カグーが飛んだから
晴羽照尊
プロローグ 『彼女の名前』
そんな彼女ゆえに運動神経はからっきしかと思えばそうでもなく、運動はおろか、あらゆる科目で平均をすこし上回る成績を誇る。絵を描かせれば賞をもらわない程度にうまく描き、楽器の演奏ではミスはなくとも変拍子だ。決して突出してはいないけれど、十分に優秀なくらいに繕っている。僕には、彼女がその成績をわざと演出しているように見えた。
彼女はきっと悪目立ちを嫌っている。僕もそうだからよく解る。だけどひとつだけ腑に落ちないのは、
横目で彼女を盗み見る。黒板に向かって最前列の左端。いつも通り首は動かない。自分の机の右奥の端を見つめているような角度だ。そうか。あの大きな丸眼鏡は視線を上げても下げても見えるようにするためなのか。そうまでして首を動かしたくないのか。動くことすら『目立つ』行為ととらえているのかもしれない。
ぼさぼさの髪に阻まれ、顔は見えない。やはり眼鏡が髪の毛に浮いているみたいだ。それでいてけっこうな長さもあるので、板書を写す手元の動きも見てとれない。だがかすかに腕の筋肉が、彼女が生きていることを主張している。そうでもしなければ本当に人形といつのまにかすげ変わっていたとしても気付きはしないだろう。
そんな依木野さんについて、あとひとつだけ情報を追加したい。そのうえでこの話を展開したいと僕は思う。その情報とは、依木野さんのフルネームだ。依木野
だが、現実にはいじめなど起きていない。その原因として、そもそもいじめなど起きようもない校内環境である、というのはまずありえない。なぜなら事実として、この学校では間違いなくいじめが起こっていたのだから。しかしだからといって、依木野さんがいじめられないだけの要件を備えているとは、僕には到底、思えない。
現実としていじめが起きていないことはいいことだ。僕もべつに、いじめが起きていてほしいわけではない。ただ、いじめが起きうる環境にあって、どうして依木野さんがいじめられないのかが解らない。僕にとっては不思議でならないのだ。
彼女はその名も、行動も、立居姿、振る舞いに至るまで、あらゆる場面で悪い意味で突出している。もし同じ条件でいじめが起こらないとするならば、それは突出
それでまあ。けっきょくなにが言いたいのかというと。
たぶん僕は、彼女のことが好きなのだろう。と、思う。
そういう話。
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