第6話 活動開始
活動開始
カランカラーンと鈴がなる音がした。時刻は10時10分だ。僕は時計で時間を確認してからドアの方を向いた。
「ゴメン、少し遅れた。」
「遅いぞ全く。我を待たせるとは愚行と思え!いくら雪ねぇでも時間を破るのは許さん!」
隣に座っているツバサがブツブツと文句を言う。…ちょっと待って、今雪ねぇって言った?
「ツバサ、どうしたのその呼び方?」
「ん?何がだ?」
ツバサは何の事かさっぱり分からないといった表情だ。
「君も雪ねぇって言ってくれていいんだよ?」
ニヤっとした表情で姫野が言う。この1週間で何があったのかさっぱり分からないが、つまりツバサは姫野にすっかり調教されたようだ。まったく恐ろしい話である。
「おー姫ちゃん、ようやく来たねぇ。マコト君、今か今かとソワソワして待ってたよー。」
「ソ、ソワソワなんてしてないですから!」
「それより姫ちゃん、どうなの?姫ちゃんから見たマコト君って。」
「話し聞いてます?!」
ユミさんは僕の話など全く聞かず、姫野に迫っている。
「いやー、もう少し愛想があってもいいと思いますよ。それにチキンだし。クラスで私に話しかけられずにずーっと私の方見てるの、バレバレだし。」
僕は思わず咳き込んだ。コーヒーを飲んでいたので喉が焼けるように熱い。
「別に見てないし。」
一応の反論を試みるが相手にされない。それどころか、えっウソ、そうなんだ〜、否定しなくていいのに〜、とユミさんが盛り上がるのを促進してしまった。
「そんな事より、そろそろ始めてもいいか?我、待ちくたびれたのだが。」
「あっ、ゴメンゴメン。じゃあ私向こうで店長の手伝いしてくるから、何かあったら呼んでね。」
ユミさんはそう言うと奥の部屋に入って行った。こんなガラ空きの店で何を手伝うんだろうと思っていると、ねぇ聞いて!マコト君が〜と言う声が聞こえた。もう、いいや。どうでも。
「じゃあ始めよっか。…君、聞いてる?」
「ん?ああゴメン。それで、何の用なんだ?」
すると姫野は少し躊躇ってからフフンと胸を張って言った。
「ホントはまだ見せたくなかったんだけど。ツバサ、持ってきて。」
「はい!ホントこれ大変だったんだぞ?」
まるでツバサは感謝しろとでも言うように僕に視線を向けてきた。
「ほら、これ見ろよ。」
ツバサはどこからともなく取り出したパソコンをいじってから、画面を僕に向けた。「何でも相談CIA」と書かれている。
「…何?これ。」
「これは、我らが世界を救う方法だ!」
「…え?」
「つまり、私達で何でも屋をやろう!って事。もちろんお金は受け取らないけどね。」
見かねた姫野が言った。なるほど、ネットを使って何でも屋をやろうって事か。
「それは分かったけど、じゃあCIAって何?まさか、あのCIAじゃないよね。」
僕が聞くと姫野は少し答えずらそうにしてツバサを見た。
「ツバサが聞かないのよ、名前はこれがいいって。」
「カッコいいだろ?CIA。名前はコレに決まりな。こればっかりはゆずらん!」
「ツバサ、CIAって何か知ってる?」
「スパイだろスパイ!危険を顧ず悪者の情報を集めるカッコいい奴らだ。」
「いや違うと思うけど。」
「じゃあ何だよ?マコトはCIAの何を知ってるんだ?」
「何をって言われても。」
言われてみれば確かに、CIAが何かなんて説明出来ない。
「アメリカの機関で、確か」
「いい!そんな事は我だって知ってる。」
「じゃあ違う事くらい分かるでしょ。」
「あのな?ヒーローはヒーローのままでいいんだよ。サンタクロースは存在するし、仮面ライダーの中の人なんていない。ヒーローはヒーロー、これでいいんだよ!」
言いたい事は何となく分かるが、じゃあツバサにとってCIAはヒーローなのか。CIAをどう見たらヒーローに見えるのだろう。
「とりあえず、異論は聞かない。じゃあこれでサイト作っていいか?」
「うーん。私はその名前じゃ相談なんて来ないと思うけど。」
「ていうか名前以前にそんなんで相談なんて来ないだろ。」
「いや、来る!じゃあ投稿するからな!」
そう言うとすぐにツバサはパソコンをいじり始めた。画面が移り変わる直前、「何でも相談CIA」と書かれた文字の下に、メンバー紹介なるものが書かれているのを目にする。ツバサ、雪、マコト、と実名で書かれているのだ。僕は思わずツバサの手を掴んで言った。
「ちょ、これ実名書いてあるじゃん。」
「ん?それが何か?」
「ネットで実名出すのはマズイでしょ。ただでさえこんな変な事しようとしてるのに。」
「別に私は構わないわよ。君は問題ないでしょ?クラスメイトでさえ、君の名前を知っているか謎だもの。この名前見たからって、君と結びつける人なんていないわ。」
グサっと、心に突き刺さる何かがあった。いやでも、姫野は僕の事知ってたじゃないか。もしかしたら、そういう人も、いないとは限らない…確率は低いな。
「じゃあ結局これでいいんだな。」
ツバサが面倒くさそうに言う。僕が何か反論をする前に、ツバサはパパッとパソコンを操作し、どうやら作業を終了したらしい。パソコンを鞄にしまっていた。
「これで完成。我らCIAの結成だー!」
「おっ、なになに〜?何か面白そうな話してるじゃん。」
奥の部屋から、ユミさんと店長がやって来た。
「あっ、我、我コーヒーが欲しい!」
「ん?ああはいはい。コーヒー1つ、店長よろしく!」
「あいよ、そうだ、マコト。お前、聞いたぞ!」
「何をです?」
どうせユミさんから変な事聞いたんだろうな、と僕は若干の諦めの気持ちを含んだ声で言った。
「お前よ、何でもボクシング始めたの、雪ちゃんの為らしいじゃねーか。」
ブーっと僕はコーヒーを吹き出した。何がどうなってその結論に達するのだ。
「え?君、ボクシングなんてやってたの?」
「いやー、私、思ったんだよね。マコト君が急にボクシングやり出すのはおかしいって。それで姫ちゃんに聞いてみたわけ。最近何かマコト君虐められたりなんだりした?って。ボクシング始めるって、やっぱ強くなりたいって事でしょ?マコト君弱そうだし、虐められてたのかなーって。そしたら何と、不良から姫ちゃんを救った!っていう衝撃的な話じゃん?お姉ちゃん、感動しちゃったよ。不良に勝つ為に、ボクシングを始めるなんて。」
そう言うユミさんは本当に目に涙を浮かべて、僕の事を誇らしい弟だとでも言うように母性全開で僕を見つめた。いや、不良に絡まれた時に役に立つかなーとは思ったけど、姫野は全く関係ないですから。真面目な僕の頭には、そういう恋愛とか無駄ですから。
「俺も感動したね。本来ならボクシングをケンカに使うのは許せない所だが、これはもう応援するしかないなぁ。本当に、大きくなってなぁ。」
「店長は何目線で言ってるんですか。僕ら出会ってまだ2年ですよ。」
その時、ピロンという音がした。誰かのスマホの通知オンだろうと思っていると、ツバサがまさか、という顔をしてパソコンを取り出した。
「おい!来たぞ!」
「えっ?ウソ!ホントに?」
ホントだ!と姫野とツバサが騒いでいる。僕も2人の後ろに回り込み、パソコンを見た。
「マコト君にお願いです。ウチの息子を家の外に出してくれませんか?」
僕らの間に少しの間沈黙が流れる。
「…指名?」
僕はその文面を三度ほど読んだ後に言った。
「だから、名前は出さない方がいいって言ったんだ。」
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