第116話 荷馬車を操る

「ほう、器用な物だな」

男はそのままゴブリン共に飲み込まれるかと思っておったが、乗り換える為に並走させていた別の馬に飛び移る。


「フッ、だが同じことだ」

パン、パン、パン、パン!


男が乗り換えた馬と、ついでに、もう一頭の馬にも二発づつ弾丸を撃ち込む。

「うわ!よ、止せ!」

男は叫ぶが、もう遅い。


ヤツの乗った馬は血の入り混じった泡を吹き、ジリジリと速度を落としていく。

そして……。

「う、うわーーー!」

その叫びが断末魔の絶叫と化し、ゴブリン共の群れの中に消える。


ターン!

銃弾が頬を掠める。

まだもう一騎、右後方の男がカービン銃を構え、撃って来る。


弾切れに成った十四年式をホルスターに戻す。

替えの弾倉は、持っておるが、それよりも手っ取り早い方法が有る。


散弾と、銃弾を喰らった御者の死体……。

「う、ううーー……」

うむ、未だ息がある様だ。


だが、どうせ助からん。

フッ、なにしろワシに助ける気なぞ無いからな。


御者の襟首を掴み、背負い投げの要領で、馬上でカービンを構える男目掛け投げ飛ばす。

「ぐわーっ!」


投げ出された二人の男の影が、ゴブリンの群れに飲み込まれる。


ガタンッ!

御者を失った荷馬車が大きく揺れる。

慌てて手綱を握り、御者台に転がっていた鞭を振るって、荷馬車を操る。

「うむ、馬車なんぞ操った事は無いのだがな……仕方あるまい」


荷馬車と並走する騎影はもう無い。

後は、背後から迫るゴブリン共の誘導だ。


背後を振り返って、改めてその軍勢に目をやる。

確かに凄まじい数だ。

正確な数は分からんが、数百と言う事は無い、数千は居るだろう。

まだ、夜も明けぬ暗闇の中、且つ、舞う砂煙で、ヤツ等の軍勢の後方までは良く見えん。

「その女王クイーンやら女帝エンプレスやらがるなら一度、その御尊顔をはいしたかったのだがな。まあ、已むを得まい」


ん?ジリジリとゴブリン共との間合いが狭まってきている様に思える。

荷馬車を引く馬が泡を吹いてきておる。


これだけの、ゴブリン共のむくろを引き、わだちも無い、道無き荒れた荒野を走らせて居るのだ、もう限界が近いやもしれん。


うむ!

ワシが町の南面に錬成した壁が見えて来た。

「あと、もう少し、持ってくれよ!」


馬が吹く泡に、血が混じり出し、荷馬車を引く二頭の足並みが乱れだす。


暗闇の向こうにうっすらと十字架の影が見えて来る。

あれは、ゴブリン共をおびき寄せる為の、幼き女王クイーンむくろ


あと、もう少しだ。

「許せよ!」

ピシッ!と、二頭の馬に鞭を入れる。

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