第16話

「「連絡するね〜」」


 スタボの店内から店員に手を振って出てきたのは湊人みなとの姿だった。手には溢れんばかりのクリームが乗せられたフラペチーノがある。クリームの量は尋常ではなかった。

 湊人が出てきた自動ドアの先に、女性店員たちが笑顔で湊人に手を振る姿を海威かいは見た。


「知り合いだった? 随分楽しそうだな」

「いや、ちょっと連絡先を聞かれただけだよ」

「教えたのか?」


 海威は前のめりになって聞いた。


「まぁ、聞かれたからな」


 平然とそう答えた湊人に、海威に不思議な感情が込み上がる。嫉妬ではない。自分の知らない湊人の一面を目撃したことに対する衝撃が走った。カッコいいとも、人気があるとも海威は思っていたが、それ以上のようだったのだ。

 ストローから吸い上げられた冷たいフラペチーノが喉を通る。暑いなか走って渇き切った湊人の喉を気持ちよく潤した。


「美味い!」


 湊人は目を細めて、身震いして叫んだ。しかし、冷めた表情をした海威は、ずっと気になっていた『いいこと』を聞き出した。


「で……いいことって何なんだ?」

「それはこれからのお楽しみだよ〜」


 湊人はにっこりとどこか不気味な笑顔を浮かべると、フラペチーノを飲みながら、デパートの方へと歩き出す。海威も慌ててついていった。



 そうして到着したのが、某デパートの前。海威も名前は知っている有名な百貨店である。しかし、もちろん買うものがあるわけではないので来ることもない。友達と遊ぶときにもショッピングモールで十分だったのだ。

 しかし、フラペチーノを早急に飲み終えた湊人は、容器を入り口のゴミ箱に入れると、慣れた素振りでデパートへと足を踏み入れた。


「えぇ湊人、ここで何すんだよ」


 心配そうに声を細める海威を気にすることもなく、湊人は足を進めていき、海威も仕方なしに湊人の後ろを恐る恐る歩いていった。意外にも高校生や大学生のカップルやグループが多い、そう感じると海威も少しずつ緊張が解れていった。


「そろそろ説明してくれよ、湊人!」

「もうわかるだろ。海威の服を買いにきたんだよ」

「服?」


 海威は呆気にとられたように、ぽかんと口を開ける。


「だって、海威いつも同じ服だろ。デートの時だってよ」

「そりゃそうだけど……」

「だから、きっちり決まるやつを俺が見てやる!」


 湊人は自信満々に親指を立てて、決め顔で微笑んだ。湊人の意見にも一理ある。確かに、自分の私服は湊人のようにはオシャレではない、そう海威は感じていた。そして、何がお洒落なのかもわからないのも困っていたのだ。

 それをわかってくれている、やっぱり湊人は最高の親友なのだと、海威は確信した。


「でも、俺あまり金持ってきてないけど……」

「まぁ、試着して、今度買えばいいだろ」

「そんな試着して買わないなんてダメじゃん!」

「いいんだよ。今度来るときに買えば大丈夫だって」


 海威は湊人に言い負かされたようにシュンと縮こまると、ちょっとだけならと、湊人に連れられて、エスカレーターに乗って上がっていった。



「まずは下からだな!」


 それからというもの、湊人に言われるがままに、試着して、店を移して、また試着して、店を移してを繰り返した。靴から靴下、ズボンにTシャツ、そしてカーディガンまで。海威は一つひとつをスマホにメモの残していた。

 湊人の博識さに驚きながらも、勢いよく連れ回す湊人にまた違う一面を知れたと海威の表情も綻んでいる。


「どうだった?」

「湊人、ありがとな。すごく参考になった!」

「いいってことよ! いつもは一人だけど、やっぱり海威と来ると楽しいな」

「……」


 湊人の爽やかな笑顔に魅せられる。これまでの湊人とは違う。そこに違和感も感じながら、やはり海威にとって湊人は湊人だった。


「あとは買えればよかったんだけどな……」


 湊人は少し残念そうにそう呟いた。海威自身も、せっかくならすぐに買って組み合わせて着てみたいとも思っている。しかし、海威の財布には、交通用のICカードと千円札が三枚しかなかった。


「――実は……」


 海威は恐る恐る、小学校からの愛用の財布を開く。そして取り出したのは、金色に輝く一枚のカードだった。


「それって!」


 湊人は輝かせた目でカードを見つめる。それはクレジットカードだった。名前のところも海威の指で隠れているが、しっかりとローマ字で『NIJO』と書かれている。


「……うん」


 そのカードの持ち主は、海威の新しい実の母親柚美のものだ。というのも、柚美と出会った次の日のこと、柚美に自由に使っていいと受け取っていたのである。断った海威をそっちのけで、無理やりポケットに入れて、彼女は海威の部屋を後にした。


「そっか、海威の父ちゃんがなぁ〜」


 感慨深いような表情で頷く湊人は、海威が使うのを躊躇っていたことを理解した。慎重な海威の父だけあって、おそらく何かがあったときのために、クレジットカードを持たされているのだろう。しかし、これは使わない手はないと、湊人はがっしりと海威の肩に手を当てた。


「どうせ買うんだから、後でお金を返せばいいだろ!」

「まぁ、確かに……」

「じゃあ、買うぞーー!」


 そう言って、二人は駆け足に、スマホのメモで書き出した商品の数々を購入していく。クレジットカードを当てただけで決済ができる驚きのシステムに、海威も湊人もなんでもできる全能感を無駄に感じていた。

 また、購入するだけでなく、海威は全ての服をその場で着ていた。湊人の提案で、せっかくなら幸彩と芽衣を驚かしてやろうというのだ。我ながら決まっている、海威はトイレの鏡に写る自分を見て、そう感じた。



 試着に時間がかかって、約束の時間ギリギリだ。早く芽衣と幸彩の驚く顔が見たいと、海威と湊人は足早に約束の集合場所へと向かった。

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