~63~ 心の準備

「今日は申し訳ありませんでした」

 月の光に向かう車中で、フランクから急に謝罪された。

 後部座席にちょこんと座っていた羽琉は何のことか分からず軽く小首を傾げる。

「友莉に急かされたとはいえ、少々強引にお連れしてしまったので」

「あ、いいえ。明日に伸ばしていたら僕もモヤモヤとしたままだったと思うので、今日エクトルさんと話せて良かったです」

 慌てて頭を振る羽琉の返答にフランクが「そうですか」と言って微笑んだ。

 それから後の会話はなかったが、その丁寧な運転はフランクの人柄を窺わせているようで、羽琉は安心して車窓に目を向けていた。

 月の光に帰り着いた羽琉は「送って下さってありがとうございました」と礼を言い、車を下りた。次いでフランクも運転席から下りる。

「お母様のご都合が分かりましたら、エクトルに連絡して下さい」

「はい」

 羽琉の返事を聞いてから、一つ肯き返したフランクは「それでは」と言って、再び乗車しホテルへと帰っていった。

 フランクを見送った羽琉は受付で帰所の報告をした後、自分の部屋に戻る前に廊下突き当たりの公衆電話に向かった。早々に連絡を取った方が良いだろうと、母・佐知恵さちえの明日の都合を聞くためにプッシュボタンを押す。

「明日の10時にそっちに行くから1時間程度なら大丈夫よ」

 滅多にない羽琉からの電話に最初は不思議そうにしていた佐知恵だったが、羽琉の口調から何かを察したのか、それ以上電話で訊ねることはなかった。

 そして佐知恵との電話を切った後、すぐにその旨をエクトルにも伝える。いつものようにワンコールで取ったエクトルからも了承の返事をもらった。

 ちょっとした仕事を終えたような心地で羽琉は部屋に戻り、後ろ手にドアを閉めてから溜息を吐いた。それからフラフラとベッドまで歩き、そのまま脱力したように横になる。

 頭の中では明日のことを考えている。何を伝えるべきか、そしてそれをどう伝えるべきか。

 羽琉は自身を落ち着けるようにゆっくりと深呼吸を繰り返した。

「大丈夫。自分の中の気持ちは固まってる。準備は出来てる」

 どこか受験の前日のような緊張感を体に感じつつ、心身共に疲労が溜まっていた羽琉はその後夕食までぐっすりと眠っていた。

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