みんなと春夏秋冬

『荷物届いたよ。こんなにたくさんありがとう。それと――――』


(アルバム、爆笑したー、って。ふふふっ。りりかちゃんと隼くんの力作だもんね)


 商店街のみんなとの思い出をケントくんに送ろうよと伍郎くんが言い出し、急きょ密かにアルバムを作成することに。アイデア、デザイン、構成はりりかちゃん。それを形にするため、パソコンで作業したのは隼くん。…大変だったろうな、隼くん。絶対りりかちゃん、うるさ―――コホン、こだわりが強い子だから。

 しかしイベント開催中でなにかと忙しく、ケントくんが旅立つ日に間に合わなかった。それがこの間やっと完成し、それぞれの贈り物と一緒に送ったのだった。


 イベントの打ち上げの写真はもちろん、ケントくんが過ごした日々の彼是あれこれもたっぷりとアルバムに収めてある。

 おまけに、商店街のそれぞれの店で撮られた、“この写真について、ひとこと”の大喜利のようなコメント付きで、ある意味奇跡の一枚だ。


 たとえば、


 ドラッグストアKASUMIの店の前で、横一列に並んだ弾ける笑顔の加住一家と良江ちゃんの四人。


【い、いいか、本体を狙え!】


 とか、


 お好み焼きすずの保おじさんが、両手にコテを持ってファイティングポーズ。


【お肌は、こすっちゃダメ】


 で、私はというと、


 白いかっぽう着を着てリュックを背負い、ママチャリにまたがっている。


【先生ー、“借り物競争”を“買い物競争”だと勘違いしてそうな子がいまーす】


 商店街のすべての店分作ったので、ポスターにして期間限定おのおの店先に貼っている。




 ケントくんからの手紙には、アメリカでの生活が書かれており、文面から向こうで元気にやっているようだ。よかった、よかった。


『ティッシュペーパーをパンツのポケットに入れたまま、洗濯してしまった………』


『学校の帰りにいつも、襲われているのかと心配するくらいハトに乗られてるおじサンがいるよ』


『目覚まし時計もうひとつ買おうかな』


『毎日たいへんだけど、楽しくて仕方がないんだ』


『同封の写真、ボクの部屋なんだけど、この中にボクが隠れています』


『わかるかな~』


「んー、どこだろう」

「ここは?このドライフラワーの所」

「ベッドの中とか」

「それはずるいでしょう」

「『答えをメールでください』だって」

「いちばんありえないのにしましょうよう」

「じゃあここ、このど真ん中に、じつは堂々と立っているとか」

「もしそうなら、すご、なんかこわ


『正解は~』


『ココでした~』


 返信の動画は定点カメラで、写真と同じくケントくんの部屋を映していた。

 すると画面右端の本棚からぴょこっと、ピースした手が飛び出てくる。そしてそこから色とりどりにペイントされたケントくんが、はうようにして出てきた。


「「なぁんだ、そこかー」」


 じゅうぶん驚きの技なのに、勝手に期待値上げられたせいで「なんだ」と言われてしまったケントくん。頑張れー。


『来年行けたらいいな』


 待ってるわ。






「明けましておめでとうー」

「かんぱーい」

「おめでとう、今年もよろしくー」

「今年は何年なにどしだっけ?まぁいいや、イエーイ」


 恒例の商店街振興組合の新年会。

 今年も変わらずの楽しい飲み会で、やっぱりイザワミートのおじさんは奥さんに怒られてるし。






「良江、この『チョコレートを湯煎にかける』って何?どうするの?」

「それはね――――」


 今日は店を閉めたあと、厨房うちであさってのバレンタインのチョコ作り。


「うたさん、うたさんは今年もお客さん用チョコはラスクですかあ?フランスパンのやつですよね、わたし大好きぃ」

「うん。超簡単でおいしいから。私、細かく量ったりするの苦手なのよ。だいたいいつも目分量だし」

「私それができないのよねー。“だいたい”ってのが、もーさっぱり。ほら見て、何よ、この“少々”っての。“ひとつまみ”って?人それぞれじゃない」

「ま、まあまあ、茉衣子、お菓子作りは基本的に分量きっちり量るから。大丈夫よ、きっと」

「でーもー。なーんでー今年はーチョコー、作ることにぃーしたんでーすかあー?茉衣子さーん」

「えっ、そっ…そっそれ、は………そっそそ」

「うたさんトコのー厨房までー借りてー。ま、それはー良江さんがー言い出したことーだけどー」

「わっ私はっ、その、い、いろいろみなさんにお世話になっているから…と…思って、それでっ、うちの…キッチン小さいし…オーブンなく…て」

「そそそそうっ!わわ私もっお世話にななななってるしっっ」

「……………………。…………へー」


 りりかちゃんが意地悪な笑みを浮かべて、茉衣子ちゃんと良江ちゃんを交互に見ている。


(茉衣子ちゃんも良江ちゃんも真っ赤。微笑ましいわあ)


「それはそうと。うたさん。…フランスパン、何本買ったんですかあ?」

「え?」

「うしろ?うわ…………山積み」

「…キャンプファイヤーできそうですね…………」

パン屋ルーベンスに、ひと桁間違えて注文したみたいなのよ。はぁ」


(フランスパン………。んー、フランスパンでなんか…昔…あった?ような…なかった?ような…??)


「いいじゃないですかあ、いっぱい作っちゃったら。わたしも食べるの手伝いますしぃ、えへっ。まあ、それよりなにより、余ったとしても(なんでも)隼くんがいるから。ねえ。逆に大喜びですよう」


 うふふ、とりりかちゃんが茉衣子ちゃんと良江ちゃんに向けていた笑みを、今度はこちらに向けてきた。






「はい、りりかちゃん。バレンタインのお返しです」

「あら。隼くん、ありがとう~」

「いえいえ。それじゃ――――……どうかしましたか?」

「ううんー、なんにもー。クッキーおいしそー」


(ふふん。今度の休み、隼くん、うたさんとふたりでお出かけするの、わたし知ってるんだもんね。日本酒の試飲会に蔵元まで行くって、小耳に挟んじゃったもんねえ~~)


(ま。ちょっと泳がせておいてぇ~、から、あとのお楽しみにしまショ)


 もらったクッキーに飾られていた黄色いリボン。

 無意識にくるくると弄っていたら、指に絡まってしまったりりかだった。






(ん?)


 見上げると、ゴロゴロと、いまからるぞるぞと言いたげな厚く暗い空。


「わっ」


 いきなり大粒の雨が、音を立てて降りだした。矢でも降ってきたのかと思うくらいで、当たったらちょっと痛い。矢の雨のような雨、なんてね。

 店まで走っても、びしょびしょになりそうだけど…。それはそれで楽しいか。いっそのんびり歩いていこう、ふふふ。


「うたちゃん、うたちゃん!入って入って!」


 KASUMIのおばさんが手招きをしていた。


「やだもう、ずぶぬれじゃないの。タオル持ってくるから、ちょっと待ってて」


 いや、楽しんでるから大丈夫――――と言う間もなく、おばさんは奥に引っ込んだ。あー。

 ……商品をぬらさないように、溝でTシャツを絞ろう。


「はい。どうぞ」

「ありがとう」

「よかったら休んでいきなさいよ。きっともうすぐ止むでしょ」


 お仲間もいるから、と言ったおばさんの指差す先は調剤コーナー前のソファー。そこには祐介くんが座っていた、同じようにタオルを首からぶら下げて。


「こんにちは、祐介くん」

「うたさん。どうも」


 見ると、いつもぴっちり隙のない整えられた髪が、タオルで拭いたから少し乱れている。前髪も下りていて、なんだか昔の、高校生だったころの祐介くんみたいだ。


「なんですか?」

「ううん。なんでもないわよ」


 まさに“水もしたたる良い男”ねってベタなこと言ったら、袈裟懸けさがけに斬られるだろうからやめとこう。


 ゴロゴロゴロ。


「あ、良江ちゃん。休憩、行ってきて」

「はい。…恵美さん、あの、伍郎さん、傘持っていってないですよね、迎えに行ってきましょうか?」

「いいわよ、別に。いざとなったらコンビニとかで買やあいいんだから」

「伍郎くん、配達?」

「そ。あそこのおばあちゃん、話好きだから、まだ捕まってるかもね」


 ゴロゴロ、ピカッ。


 ドー「ただいま~」ーン。


 雷とともに、びっちょびちょ伍郎くんの御帰還。お仲間がまた増えた。






「ケント、今回来れないそうです」

「勉強忙しそうだし、仕方ないわ」


 ケントくん。


 けっきょく、隼くんとどうなったのか。何があったのか。――――知らない。

 気にはなる、けれど、もういいんじゃないかと思う。


 見てりゃわかるじゃない?


「そうだ。動画撮りましょう~、動画。で、それを送ってあげましょ」

「いいね~」

「あ。踊りますう?」

「ええっ」

「うふふ、踊りましょう、踊りましょう。“踊ってみた”ですよぅ。ほら、茉衣子さん、踊れるじゃないですかあ」

「…私のはお遊戯よ」

「ぷ」

「何か?祐介」

「何も」




 今年も田貫銀座通り商店街に秋が来た。


 お楽しみのイベント、今年の仮装は――――何かな。






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