マイクと煮込みハンバーグ
はき掃除を終え、店先で打ち水をしていると、隼くんが台車にビールの入ったケースをいくつか載せてこちらに向かってきていた。今日は頼んでいないから、おそらく隣のミラクルハニーのだろう。
「お疲れさま」
「毎度~」
にっこり笑って、営業モードの隼くんが答えた。
案の定、ミラクルハニーの扉を開けて、同じように元気よく挨拶をして入っていった。
帰っていくじーさまとたまちゃんとマスターの奥さんを手を振って見送り、提灯に明かりを灯してのれんを掛けようとした、そのとき――――。
『リィザァーブゥゥ?』
エコーがかかった、ものすごく大きなマイクの声がした。びっくりしてのれんを落としてしまった。皇鳳のバイトくんと目が合う。ニコッ。出前いってらっしゃい。
そのあと、『飲むぅ?』『いえぇ、そうじゃなくてぇ』――――と、同じくエコーの効いた声が聞こえて消えた。思わず扉が開いていたミラクルハニーの中をのぞく。
「あ、うたちゃん」
ミラクルハニーの順子ママがマイクを持って、小走りで寄ってきた。
「知ってる?うたちゃん。マイクとテレビのリモコンて同じなんだって。知ってた?」
「?」
カラオケ機器の前で、しゃがんでいた隼くんが立ち上がった。
「いや、えーと。テレビのリモコンと同じ赤外線で、このマイクとレシーバーは通信しているから、線上に障害物があると駄目だというところは同じです。……だから、まぁとにかく順子ママ、このレシーバーの前に、もう物を置いちゃ駄目ですよ」
……………。
私と順子ママの頭上に浮かぶ“はてなマーク”。隼くん、日本語しゃべってるよね?
「うん、とにかく…それの前に、何も置かなかったらいいのね?レ?リ?…レ…リッ、レ、レ、レッッシーブー!」
順子ママ惜しい。
どうやらカラオケのマイクの調子が悪かったようだ。それを隼くんに見てもらっていたらしい。
「ありがとねぇ、隼くん。マイク買い換えないといけないのかと思っちゃった」
「いえいえ。なんともなくてよかったです」
よかったよかった。
(あ。そうだ。店、帰らなくちゃ)
店を開ける途中だったのを思い出した。
いつの間にか照明の電球を交換している隼くんと、棚の上の籠を取るべく手を伸ばしていた順子ママに、挨拶をして戻――――手にのれんを持ったままだったので、その棒で籠を取って、順子ママに渡す。
「ありがとう。もお、うたちゃんも隼くんも、ほれちゃうわあ」
あははと隼くんと一緒に笑った。
棒、いいかもしれない。私背が低いから、何か長い棒を常に携帯していれば…。そう、伸び縮みができて、そうそう、先がつかめるようにもなってて。
いいなぁ。うーん、マジックハンドって長さどれだけあるのかしら。
はっ。高枝切りばさみ!……………あ~~それじゃつかまずに切っちゃうわ。でも一回やってみたい…。
「うたさん。お店、時間大丈夫ですか?」
隼くんに顔をのぞき込まれていた。
「はっ。そう!開けないと!」
慌ててミラクルハニーを出て、店に戻る。のれんを掛けて、ひと息。
きれいな夕焼けに、つい見とれていると、隼くんが隣から出てきた。軽く手を振って中に入る。
今日は隼くんの好きな煮込みハンバーグにしようか。
いつも頑張ってるもんね。
「うたさぁ~ん。お腹空いちゃいましたあ」
りりかちゃんもいつも頑張ってるわね、とくに胃腸が。
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