~73~ 意外な変化
羽琉と別れ駐車場に停めていた車に向かうと、フランクが誰かと電話をしていた。
先程の話の流れから相手が友莉だということが推測できる。そしてエクトルの姿を視界に捉えたフランクが耳に当てていたスマホを差し出すだろうことも……。
「友莉です」
予想通りの人物の名を出され、エクトルは渋々スマホを受け取る。そしてはぁと息を吐いた。ここはまず友莉に礼を言わなければならないだろう。
「アロー、ユリ。ハルのこと、承諾してくれてありがとう」
【へぇ~……エクトルにしてはしおらしいこと言うのね】
からかっているのか、本気で驚いているのか分からない声音で言うと、友莉は小さく苦笑した。
【気持ちはなんとなく分かるから、私から何か言うことはないんだけど……。あ、そうそう。羽琉くんのことは本気で入社を望んでいるから、それだけは伝えておいてね】
友莉の会社はロゴデザイン会社である。以前にエクトルが伝えていた、羽琉の画力を考慮した上で羽琉を本気で欲しがっているのだろう。そこは理解出来るので「分かった」と一言返す。
【必要ならエクトルから会社概要を説明してもらえると助かるわ】
「そうだな。ハルはいろいろと気にしてしまうと思うから、大まかに伝えておこう」
【よろしくね】
「あと、もう1つ、ユリに頼みたいことがある」
改まってのエクトルの物言いに、友莉も自然と神妙になる。
「もしハルがユリの会社に就職しないとしても、ハルのことは気に掛けていて欲しい」
【……】
「これはユリだけではなく、フランクにもお願いしたいことなんだが」
そう言ってエクトルはフランクにちらりと視線を送る。
「フランスに慣れるまでは相当心細い思いをすると思うんだ。私が常にハルのそばにいられるなら問題ないのだが、仕事柄そうもいかない。残業もあるし、休日返上で出勤することもあるから、ハルを1人にさせることが少なからずあると思う。もちろん私も出来る限りハルとの時間を作るようにはするが、フランスではユリが一番ハルの心の支えになると思うんだ。だから時間がある時はハルの相手をしてもらえると助かる」
「…………」
【…………】
2人とも思わず絶句してしまう。
恋愛によって、人はここまで変わるのだろうか?
別々の場所にいながら、フランクと友莉は同じことを思っていた。
エクトルの言いたいことは分かる。そしてその適任者が自分たちであることも納得している。
ただそれを素直に伝えてきたエクトルに2人は驚いていた。
前回と同じ轍を踏みたくなかったのだろう。羽琉のことを第一に考え、今回は最良の選択をしたようだ。
恋愛というより、相手が羽琉くんだからなのかもね。
そう1人心の中で呟いた友莉は楽し気に微笑んだ。
【エクトルから言われるまでもないわ。羽琉くんのことは私も気に入っているから最初からそのつもりだったもの】
「そうか。ありがとう」
それはエクトルの安堵と心からの謝意が伝わる言葉だった。
【……もう、ほんと、意外なことが多過ぎてびっくりよ。羽琉くんに感謝しなくちゃね】
「?」
苦笑交じりの友莉の言葉にエクトルは小首を傾げる。
【当日はリヨン空港で待ってるわ。羽琉くんに会えるのが楽しみ】
「分かった」
そして【バイバイ】と言うと通話はそのまま切れてしまった。
「ユリとの話は終わっていたのか?」
スマホをフランクに渡しながら訊ねると、「最初からエクトルと話したかったようなので」と、友莉の方から電話を掛けてきたことを言外に含ませた。
「余程ハルを気に入ったようだな」
「そう言えばエクトルとのことを話した時も、友莉は小田桐さんのことを気に掛けていました。どこか放っておけないのでしょうね」
お互いに好印象を抱いたらしい羽琉と友莉に、エクトルは安堵の息を洩らす。
友莉がいることで、フランス生活での羽琉の精神的不安を少しは和らげることが出来る。そう思うとフランクの妻という友莉の存在に心底感謝した。
「さて、私たちは日本での仕事を終わらせるとするか」
「そうですね」
後部座席の背凭れに背を預けたエクトルをルームミラーで確認したフランクは、丁寧な発進で車を動かしホテルへと走らせた。
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