第9話 熊狩り 【決着】

ヤツは間合いに入ったワシをその目に捕らえようと、眼球を動かすが、ワシの動きに付いて来れん様だ。

更に踏み込み、山刀で切りつける。


ヤツは咄嗟に左腕で、ワシの斬撃を受ける。

「むっ!固い」


皮膚を切り裂いた感覚が無い。

巻藁まきわらを木刀で叩いている感じだ。


ヤツは残った三本の腕を振り回し攻撃してくる。

それをかわしつつ何度も切りつける、が……無駄だな。

このまま攻撃を続けても、ワシの疲労が溜まるばかり。

このままではその内、集中が途切れてしまう。


一旦距離を取ろうとバックステップで下がる。

刹那、ヤツの眼前に無数の石礫いしつぶてが召喚される。


不味い!

すぐさま右に転がり込む様に回避。

ズババババ!

ワシが居た空間目掛けて無数の石礫いしつぶてが突き刺さる。


「まるで散弾だな」

更に、石礫いしつぶてが召喚される。

ほうけている暇は無い。


立ち並ぶ木々を縫う様に走りながら、無数に連射される石礫いしつぶての散弾を回避し続ける。

まさか、熊がこの様な魔法を放つとは……油断した。


ヤツを倒すこと自体は難しくは無い。

バアルの槍を放てば良いだけのことだ。

だがそれでは、訓練に成らん。


そうだな、ヤツを倒す為の課題は二つ。

一つは、ヤツを倒すのに丁度良い攻撃力だ。

先ほど切りつけた程度では話に成らんが、バアルの槍の様に過剰に被害を及ぼす物でもいかん。


と成ると、接近戦で利用できる物がかろう。

孫娘の電撃の魔法陣を使うか。

左手に結んだ刀印で素早く電撃の魔法陣をえがき、山刀の刀身に付与する。

これで、ヤツの分厚い皮膚を焼き切れるやもしれん。


さて、もう一つは、あの石礫いしつぶて、どうにかせんとな。

なんぞ、防御の魔法で防ぐか、それとも遠距離攻撃の魔法で隙を作るかだが……。

「ふふ、防御は性に合わんな」


かといって、先ほど同様に孫娘の魔法で氷柱つららを飛ばす余裕は無い。

あの術は威力は申し分ないが、手間がかかるからな。


成らば……。

再度、左手の刀印で悪魔レラジェの魔法陣をえがく。

レラジェは狩人の姿を持つ悪魔。

かの悪魔が持つ権能は……。


射貫いぬけ、レラジェの矢!」

指先に浮かんだ魔法陣から光の矢が飛び出し、ヤツの分厚い胸板に突き刺さる。


ったか!」

いや、浅い。

突き刺さった光の矢は、どうやら心臓までは届いていないらしい。

まあ、仕方あるまい、レラジェの矢は威力自体はさほど無いからな、例えケットシーの魔力と言えども、あの程度なのだろう。

しかし十分だ。


グォォォーーー!


ヤツが再び怒り狂い雄たけびを上げ、そのせいで、石礫いしつぶての弾幕が一瞬途切れる。

「今だ!」

意識を集中して、アモンの魔法陣で強化された肉体の能力を最大限に生かし、瞬時に間合いを詰める。


一瞬ヤツと目が合う。

だが、勝負は有った。


踏み込んだ左足に力をこめ、ヤツの首元をすり抜ける様に飛ぶ。

刹那、電撃を付与した山刀を一閃。


ドサッ、と音を立て跳ね飛ばしたヤツの頭が地に落ちる。

その暫く後に、さらに重い音を立てて、巨大な熊の体が崩れる様に地に倒れる。


「うむ、合格だな。極力周囲を破壊せずにたおせた……ん?匂う。この腐敗臭は……マズイ!」


すかさず電撃の付与の残っている山刀で、熊の手足を切断する。

「どうやら手足は間に合ったが、胴体はもう食えんな……」


熊の胴体は異臭を放ち、既にかなり腐敗が進んでいる。

原因は、レラジェの矢だ。


この権能は一撃の威力は低いが、負わせた傷口を腐敗させる効果を持つ。

勿論、これ程早く腐敗が進むのは、やはり、ケットシーの魔力所以ゆえんだろうな。


「狩にレラジェの矢は使えんか……」

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