不思議な雑貨店

夜ノ海 大河

第1話 紙とペン

僕は恋をした。

ある日の授業中の出来事だ。


6月に入ったというのに、日差しが照りつけている。学校の方針であろうか冷房をもつけず、窓が開いており、外から湿気を帯びた熱気が入り、僕の身体から汗が何粒か滴り落ちていく。


普通なら、職員室は冷房がついているのに何故教室はつかないのかと不満を漏らすだろうが、僕は違った。

前の席に座っている彼女を、僕は後ろから眺めているのだが、何故だか目を離す事が出来ない。

彼女は皆から目を奪われる程の美貌を持っている訳では無い。普通…いや、どちらかと言えば目もくれないかもしれない。大人しく、素朴という言葉が似合う人だ。

だがそんな彼女を僕は目を奪われている。

先生に指名され、教科書を読んでいる姿、黒板に字を書いている姿、椅子に座る動作…どれをとっても素敵だと思えてくる。

授業中に先生の言っている言葉など頭に入らない。只々彼女を見つめている。


僕は確信した。

これは恋だと。


この高鳴る気持ちをどのように伝えたら良いだろうか。

僕は人並み以上に勉学、スポーツが出来るわけでもなく、容姿も平凡…いや、もしかすると中の下かもしれない。考えれば考える程、自分の容姿に自信が持てなくなる。

悲しいものだ。

それに彼女と仲良く談笑などしたことが無い。軽く挨拶をしたくらいだ。

全くの0からのスタート。友好度0だ。

そんな奴に「好きです。」って言われてみろ。

「なんで?」って言われるかもしれないし、動揺するかもしれない。最悪のパターンは、これはドッキリじゃないかと思って周りを見回すに違いない。

こういうものは少しでも話したり、遊んだりしないと恋愛に発展しない。

友達に相談してももしかすると馬鹿にされるかもしれない。

クラスの皆に言い触らしてみろ。彼女にまで害が及ぶかもしれない。そりゃあ何かの拍子で交際することになればハッピーだが、そんな上手くいくものか。

こんな僕は恋に敗れた笑い者さ。


考えすぎだって?


そんなことは無い。


僕は慎重な男なんだ。

不安なことがあれば深く長く考え込んでしまい、友達から馬鹿にされる。腹が立つが、いい案など浮かぶ事が無いので時間の無駄だと自分でも思ってしまう節がある。

告白や恋文を貰ったら?

知らない人から?

そりゃあ…………いや、分からない。

考え込むだろう。

話を戻そう。どうしたらいいものか…

考えているうちに授業が終わる鐘が鳴る。

机に出していたノート、教科書を収め、次の授業に使うの教材を取り出す。

ふう…

大きなため息をついてしまう。

こんな僕に大胆不敵な性格であったらさぞかし楽だろうな。

何度もこんな事を空想してしまうが、結局痛い目を見るだろうなという事で僕の空想は終わる。

趣味なんて分からない。声を掛けた所で何を話せばいいって言うんだ。僕はそんなに口が達者じゃ無いんだぞ……。

1人で考え込んでいると、再び鐘が鳴る。

次の授業だ。

次の授業だというのに僕はまだ考え込んでいる。先生が入ってきたというのに身体だけ真面目になる。

心と頭はどこに行ったのやら。

すると隣と席の女の子がやたらに肩をつついてくる。一体何の用だ。僕は考え込んでいて忙しいんだ。


「…ねえ…教科書違うよ…」


……。

僕の心と頭はどこに行ったのだろう。

早く帰ってこい。



夕方に差し掛かった頃、担任の話も終わり、帰る時間となる。


僕は結局最後まで授業に身が入らず、どうすれば良いのかと案を練るだけで終わってしまった。

勿論いい案など思いつかず項垂れてしまう。

僕の友達が一緒に帰ろうと言ってくれたが、そんな気になれず、1人になりたい気分だとだけ言って教室に背を向けた。


後ろで

「考えすぎなんだろう。いつもの事だ」

と、友達同士で話し合っている。

ほっとけ。


帰る道中常に考え込んでいた。


友達を使って仲良くと思っても、彼女と僕の友達全員は仲が良い訳では無い。

彼女の情報をゲットする…って僕はストーカーか!?

どうしたらいいものかと悩んでいると、商業ビルの一角に雑貨店を見つける。

僕は足を運んだ。

どうせ考えたっていい案など浮かびやしないんだ。こういう苦しい時だけの神頼みっていいものなのか?

でも幸運石があるかもしれない。

そんな気持ちで手動の扉を押した。


カラン…


店の中は夕日が差している外と違い、とても薄暗く、心なしかヒヤリと寒気がする。

薄気味悪い中、店内へと入っていく。

店の中には僕が見たことのない道具や、不思議な物が山積みになっている。

辺りをジロジロと観察していると、棚に置かれたくまのぬいぐるみたちが僕を睨みつけてくる。


ぬいぐるみ達はこんなに鋭い目で見てくることなんてあるのか?


僕はくまのぬいぐるみ達に少したじろいでいると声がした。


「いらっしゃい。」


男性の声だ。

あまりにびっくりしてしまい、とても変な声を出してしまったが、聞かれてないだろうか。

すると奥の方から再び声がする。


「こちらにいらっしゃい。売り物はこちらにございますよ。」


僕は男性の声のする方へ向かっていく。


少し歩くと椅子に座った男性が紅茶を飲みながら僕の方をチラリと見た。

すると立ち上がり、歩きながら僕に近づいてくる。


「いらっしゃい。あなたの御希望は何でしょうか」


と、男性は言った。

先程の声の人だ。多分店主だろう。

50歳程だろうか、白髪混じりにキリッとした目つき、折り目の入った執事服。そして白い手袋をつけている。それになんとも絵になるような立ち姿…。

まるで何処かの映画やドラマに出てくる執事のようだ。これが所謂ダンディと言うものか。


格好良いな…


おっと、見とれている場合じゃあない。

僕は店主さんに、ここはいつもの雑貨店とは違う。ここはどんな店なのか。また、希望とは何かと尋ねた。

すると店主さんはニヤリと薄笑いを浮かべた。


「この店は人々の欲望や夢を叶えて差し上げる道具を売っております。幾度使っても消えないサイフ、1番になれるような道具、自分を守ってくれるぬいぐるみ…色々とございます。まあ、ある程度代償が伴いますが…。そんなお店です。貴方のように恋愛に関しての道具もございます。」


僕は目を丸くした。

何故僕の悩みをしっているんだ?

顔に出ていた?

いや、そんなはずは無い。

心を読まれた?

僕は店主に何故僕の悩みが分かったのか聞いてみた。


「悩んでいる人を見ているうちに分かるようになったんです。何となくですが。」


…なんとなくで心を読まれてたまるか。

とりあえずここは漫画の笑ゥせぇるすまんの喪黒福造が持っている道具のようなものを売っているわけか。


本当か?


すると店主は優しい口調で

「君の悩みを詳しく教えて頂けますか?」

と僕に伝えた。


普通なら見ず知らずの相手に何故自分の悩みを打ち明けなくてはならないんだと思うだろう。

普通であればね。

だが僕は優しい口調で聞いてくれた事。姿勢、相談する相手がいない事、この人なら言い触らす事はしないだろうという安心感が合わさり伝えた。


いくら考えても彼女に対しての良い案が1つも浮かばない。どうしたらいいものか。それに加え、彼女の容姿等も伝えた。

まるで決壊したダムのように。


何度か自分でも何を言っているのか分からないことがあったが、店主さんは黙って頷いてくれた。この事が僕の伝える気持ちを一層強めた。


伝え終わると、僕はとてもスッキリした。

心も軽くなった気がする。

まるで自分の部屋を掃除して綺麗になった時のようにいい表情をしていたと思う。

悩みなど解決していないのにな。


「少々お待ち下さい」


店主はそう言うと、棚から何かを探していた。

睨みつけるような鋭い目で見つめてくるクマのぬいぐるみを渡されたら嫌だな…。

あんなもの彼女にプレゼントとして渡してしまえば絶対に嫌われてしまう。それだけは絶対に避けなくてはいけない。


そう思っていると、僕の予想に反して店主さんが持ってきた物はノート、木の人形、メモ紙とペン。

この3つだった。


なんだこれ?

ふざけてんのか?


僕は3つの道具を白い目で見ていたが、店主さんは道具たちを机に置き、僕の白い目に目もくれず道具の紹介を始めた。


「こちらのノートは相手の顔を想像し、苗字、名前を正確に書きますと死に追いやることができます。そして死亡理由、日時すべて書けばその通りになります。使い方と言えば、彼女の両親を交通事故か何かで死亡させ、彼女を失意の底に落とします。そこであなたが優しい言葉をかければイチコロですよ。これで両思いです。如何でしょうか。」


…。

なんだか聞いたことある話だ。

そのノートに触ると死神が出てきそうだ。

そんなことより店主さんなかなかえげつないこと考えるな…。


…っておい!僕はそんな嘘に騙されないぞ!

仮に本当だとしても死人が出るようなものを易々と使う訳にはいかない!

変な冗談はやめて欲しい!

店主かんは僕の顔を伺うと小馬鹿にしたように笑い始めた。


「流石にこれは嘘って分かりますねぇ。良い反応を見せてくれます。」


そう言うと店主は拳を口に当て、クスクスと笑い続けている。

先程の悩みを打ち明けたのが馬鹿みたいだ。

なんだってこんな気持ちにならないといけないんだ。

僕は頬を朱に染め、帰ろうとした時、店主が僕の肩を掴む。


「私のお茶目な冗談ですよ。気に障りましたか?次は本当に良い物をお出ししますよ。」


お茶目な冗談って…。

僕は確かに気に障ったが、もう16歳の大人だ。こんな事で腹を立ててはいけないと思い、踏みとどまる。

次に店主さんが紹介をしたのは木の人形だった。


「こちらの商品は大変人気なんですよ。なにかDNAを付着させることによって、そのDNA当人になる事ができます。本物同然です。偽者ではありますがね…。ちょっと失礼……」


そう言うと店主さんは僕の髪の毛を1本抜いた。

ちょっと…何で僕こんな痛い事させられているんだ?

先程の事といい、小馬鹿にされっぱなしじゃないか。1つでも文句言わないと気が済まない。

1つで済めば良いがな!!

僕は毛を抜かれた頭を手で抑え、店主さんを見ようと顔を上げると口から文句が出なかった。声なんか出ない。


僕の目の前に僕がいる。


鏡でも見ているのではないかと思える程同じだ。裸ではあるが、何も言えなかった。

こんな不思議な事があるのか?


「凄いでしょう?頭のてっぺんから足の爪先まで同じです。肌触りだって同じですよ。性格だって変更可能です。」


僕は目の前に起こっている事を信じることが出来ない。

でも起こっている。

僕の目の前で…。

いやまて…人気商品?

他の人はこれを買っていく人が多いってことか?

僕は購入した人達は何に使ったのか店主さんに聞いてみた。


「購入した方々ですか?沢山いますよ。容姿に自信の無い方が自分の欲のために購入したり、完全犯罪の為に購入したり、寂しさの為に購入したり…多種多様です。」


世の中色々な人がいるんだな…。

僕は変に感心した。

すると店主さんは僕にこの商品は売らないと言い出した。紹介したのにか?

僕は首を傾げていると店主さんは微笑みながら説明をした。


「君はまだ信じきっていませんでしたからね。こちらの商品を説明することで信じて頂くことにしました。」


…確かに僕は信じていなかった。

こんなもの信じろっていう方がおかしい。


「ちなみに30万です。」


……え?30万?円?

本当に30万円?

さんじゅうまんえん?

そんなお金を僕が持っているわけが無い。

逆立ちしたって無理だ。

仮にあるとしても親になんて説明すればいいんだ…。隠し通す事だって出来やしない。

僕が学校に行っている間、誰かが部屋に入ってみろ。肉親ではない人がいるんだぞ。

家族会議勃発だ。

親になんて言われるか…

そんなことより別の事だ。

こんな高価な物を買っている人達がいるってことだ。気味が悪い…。

あまりの気味の悪さに僕は全身に悪寒が走る…。

そんな悪寒が走っている僕をよそに、店主は僕そっくりの人形を木の人形に戻した。


「言っておきますが、私は全員に30万で売っている訳ではございません。そんなことしてしまうと大変な事になってしまいますからね。私は相手を見て値段を変えています。」


そう言いながら、木の人形を机に置いた。

店主さんの言い分は理解したが、それでも君が悪いものだ。

すると店主さんはペンとメモ紙を手に取った。


「あなたにはこちらが良いでしょう」


…どこから見てもペンとメモ紙だ。


「こちらはこのペンでメモ紙に好意ある異性の名前を書き、そのメモ紙を飲み込みます。すると名前の書いた異性が自分に対して好意を持つようになるということです。」


店主さんは続けて話す。


「ただし、こちらには注意点があります。

・速効性はありません。約1ヶ月かかります。

・名前を間違えると効果はありません。

・身近な人でないと効果はありません。テレビに出ている人や、芸能人など、話したことの無いような人は無効です。

・飲み込んだ場合、効力を消す事は出来ません。永久不滅です。

こちらの4点が注意点、そしてあなたに対する副作用です。」


僕は胸を膨らませた。

この道具さえあれば、たった1月待つ事によって告白すれば良い結果が得られること間違いない。

不安な事など1つもない。

いや…ある…。


値段だ。


先程の木の人形で30万円なんだ。もしかすると、法外な値段を言ってくるかもしれない。

僕は身構えて店主さんに値段を聞いてみた。


「値段…ですか?」


そう言うと、店主さんは僕をじっと見た。


「値段は…2万円で如何でしょうか。」


店主さんは僕を見定めた後、値段を伝えた。

高い…が、まだ先程の値段と比べて手が届く範囲だ。出すことが出来るが、今僕のサイフの中には3000円程しか入っていない…。

欲しい…喉から手が出るほど欲しい…。

2万円で確実に彼女と交際する事が出来る。

購入を渋り諦めた場合、きっと僕は後悔するだろう。そして自暴自棄に陥り、告白し、撃沈。そんな事あれば僕の心は折れて立ち直る事が出来るのだろうか…。

いや、出来ない。

断言出来る。

出来ない。

というよりこんな事を考えたくない。

人生の汚点をこれ以上つけたくない…。


「明日でも大丈夫ですよ。」


僕が考えていると、店主さんは唐突に声を掛けてきた。声が少し裏返ってしまいながら返事をしてしまった。

今度はきかれてしまった…。

困惑をしていると店主さんは


「お金の持ち合わせが無いなんて見たら分かりますよ。制服着ていますし、学校の帰りでしょう?」


と言ってくれた。

明日にお金を持って来たら良いなんて…僕はなんてラッキーなんだ…。

いや、もし誰かに売ってしまったら…

再び僕は考え始めると、店主さんは僕を見て察してくれた。


「大丈夫ですよ。取り置きしておきます。誰にも売りませんので。来たお客様に淡々と売ってしまえば大変な事になりますよ。」


確かにそうだ。

僕は店主さんに取り置きをお願いし、夕日が沈みかかる中、早々と家路についた。


「若さって良いですねぇ…。純粋で真っ直ぐで淀みない。だからこそ危ういんですけどね。」

店主は1人彼を見送りながら妖しい笑みを浮かべた。






ボクは駆け足で帰宅し、靴を脱ぎ捨てて自分の部屋へと階段を駆け上がる。

確か机の中に少しずつ貯めていたお金があるはずだ…

そんな気持ちを胸に秘め、自分の部屋に入ると一目散に勉強机の引き出しを開けた。

その中には僕の大切な品々がある中、奥に沢山の札束を発見する。

それに加え、500円玉貯金をしていたポスト型の貯金箱を手に取り、底にあるゴムの取っ手を取り外し、上下に揺らしながら500円玉を出していく。

全部でいくらになるか。

そんな気持ちで数え始める。


…。


全部で2万2500円。

サイズの中の3000円を入れて2万5500円。

全然問題は無い。

僕は購入する金額に余裕があり、喜びを噛み締めた。

大丈夫…。

これで彼女との交際は弊害などない。

安堵し、椅子に座りもたれ掛かるが、不意に不安が僕の身体を全身に駆け巡った。


僕はこのお金であの雑貨店の道具を購入することが出来る…。


交際に弊害など生じない。


だが…本当にそれでいいのか?


道具を使い、こちらに気を引いたとして、その恋心は本物ではない。


僕はそれで満足するのか?


もしこの道具を使うことが皆に露見した場合、僕はどうなる?


バイオレンス、バイオレンス…そしてバイオレンスだ。


この恋は一過性かもしれない…。


勇気を出せば済む話じゃないか…。


だが購入しなかった時は激しく後悔するだろう。


勇気や度胸など僕には持ち合わせていない。


店主さんも言っていた。効力を消す事は出来ない。永久不滅と…


僕はいつものように考え込んでしまう。

頭の中で駆け巡る。

何度も正当化するが、倫理上に問題があると覆いかぶさり、不安が消える事は無かった。

叩いても叩いても不安は消えないでいる。

まるでモグラ叩きだ。

告白した時、断る事でもなってみろ。

漫画のように膝が地についてしまう。

涙も出る。

手もつきそうだ。

駄目だった時に紙とペンを使えば…いや、俺の心は鋼鉄では無い。

自慢じゃないが、打たれ弱いんだ。

なんで男女の交際にこんなに勇気がいるんだよ…。


「ご飯できたよー!」


母親の声だ。

外を見れば夕日は完全に沈み、辺りはすっかり夜になっていた。

とりあえずご飯でも食べよう。

そう思い、重い腰を上げ1階へと降りていく。

だが、夕食時も入浴時も不安は募るばかりだった。きっと僕は親の質問でも空返事だっただろう。あっけらかんにしてたに違いない。

就寝時にも不安は募るばかりで考え事をしていた。

沢山と考えているが、決断など出来ず、時間だけが過ぎ、夜は更けていく…。



けたたましい目覚ましと共に、僕の顔に朝日が差し込んできた。叩きつけるように目覚ましを止め、重い身体を起こしていく。

頭が少し重たい。

こんな状態で寝れる訳もなく、目を擦り、大きな欠伸をしながら、本日の授業でいる教科書、ノート、筆箱そして2万円の入った財布を学校用カバンに入れ、カバンと共に階段を降りていく。

台所に行き、母親におはようと言うと、僕の顔を見るなり、酷い顔だと言ってきた。

まあそうだろうな。

寝たかどうかさえ自分でも分からない。


「あまりに酷いから先に顔でも洗ってきたら?」


そこまで言うので、カバンを居間に放り投げ、洗面台へと向かう。

僕は鏡で自分の顔を見たが、まあ酷いの一言に尽きた。まず隈が酷い。

テスト週間でも無いのにこんな顔で学校に行ったら絶対にゲームでも熱中してた?って聞かれるだろうよ。

そんなことあってたまるか。

僕は冷たい水で何度も顔を流し、ミントの香る歯磨き粉を使い、歯を磨いていく。、


ご飯食べた後にすればよかった…


そんなことを思いながら僕は歯を磨いた。

まだ頭が覚めてないんだろう。

だが先程より、顔つきは良くなっている……多分。隈もある程度消えている。


その後僕は味噌汁をすすりながら白飯を食べ、学生服に着替えると、父親と共に家を出た。

父親は会社に向かうため、僕と互いに背を向けた。

しかし、一夜明けたからと言って僕の不安は無くなった訳ではない。

通学中、また僕の悪い癖が出てしまった。

財布の中に2万円を入れたのは少なからず、欲しいという気持ちがあるからだ。

もしかすると、僕の気持ちが決定的になるような事があるかもしれない。

そんなことを期待している。

店主さんには今日お金を持ってくると言ったんだ。

もし行かなければ、約束は破棄される。

僕に売ってくれることは無いだろう。


あぁ…僕はどうしたらいいんだろう…





僕は昔、中学時代にとある女の子に恋をした事がある。

初恋ってやつだ。

大好きって言われたいし、手を繋いで歩きたい、抱きしめたいなど色々な欲望を考えていた。

しかし、僕に思いもよらない事が発生した。


とある日曜日にのほほんと商店街を歩いていると、初恋の女の子が知らない男と歩いているのを見てしまったんだ。

知り合いか兄弟か親戚だろうと無理矢理に思ったんだが、僕の動揺は消えなかった。

月曜日。

僕は朝学校に行くと、初恋の女の子と数人が話している声が聞こえたんだ。

内容は告白されたって話だ。

僕は耳を立てて、女の子同士の、話を聞いたんだ。

初恋の女の子は頬を染めながら、告白された経緯を話だした。


「塾に通ってるんだけど、別の学校の子から告白されて…。最初は迷ったんだけど、まあいいかって感じでOK出したの。そしたら思った以上に楽しくて…それに彼の事が段々と好きになって来ちゃった!」


他の女の子達がはやし立てていた。

初恋の女の子は照れている。

対照的に僕ほ最悪だ。

まだ授業も始まってない朝にこんな事聞いてしまったんだ。言っておくが初恋して1ヶ月。

1ヶ月だぞ!

たった1ヶ月で僕の初恋が崩れてしまったんだ。

もしかすると僕にもチャンスはあったんじゃないか?

初めて恋に落ちた時に告白しておけば交際できたかもしれない。

タラレバを言ったって仕方がないが、悔やみきれなかった。


これが僕の人生の恋の汚点だ。


たが今回は目の前に道具、紙とペンがある。

その事に悩んでいる。

僕は悩んでいるうちに学校についてしまった。朝、グラウンドで部活の朝練を来ている人達をよそに重い足取りの中、下駄箱へ向かう。


その時、彼女が友達と談笑しながら登校しているのを見かけた。

友達に向ける笑顔。

その笑顔が他の男性に向いたら…。我慢できない!

あの笑顔は僕に…僕にだけに向いて欲しい!


僕は決断した。


買おう。

あの雑貨店でとペンを買うんだ!





僕は授業中、先生の話を聞かず常に雑貨店の事で頭がいっぱいだった。

早く行きたい。

早く授業よ終われ。

それだけを考えていた。

そして待ちに待った放課後…


僕は友達のかけてきた言葉など無視して教室を出ていった。顔は見てないが、きっと友達は眉間に皺を寄せていただろう。

向かうのは雑貨店ただ1つ。

駆け足で学校を後にした。

予想した時間より早く雑貨店の前に到着ができた。肩で息をしていたので、少し落ち着かせて勢いよく扉を開けた。

扉についていた鈴が激しく鳴っていたが、気にともせず店に入っていく。


「決意したようですね。」


どこからともなく店主さんの声が聞こえた。

辺りを見回すと歩きながらこちらに向かって来た。

何故僕がとても悩んでいたのを知っているのかは分からないが、そんな事はどうでもいい。僕の心は準備万端なんだ。

お金も持ってきているし、彼女の名前だってスマホで撮影したんだ。

実は、先生の目を盗んで名簿を撮影していた。これなら間違える心配もない。

僕は2万円を店主さんに渡した。


「ありがとうございます。では少々お待ち下さい。」


そう言うと店主さんは棚から紙とペンを取り出し、僕に渡してくれた。


「注意事項と副作用は覚えていますか?1ヶ月かかるという事、名前を間違えると効果は無い事、成功した場合、効力は消えない事、身近な人にしか効力は無い…こちらは大丈夫ですね。よろしいでしょうか?」


僕は力強く頷いた。

紙にペンで彼女の名前を間違えないように、キレイにゆっくりとスマホを見ながら書き込んでいく。

書き終わると、飲みやすいように小さく折りたたみ、店主さんからお水を頂いた。

僕は飲み込む前にこの商品はどんな人が購入したのか聞いてみる事にした。


「購入された方ですか?あなたのように思いを寄せている人、相手が浮気するのではないかと不安に思っている既婚者など沢山いらっしゃいます。先日ですが、女の子が購入されました。」


…そうだ。

大丈夫だ。

僕だけじゃあない。

色々な人が買っているんだ。

女の子だって…。

僕は店主さんの言葉に後押しをされたかのように、勢いよく紙を口に入れ、水で流し込んだ。


「では1ヶ月程ですが、少々お待ち下さいませ。心より貴方の幸せを願っております。」


そうだ、1ヶ月だが、何があっても彼女は僕のものだ…。

大丈夫だ…。

その間に彼女が別の人と交際しても、ラブレターを貰っても最後は僕に振り向いてくれる。

無敵だ。

僕は心にあった不安という汚れが取り除かれ、とても軽くなった。

足取りも軽いぞ。

僕は軽い足取りで家路に向かった。





この1ヶ月…なんだか不思議な事が怒っている気がした。

最近の1週間はいつも通りで何も変化は無かった。少しくらい何か起こってもいいくらいだ。

2週目に入ると、気のせいか誰かの視線を感じる。誰だろう。

彼女だったらいいな…。

おい友達。ぼくをみつめるんじゃあない。

お前の視線など求めてない。

3週目、なんだか彼女と目と目が合うことが多くなった。それだけでは無い。

僕は冗談で手を振ってみると、彼女は微笑みながら振り返してくれる。

なんだこれは。

効果絶大じゃあないか。

浮き足立ってしまうな。

4週目…彼女が僕に声をかけてくれる事が多くなった。

席替えで偶然隣になったからだろうか。

それとも道具の効果なのか?

だが僕は口が口が綻んでいる。

なんだかソフトタッチが増えた…

気がする(僕談)


この紙とペンの効果が確信に変わった頃、放課後に友達3人と僕は遊ぶ事になり、マクドナルドで僕と彼女のことで話題になった。


「最近お前ら仲良いよなぁ。」


「早く告っちまえよ。大丈夫だって。行ける行ける。」


友達2人はコーラを飲みながら、僕に早く告白しろと煽り立てる。

頭を掻きながら照れている僕をもう1人の友達が衝撃的なことを言った。


「元々、別の子が可愛いって言ってたくせにな。特にその子と話す時に顔がとても緩んでたからなぁ。こっちが恥ずかしくなる程にな。一体どうしてこうなったんだ?」


…………え?

別の子が可愛い?


「そうだよ。急にその子の事見向きもしなくなってさ。嫌なところでも見たのか?」


どういう事だ?

見向きもしなくなった?


「そんなに動揺するなよ。どんだけ嫌なところを見たんだよ。もう聞かねぇよ。ところでさ、あの子の事いつから気になり始めたんだ?」


……分からない……。

僕はいつから気になり始めたんだ?

話したことも無かったんだぞ?

授業中?

馬鹿な…。

いきなり授業中に好きになるっておかしくないか?

僕は具体的な説明をすることが出来ない。

僕は…いつから…


どうやって……


あ の 子 の 事 を 好 き に な っ た ん だ ?


「黙ってちゃあ分かんねぇだろう。面白くないなぁ…。何か一つでも教えてくれよ。」


僕の額からの冷や汗が1粒頬をつたって落ちていく…。

とても嫌な予感がする…。

気が気でない…。

動転している。


「おい…なんだか顔色悪くないか?」


僕の顔色は傍から見ても青白くなっていた。





僕は体調が良くない、先に帰らせて貰うよと伝え、心配な眼差しの中ふらつく足取りでマクドナルドを出た。

家に帰るのではない。

あの雑貨店だ。

あの店主さんに聞きたいことがある。

僕は変に心臓が高鳴り、嫌な予感をしながらふらつく足取りで進んでいく…。

雑貨店になんとか到着し、力強く扉を開けたいが、そんな力は今は無く静かに扉を開けた。

店主さんはどこにいるのか辺りを見回しながら、店内に入っていく。


「おや、先日の。元気そうで何よりです。調子は如何かな。」



調子?

いい訳無いだろう。

どこをどう見たって顔色が悪いじゃないか。

ふざけてんのか?

僕は怒りを抑えつつ、店主に聞きたいことを聞いた。

2つある。

副作用…、書いた相手だ。

そして購入した相手についてだ。


「相手の副作用ですか?ございます。相手がもし別の方に好意を持っている場合、その好意が紙を書いた当人に向けられます。そして別の方の事は忘れます。好意そのものが。私は副作用は1ヶ月程かかると言いましたが、徐々にとは一言も言っておりません。まあ、急にとも言っておりませんが…。1ヶ月程たつとその効果が出てきます。」


友達の言っていた通りだ…。僕は好きだった別の子のことを忘れている。

店主さんは続ける。


「それと購入した女の子でしたっけ?貴方と同じ歳程の女の子でしたね。それに貴方と同じ学校のエンブレムです。」


僕の嫌な予感は的中した。

彼女は僕が飲み込む前に飲み込んでいた。

僕の名前を書いて…。

僕はあの時、授業中に恋に落ちてしまうこと自体おかしかったんだ。

この恋は…彼女に向けられた恋心は作られたもの。本物ではない。

偽物なんだ。

僕は嫌な予感が当たってしまい、呆然と立ち尽くした。


「彼女は鬼気迫る勢いでこちらに来店されました。こちらの商品を紹介するととても喜んでいらしておりました。代金も高く設定したんですが、次の日には用意しておりました。知り合い…親戚にでも借りたんですかね?今頃バイトしてお金を返していると思いますよ。」


他人事のように呟く店主さんを見て僕は怒りを隠せないでいる。

元を正せば店主さんがこんなものを売ってさえしなければこんな事にならなかったんだ。

なんでこんな目に合わなくちゃいけないんだ…。

ふざけるな…。

いい加減にしろ…。

怒りのあまり、握った拳が小刻みに震えている。

そして目は三角になり、睨みつける。


「50万円…。」


え?

50万円?

なんの事だ?

「彼女がこの紙とペンを購入した金額です。こんな額大人でも簡単に出す事は出来ません。きっと彼女は裕福な家庭では無いと思います。そんな彼女が50万円もの大金を用意したんです。これは本当に凄いことですよ。」


…そんな大金で購入したっていうのか?

ありえない…。

普通に考えて学生の出す金額では無い。

僕はあまりの金額の大きさに呆気に取られている。

すると店主さんは僕の肩に手をやる。


「貴方を想う気持ち…とても大きいですね。本当に凄いことです。こんなに相手を想ってくれている人…学生でいませんよ。この気持ちは必ず届くと私は思っています。遅いか早いかの違いだけです。良かったじゃないですか。


両 思 い に な れ て 。」


……。

僕は本当にこれで良かったのか?

この恋は偽物だぞ?

いや、店主さんの言っている通り、いつかは届いていたかもしれない。

だがそれでもこれは許される行為ではない。

倫理的に駄目だろう。

でも僕も欲に負けて飲んでしまった…。

同じ穴のムジナだ…。

僕は…本当に…

これで良かったのだろうか……。


僕はまたいつものように考え込んでしまい、立ち尽くしていた。






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