第7章 どっちを選ぶ?②

 しばらくして、肉や野菜が程よく焼き上がり、テーブルの上が色彩豊かになる。

「それじゃあ、みんな。飲み物は行き渡ってる?」

「はーい」

 結の言葉を合図に各々が手にしているコップを頭上に掲げた。それを確認した結が誕生日席に座る結羽の方を見る。

「結羽、二十歳のお誕生日おめでとう!」

「おめでとうー!!」

 一斉にコップの重なり合う音と声が庭に響く。結羽は嬉しさで胸がいっぱいになる。

「みんな、ありがとう!」

「結羽ももう二十歳かぁ。早いなぁ」

「結も年を取るわけだね」

「自覚はしたくないけど、本当に年を感じるよ。春瑠、今日は付き合ってもらうよ」

「久々だし、全然いいさ」

 大人二人は再会も祝して、盃を交わし合う。結の久しぶりに酒を飲む姿を見た結羽は、何だか安心した。

 夕闇のオレンジ色に染まる空の下。

 笑い声を耳にしながら、しみじみとした気持ちでそよ風にあたる。

「陸空の料理、うまいな!?」

「本当に。この煮付けとか味の濃さが丁度いいね」

「ありがとうございます。お口に合ってよかったです」

 陸空の料理に和真と蓮が美味しそうに食べているのを見て、結羽の心が温まる。いつまでもこの時間が続いてほしい。

「結羽?食べてる?」

 海未が料理を盛り付けた皿を手に近くに来た。

「うん。陸空くんの卵焼きはやっぱり最高だね!」

「よかった。……何かあった?」

「え?」

「いや。ここ最近の結羽、何か考え込んでるみたいだったから」

「あ、うん……。ちょっとね。いつまでもこのままが良いなぁと思って」

 海未が優しく私の頭に手を置いて、髪をゆっくりと撫でた。彼女の手は冷たく、どこか心地いい。

「何に悩んでるのかは分からないけど。結羽の思うようにしていいんだよ。このままは難しいかもしれないけど、違った形で保つことはできるよ」

「海未ちゃん……」

「結羽はもう少しわがままになりな?自分の気持ちに素直になるのも大事っ!」

 海未に両手で頬をつままれる。そして、どちらからともなく笑い出した。

「ありがと、海未ちゃん」

「よし、行ってこい!!」

 海未に背中を押される。何も言わなくても彼女にはお見通しのようだ。彼女と顔を見合わせ、うなずく。

 急いで家の中へ戻り、自分の部屋まで一気に階段を駆け上がる。そして、目当てのうさぎのぬいぐるみを箱から取り出す。首にはあの時の首輪がついたままだった。色がだいぶ褪せてしまっているがわずかにうっすらと色が残っている。これを選ぶということは、どちらかと付き合い、結婚したいということ。『選んだ方と結婚する』、そういう約束だった。

 だが、まだ自分には結婚する覚悟はない。今はただその人の傍にいて、どんなことがあっても支えたいという気持ちだけだ。少しは約束と違った答えになってしまってもいいだろうか。きっとあの二人なら理解してくれる。そう確信できた。

 ぬいぐるみをそっと撫でて、立ち上がろうとした時だった。開けっ放しにしていた部屋の扉がノックされ、慌てて振り返る。

「結羽」

「結羽ちゃん」

「二人とも……。どうしてここに?」

「主役がいなくなったら、パーティーの意味がないだろ」

 和真が慣れたように部屋に入ってきて、ベットに腰掛けた。続いて、蓮も部屋に入ってくる。二人は私の手にしている物を一瞥したが、何も言わない。

「体調でも悪い?大丈夫?」

「ううん、平気だよ。思い出に浸ってた」

「そっか」

 それ以上の詮索はされず、気まずい沈黙が流れる。ゆっくりと深呼吸し、私は二つのぬいぐるみを握りしめ、二人を見つめた。

「和くん、蓮くん」

 蓮が近くにある椅子に腰かけながら、首を傾げる。和真もベットの上で姿勢を正す。

 束の間の沈黙が流れ、私はゆっくりと口を開く。

「小さい頃から、いつもいつも本当に二人には助けられてばっかりで感謝しかない。私、二人のこと大好き。ずっと一緒にいたいって思ってる」

 二人は、なにも言わずにうなずいた。そして、続きの言葉を待ってくれる。

「でも……でもね。それでもいつも頭で考えちゃう人がいるの。その人が笑っていると嬉しくなるし、幸せそうにしていると一緒にその幸せを半分にしたいって思うの」

 一気に言って、少し呼吸を整える。じっと黙って見つめていた蓮が尋ねる。

「そんな風に思える人に出会えて、結羽ちゃんは幸せ?」

「うん。もっといたいって思う。それに昔、傍にいるって約束したから」

 和真の目が見開かれる。

 誰のことを言っているのか、分かったのだろう。蓮が少し寂しそうに笑った。

 私は手にしていたぬいぐるみを見る。首輪の色を確認し、和真と蓮へ目を向けて意を決して一歩前に進み出た。

「私が好きなのは……」

 赤い首輪をしたぬいぐるみを手に和真の方へ歩み寄る。

「和くんだよ」

「う、そだろ……」

 信じられない様子で和真が私を見つめた。

 蓮が小さく拍手しながら立ち上がった。

「何となく、こうなるだろうなって気がしてた。良かったな、和真」

「あ、ああ」

「蓮くんっ。蓮くんのことも好きだよ。でもそれは家族みたいな感じで……」

「うん、大丈夫。分かってるよ、結羽ちゃん。思ったより早く結果が出て驚いたけどね」

「ごめん」

「謝らなくていいよ。これでも喜んでる」

 優しく蓮が頭を撫でる。やはり、彼は大人だ。そして、そのまま部屋を出て行ってしまい、和真と二人きりになる。

 和真と目が合い、頬が熱くなる。今頃になって、自分の思い切った行動に恥ずかしさが込み上げてきた。

 和真が両手で私の頬を包み、額と額をくっつき合わせる。

「信じられない気持ちでいっぱいだけど、素直に嬉しい。俺を選んでくれてありがとうな、結羽」

「ううん。私こそ、ここのところ避けるみたいに、よそよそしくてごめんね。色々と考えてて」

「いいよ、別に。ちょっと、どうしたらいいかさすがに凹んだけどな」

「ごめん」

「結羽、俺も大好き」

「和くん……。私も和くんが大好きっ」

 首に腕を回して抱きつくと、彼は力強く抱きしめ返してくれた。久しぶりに彼を至近距離で感じている。鼓動が激しく動いていて、どちらのものか分からない。もしかしたら、二人の鼓動音かもしれない。

 しばらくお互いの鼓動を感じたまま、階下では、楽しそうに騒いでいる賑やかな声が響いていた。

 やがて、どちらからともなく顔を見合わせ、吸い寄せられるように唇を重ね合う。


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