隼とケント

 ぴょこんとケントが顔を上げた。


「え…?」

「ランドセル」


 隼は少し目を逸らしながら、ぶっきらぼうに言った。照れくさそうにも見える。


「川に落とされたランドセル、拾ってくれただろ?」

「っ」




 うたにもらったUSBメモリの動画の中に、茶色の髪の少年が川に入ってランドセルを拾い、川岸に置いて急いで隠れるところが、画面の端にぼやけてるが小さく映っていた。


『うしろの子は…あれ?いない』


 そのことに気づいたのは、隼が引っ越しをしてしばらく経ってから。




「うれしかった。ありがとう」

「………………」


 今度はちゃんと目を見て、隼は言った。

 また潜るケント。


「たしかに――――あのころは、腹が立つし悔しかったし、つらかったし、悲しかったし」


 ずる。


「助けてやったのに、恩をあだで返されたみたいだと思ったし」


 ずるずる。


「神も仏もやしない、と嘆いたものだ」


 隼が言うたびに、どんどん沈んでいくケント。ごめん、と言ってるようなくぐもった声が聞こえる。

 その姿を見て、隼は小さく笑った。


「冗談だ」




 小学生時代の苦い思い出。


 冷たい川で脚をぬらし、落とされた隼のランドセルを拾い、もうぬれないようにと両手いっぱいで抱えている画面の中のケントは、全身で謝っているかのようだと隼は思った。




「そこまで思ってもないから。お前には何もされていないし」


 中でどんな体勢なんだと、


「まぁそのせいで、という問題はあるけど。なんてな」


 ケントを見て、少し面白くなってしまった隼。


「冗談だって。おい、いい加減、頭出せよ」

「ごめん……………………」


 ゆ~っくり、ケントが顔を出す。


 そして、頭を深々と下げた。




「隼クン。ごめん」


「ああ」


「それと…あのとき、助けてくれて…ありがとう」




「…わかってる」




「………………」

「………………」


「………………」

「………………」


「………………」

「………………」




 ふう、と軽く息を吐いてから、隼は場の空気を変えるかのように頭をかいた。


「………。腹減った。ケント、晩飯食った?」

「………。うん。食べたよ」

「そっか。でも一緒に行かないか?うたさんの店」

「…うん、じゃあボク着替えてくるよ」

「そういや、お前の仮装がたぬっぽんそれだってみんな知らないんじゃないのか?」


(本当はたぬっぽんじゃないけど)


「そうだね、秘密にしてたから」

「たしか、きのうは違う人だったよな、たぬっぽん」

「今日だけ代わってもらったんだ。本当は夜だけたぬっぽんこれ借りようかなと思っていたんだけど、昼間もよかったらやってくれないかって言われて。なんか元気なかったなあ、あの人」


(ずっと金髪碧眼の仮装?をしていて、それを止めての自分になるというのが今回の本当の仮装、か。…なんかややこしい)


でいいだろ」

「いや、でもさ………」

「あぁそっか、店には入れないな。でも前まで行ってみんなに見てもらえよ、行こうぜ」

「ああっ、隼クン待ってーー」




 今度は隼のあとをケントが付いて歩き、商店街に戻ってきた。そして、うたの店の前に到着する。


「お疲れさまです」


 隼がうたの店に顔だけ入れて挨拶をすると、中から「いらっしゃい、隼くん。お疲れさま」と言ううたの声が聞こえた。ほかにもりりかや茉衣子、良江に伍郎、といったいつもの連中の声もする。静かだが祐介もおそらくいるだろう。


「え。ケントくんが?」


 まず店から出てきたのは、伍郎だった。


「たぬっぽんだ」

「ホント」

「中、ケントくんなの?」


 わらわらと全員出てくる。


「そう「駄目よ、ケントくん。しゃべっちゃ」」


 りりかが肯定しようとしたケントを遮って、前に出てきた。


「いま、君は“たぬっぽん”なの。たぬっぽん、みんなの夢を壊しては駄目」

「…………」


 こくこくと、うなずくたぬっぽん。にっこり笑うりりかは、“姐さん”からすでにいつものフリフリ姿に戻っている。ほかにも、接骨院を閉めた祐介、仕事が終わった良江、茉衣子たちも普段着に着替えていた。また店に戻らなければならない伍郎と、あと一時間くらい営業予定のうたは、まだ“うっかり”と“恵比寿様”のままだ。


「はーい、たぬっぽんに質問でえす。たぬっぽんはぁ、普段ー何してるんですかあ?」


 なんともジェスチャーでは答えにくいことを、りりかは聞いてきた。


「えーっと、『ど、れ、に、し、よ、う、か、な』じゃなくて?」

「寝てる?具合悪い?」

「踊ってる?」

「星?」


『はいそれ惜しい』ってポーズのケント、改め、たぬっぽん。


「置いといて?ん?」

「何?お願い?」


『そうソレソレ』なたぬっぽん。


「戻す?さっきの?なんだっけ?」


 しばらくたぬっぽんのジェスチャーゲームが楽しく続いたあと、ケントに戻るため“たぬっぽん”は、いったん帰っていった。


 それから、閉店後のうたの店でイベント無事終了のプレ“お疲れさま会”を急きょ開催。正式な商店街全体の“お疲れさま会”はあしたあるのだが、その前にちょっとやってしまおうとなり、つい明け方近くまで盛り上がってしまった。――――次の日、全員半死状態だったことは、言わずもがな。




 ちなみに、ジェスチャーゲームの正解は…………


『みんなの幸せを、星に祈ってる』


 だった。


 しかしその答えにりりかが、「たぬっぽんは闇属性だから、それは違う」と言い、たぬっぽん(ケント)に、やり直しを要求。


“闇属性”


 だからか、と、なんか納得する七人。何が、と問われると困るのだが。


「…………………………」


 HPや攻撃力は、よくわからない。意外に強いかもしれない。俊敏さもあるかもしれない。まさかの魔王ボスクラスだったり?


 でも、魅力だけは…限りなくゼロに近いだろうと、うたは思った。












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