまだ精神的には大人になりきれていないなぁ。

まぁ、いいっか。

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