~77~ 浮上の仕方
「……さぁ、部屋に戻りましょうか」
少し声のトーンを落とした笹原が羽琉を中へと促す。
月の光に入った途端、優月のいない寂しさを感じた。今更ながらにもう月の光で会うことは出来ないのだと実感したからかもしれない。
自分も明日退所する身ではあるが、今日一日は物寂しい気持ちで過ごさなければならないだろう。
「羽琉くんも、今日はゆっくり休んで明日に備えてね」
「はい」
笹原とも別れ、自分の部屋に戻った羽琉は、いつもより殺風景な自分の部屋を見回した。
「やっぱり寂しい、かな」
今まで優月がいたから感じなかった孤独感を急に感じ始め、気分が沈む。
ベッドにどさりと突っ伏した時、
「プライベートナンバーをハルに教えておきます。もし都合が悪くなって会えなくなった時もこのナンバーに掛けて下さい。もちろん私と話をしたくなった時も、遠慮せずいつでも掛けて下さい」
突然、以前エクトルが言っていた言葉を思い出した。
羽琉と毎日会うために電話番号を教えてくれた時、冗談っぽく言っていた言葉だ。
「……」
エクトルにとっては社交辞令のようなものだったかもしれない。だがエクトルは自分の発した言葉を忘れないだろうし、例え冗談で言ったとしても自分の言葉には責任を取る人だろう。
時計を見ると、まだ11時前だった。
ここ最近の日常で言ったら、公園でエクトルと他愛もない話をして穏やかな時を過ごしていた時間だ。羽琉としては自分の気持ちと向き合う時間。
今日は優月との別れと、明日の退所の準備にあてがった日である。しかし優月の退所に加え、毎日会っていたエクトルと会えないということが重なったためか、羽琉の気持ちは沈んでいた。
「掛けても、良いかな……」
少し……ほんの少し話をするだけ。声を聴くだけでも、気分が晴れるような気がする。
そう思い、ベッドから飛び起きた羽琉は、部屋を出て施設内にある公衆電話に向かった。
グレーの公衆電話の前で、エクトルのプライベートナンバーの書かれた紙を取り出す。そしていざ掛けようと受話器を持ち上げたところで、羽琉はハッとした。
今日は最初から会わない約束だった。もしかしたら何か予定を入れているかもしれない。エクトルはその性格から鑑みるに、時間を無駄にするような人ではないだろう。今回のように急に空いた時間でさえも有益な使い方をする人だと思う。
「……」
持っていた受話器を下ろした羽琉は、深い溜息を吐いて肩を落とした。
気分が晴れるだろうと期待していただけにガッカリ感が半端ない。
「やっぱり自分で上げなきゃいけないんだな……」
今までもそうしてきたはずだが、優しいエクトルの言葉についフラフラと甘えそうになっていた。
これでは駄目だと自分を叱咤するように頬を両手で叩くと、静かな廊下にペチンッという音が小さく鳴り響く。
ヒリヒリする頬を手で押さえつつ、羽琉はトボトボと自分の部屋へと戻った。
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