武蔵野にサヨナラ

私池

第1話

 JR武蔵境駅を降りて北口のスキップ通りを抜ける。

「ここも色々変わったね」

「お姉ちゃん、ずっと帰ってこないんだもん。そりゃお店も変わるよ」

 寿司居酒屋や、高級食パンの店、チェーンの餃子屋さん…自分の知らないお店が多いと地元民なのに旅行者の様な気分になる。

 通りを抜けると左手にあるスーパーも綺麗になって、もう昔の面影が大分薄れてしまって何となく寂しいのは私だけ?

「私はずっとこっちだからね〜少しずつ変わってるせいか、あんまり気にならないよ」

 そういうものなのね…

 スーパーを過ぎて少し歩くとなだらかな坂。上り切れば桜橋、下を流れる玉川上水を渡ると、私の家はもうそこだ。

 武蔵境、隣の三鷹や東小金井みたいな大きな公園や雑木林などない、少しの畑がある近郊の住宅地。


「ただいま」

 懐かしいドアを開けて家に入る。私が生まれてから大学に入るまでずっと住んでた家。父と母が駆け落ち同然に東京に出てきて、共働きの末に買った家。少し古くなったけど変わらない佇まいに私はホッとしつつ、少し涙ぐむ。安心して心が緩んだのかも知れない。

 洗面所で手洗い、うがいを済ませて居間に行くと昔と変わらない、でもちょっと白髪の出てきた母がいた。

「お帰り。冷たい麦茶あるわよ」

「うん」

 冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎ、ダイニングの椅子に座る。この少し濃い目の麦茶が、家に帰ってきた事を再認識させてくれる。

「お疲れ様。やっと帰ってきたわね。8年ぶりかしら」

「うん、外では会ってたけどね。大学入ってから色々忙しかったから」

「それだって年に一、二回じゃない。つもる話もあるけれど、まずお父さんに挨拶してらっしゃい」

「はい。ちょっと行ってくる」

 仏間を兼ねた母の部屋へ行き、仏壇にお線香をあげる。

「お父さんただいま。ずっと帰って来れなくてごめんなさい。私、今度結婚するから。大学で知り合って5年付き合ってる優しい人なの。式にはお母さんと一緒に出席してね」

 ごめんね、昔はお父さんと結婚する〜って言ってたのに違う人と結婚して。心の中でそう呟くと、父の遺影が微笑んだ気がした。

「お姉ちゃん、夕飯どっちがいい?唐揚げ?うどん?」

「今日はうどんかな。久々にお母さんの唐揚げも食べたいけど、今日はうどんがいい」

 居間に戻ると夕飯の希望を聞かれたので、うどんと答えた。家で言ううどんとは、近所の蕎麦屋さんで出してくれる「武蔵野地粉うどん」の事で、家族みんなの好物だ。

 一頻りお互いの近況を話した後、混み出す前にその蕎麦屋さんへ行くと、いつもの優しい笑顔のおじさんとおばさんがいた。私達は昔の様に武蔵野地粉うどんを注文する。

 お腹も膨れて家に帰ると二人はテレビの前に陣取る。私は最近のドラマには疎くて、ちょっぴり疎外感を覚えながら家政婦さんのドラマをダイニングの椅子から眺めていた。

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