背後の怪
つるのひと
0話 「ウシロダくん」
ぱた、ぱたと、階段を降りる音が辺りにこだました。
先頭を行く私と那智がゆっくりと降りているので足音はまばらだ。
那智はまるで足の悪いおばあさんみたいに、左手で手すりをしっかりつかんで、一歩一歩踏みしめるように階段を降りている。右手は私の左手と繋がれているのでペースを合わせなければならない。
あまりの遅さに、私の心の中は恐怖よりも苛立ちの方が勝っていた。いつもは威勢が良くてうるさいくらいなのに、いざ何かをするとなるとこのざまだ。本当にうんざりする。
「みんな、いる?」
振り返らずに言うと、亜由美と環希の声だけが返ってきた。
「早苗は?」
「いるよ」
かぼそい声が真後ろから聞こえてきて、どきっとする。反射的に那智がヒステリックな怒鳴り声を上げた。
「ちょっと早苗、驚かさないでよ!」
「……ごめん」
振り返らずとも早苗がうつむいたのが分かった。私より一回り小さい早苗は内気でどこか弱々しい。そのせいかこうやって那智に突っかかられて、いつも謝っている。
早苗に何か声をかけたかったけど、那智と繋いだ手をバカみたいな力で握られたせいで、息がつまってタイミングを逃してしまった。
そんな私にお構いなしに、那智は勢いのまま喚き散らす。
「ねえ、マジで無理。もうやめにしない?」
「やめるにしても階段は降りなくちゃいけないでしょ。どうやって帰るの?」
「別の階段使えばいいじゃん」
「降りきった方が早いって。もう二階通り過ぎちゃったんだから」
環希は冷静に答えているけど、刺々しい響きが言葉に含まれているのが傍から聞いていてもわかる。このままだと喧嘩になることを察したのか、亜由美が慌てて割って入った。
「那智、もう少しだから。これ降りたらちょっと立ち止まるだけ」
「あたし絶対振り返らないから」
「それでもいいよ。果帆も、別に見たくなければ見なくていいからね」
そうは言われても、私たちは「ウシロダくん」に会う為にこうして階段を降りているのだから、振り返らないといけないような気もする。お化けの存在を信じているわけじゃない。ただ、自分の目で確かめないと、あとでみんなとこの話をするときに絶対困る。
「午後五時五十五分に、西校舎の西階段を五回下って振り返ると『ウシロダくん』が立っている」
私たちが通う晶朋女子中学校に伝わる学校の怪談。それをもたらしたのは亜由美だった。目をきらきらさせて「確かめに行かない?」と言った亜由美に、興味もないけど却下する理由もない私たちは曖昧に頷いたのだ。環希だけは呆れていたけど、言い出したら聞かない亜由美の性格を分かっているからか、結局何も言わなかった。
そうして私たちは、西校舎の四階から西階段を五回下った場所……二階と一階の間の踊り場に立っている。亜由美の話が確かなら、私たちの後ろには「ウシロダくん」がいるはずだ。
「那智、もう少し真ん中に寄って。早苗も」
亜由美の声に、那智はしぶしぶといった様子で掴んでいた手すりを離す。踊り場に来た時さりげなく那智から離れていた私は、隣に来た那智に再び手を握られた。手汗でぐっしょりと湿っていて気持ち悪い。
「いくよ。せーの」
掛け声とともに、私は勢いよく振り返った。
まず目に入ったのは、私と同じように振り返っている亜由美の姿。その後ろに頭一つ背の高い人影が立っている。
……え?
私たちの中に亜由美より背の高い子はいない。那智が同じくらいだけど、まだ私と手を繋いでいる。
ということは、あの影は。
「ウシロダくん」だ。
背筋が凍りつくのと同時に、左腕が強く引っ張られた。あっと思う間もなく両足が床から離れる。一瞬の変な浮遊感に、階段から落ちたのだと気づいた。
左? 確か那智と繋いでいたはず。ということは、那智が?
突然のことに理解が追いつかない。
何も出来ず、ぼんやりと階段が迫ってくるのを見つめて――――
鈍い嫌な音が、辺りにこだました。
背後の怪 つるのひと @medenagan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。背後の怪の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます