監視社会の大阪都市 故郷の居場所に




 蝉の煩わしい鳴き声がひっきりなしに聞こえてくる。

 青年は快晴の空を背景に、縁側から少し離れた座敷でカメラと向かい合って言う。

「私は敷井広苑です。この記録映像は現在の景色を未来に残すために……」

 敷井が話を始めた時、チャイムの音が玄関で鳴った。

「お邪魔しまーす。広苑いるか〜?」

 ガラガラと玄関の戸が開く音が聞こえて、トットッという足音が近くまでくる。その声の主はカメラの前で仁王立ちした。

「おい、海行くぞ!海!」

「奏。今、記録の途中なんだけど……」

 両手に抱えていたスイカをちゃぶ台に置いた奏は、それを聞いて残念そうな顔をする。

「えー? そんなのいつでもできるじゃんか」

 そう言われた敷井は、窓の向こうの快晴の空を見上げた。

「でも、見られなくなってからじゃ遅いんだぞ。ここもいつなくなるか……」

 しゅんと肩を落とした奏に気づき、敷井は動揺した様子で言った。

「あ、いや……。じゃあ、この記録が終わったら海に行こう」

 奏は「ほんと?」と目を光らせて、いそいそと座敷に座る。

「ところで、なんの記録を録ってんの?」

「これは……」

 その瞬間、窓枠に吊り下がっている風鈴がチリンチリンと鳴いた。

 涼しげな風は、座敷に座っている二人を撫で去っていく。

「大切な"夏"の映像記録だ」



 通天閣が見下ろす繁華街の一角。串カツ店"だるま"に雀とユズは腰を下ろした。

「あれ?オオキニさんは?」

「そちらの椅子に座っています」

 ユズは手で雀の右側にある椅子の方を指した。雀は椅子を見るがその姿は確認できない。

「ヒトニミラレルノハキケンダ。スガタヲミラレル」

「やっぱり見えないな。視覚フィルター恐るべし技術」

 ユズは店員に通天閣セットと書かれた串カツを注文する。隠している片腕から赤色のフロッピーディスクを取り出して二人に言った。

「現在解析中ですが、これには数々の重要な文書が記録されています」

 ユズは片手の親指と人差し指で九十度を作り、そこに小さなホログラムを表示した。

「一部解析したものを表示します」

 ホログラムのフォルダーのマークが自動でクリックされて、次々と文書が画面に織り重なって表示された。

「ねぇユズ、この文書って……」

 雀が指差したそれは“意識の領域とその活用法”と書かれた学術記事だった。

「金尾科学研究所以前に存在した研究施設は、脳科学に関する研究をしていたようです」

その時、突如ユズのホログラムに四桁の暗号キーが出現した。

「現状では解読は不可能ですが、パスワードがかかった文章があります」

「おぉ……また謎が増えたね」

 ユズは店員がテーブルに置いた串カツを手にとり、それをソースに一度だけ浸して口に運ぶ。

 ほおに手を添えて満足そうな表情を見せたユズ。オオキニは雀に向かって「タベテ、トッテモオイシイヨ」と言った。

「えっと、こう? ……んっ! これめっちゃうまい!」

「それは良かったです。他のグルメ店にも行きましょう」

 微笑したユズは突然、何かに気づいた様子で自身のホログラムを切り替える。

「ところで、雀様が探していた"夏"に関する映像記録を発見したのですが、強固なセキュリティにより、全てを解読にはしばらく時間がかかります」

「……見られる情報があるなら見てみたい。少しでもいいから」

 ユズはある一つの映像記録を表示すると、雀に言った。

「了解しました。ロックのかかっていない情報を開示します」

 ユズの右目から立体の光が展開された。荒々しい砂嵐の映像が数秒間流れ、青空が窓の外に見える室内からの映像に切り替わった。蝉の鳴き声が聞こえてくる。



 小型飛行船の機体が大きく左に傾き、木々が生い茂るスレスレまで急降下する。操縦桿を片手に強く握った考古は苗に忠告した。

「機体の揺れに注意して!!柱監隊員さんたちを助けにいくよ!」

 苗は傾きかけた船内で手すりを掴む。窓の外の景色は森が広がっているだけで、柱監の男の姿はどこにも見えない。

「嘘……なんでその場所に!」

「あの人は今どこ?」

「これ見て、鉄骨の隙間を高速で走っている列車の十号車にいる。そして厄介なことに……」

 考古は画面に表示した地図の一部を指す。柱監の乗った列車の先は工事中と記されており、都市から突き出たままの状態になっていた。

「救出できなければ、柱監隊員さんが電車と共に落下死……なんてことになりかねない」

 その瞬間、低空飛行をする機体に森の太い木の枝が引き摺り、ギンッと機体の表面が擦り切れる音が鳴り響いた。

 苗は足を踏み込んでぎゅっと手すりにしがみつく。

「低く飛んでるのはどうして?」

「この飛行船には瞬間転移装置っていう機能が備わってる。遠隔で外にある物体をこの船に転送させることができる機能がね」

 考古は指をパチンと鳴らすと、電池のマークの上に"残60%"と表示が出た。

「でも瞬間転移装置はエネルギーをとんでもなく消費する。悪い想定では、柱監隊員さんたちを転移させたことに成功したとて、その場で飛行船が墜落。……なんてことも十分にある」

 考古は指をパチンと鳴らしてバッテリー残量の表示を拡張して、機体のハンドルを左に傾けた。

「そこで、船を暴走列車のギリギリまで近づけて、テレポート時の消費電力を限界まで押さえるほかないって隊長は考えた」

「成功する?」

 考古は口元を押さえ、暗い表情で吃り気味に言った。

「……限りなくゼロに近い」

 しかし、すぐにいつもの笑みをニッと浮かべた考古は、操縦桿を操作して飛行船の速度を急に加速させる。

「しかし、ゼロじゃあない」

 考古は通信機を口にあて、柱監の男の通信機に通話をかける。柱監の男の声ですぐに繋がった。

『列車の様子が変だ。停車する気配がまったくない』

「これは私の予想だけど、感染してるコンピューターウイルスのせいで、制御を失って暴走してる可能性が高い。急いで後方の車両に向かって、それだけで生存確率は上がるから」

 その時、急に発生したノイズ音に通信が妨害された。それに紛れて途切れとぎれに柱監の男の声が微かに聞こえ、通信が途切れた。

「くっ! 列車内部のコンピューターウイルスにやられた。ギリギリで隊員たちには伝わったと願おう」

 風のエフェクトが考古のミニターにかかり、帽子が風に煽られて画面外に吹き飛んでいった。

 ウェスタンハットで抑えられていた考古の抹茶色の長い髪が風に踊るようになびく。

「出力最大速度で列車に追いつく!!」

 飛行船はスピードを上げて木々を超えていく。丘を超えた先で速度が少し減少した。

「ピッタリ後尾車両の隣に着いた。あとは距離をギリギリまで近づけて柱監隊員達を船内に転移させるだけ」

 画面の左端には〔距離22メートル〕と柱型都市の外側までの数が表示されている。

 その時、柱監の男が持っている通信機と繋がる。柱監の男の息が切れる声が聞こえた。

「早く急げ! 死ぬぞバカ!!」

『わかっている! あと少しで到着する』

 考古は我に帰ったように一度通信機から顔を背け、左下に目を落とす。再び顔を上げるとシュンとして言った。

「怒鳴ってごめん。隊長……人を失うことがトラウマで」

『謝る必要はない。最後尾に到着した』

 通信機の向こう側で連結部の扉が開く音が聞こえる。それに続いて足音が鳴った。

『救出を頼む』

 その一言で通信が途絶えた。考古は静かに通信機を腰につけ、大きく息を吸い込んで深呼吸をした。

 機内には飛行船のエンジン音と、機体が木々にぶつかって枝が折れ続ける音だけが残された。

 都市の外側までの距離を表す数字は11メートルに達している。考古は瞬間転移装置のハンドルを握った。

「絶好のタイミングは必ず……」

 苗は窓から機体の前方を見た。森の先に目を凝らすと、都市と都市の外側との境目が見えた。

 8メートル、4メートルと外側までの距離がみるみるうちに縮まって行く。苗はその場でぎゅっと手すりを握った。

「助かれこんちくしょおぉぉぉぉお!!」

 飛行船が柱型都市の外側に飛び出した瞬間、考古は叫びながら瞬間転移装置のハンドルを力づくで回す。

 苗の瞳には、都市の鉄骨部分から槍のように飛び出した列車の全体像が鮮明に映っていた。

 列車が音をたてながら落下する。それと同時に、考古の回したハンドルに反応して緑色の濃い光が柱監達のいる後尾車両に飛んでいく。

 発生した光の塊は飛行船の船内に戻ってくると、人の形を形成して柱監の男と二人の男がその場所に姿を現した。

 直後に画面の消費電力の数値は急激に減少し7%で停止する。

「ふぅ……おかえり。柱監隊員」

 柱監の男は動揺しながらも、考古に「ああ、ただいま」と一言。

 二人の関西人は緊張が解けた様子でその場に倒れ込んで気絶した。

「ありがとう。助かった」

「お礼はいらないよ。もう貰ってるからね」

 その直後に、柱型都市の外側で轟音が鳴り響く。外縁部の外側でスクラップとなった列車を見て、柱監の男は言った。

「真陀は列車が暴走することを予測していたのか……」

 自室から顔を出した苗は柱監の男を見て、ふぅと緊張が解けたようにため息をついた。


 しばらく飛行船は安定した飛行を続けて、近くの木々が生い茂る森に着陸する。

「いいニュースと悪いニュースがある」

 考古が操縦席の椅子に跨って、クルクルと椅子を回転させる。

 考古はいつの間にか手に持っていたウェスタンハットを、人差し指でクイッと持ち上げて話を続けた。

「いいニュースは三つ。コンピューターウイルスからの保護システムが完成し、強力な真陀の武器を手に入れた事。後は、雀隊員とユズ隊員が研究所の情報を手に入れた事だね」

「研究所の情報?いつの間に……」

「彼女達もあっちでうまくやってくれたみたい」

 そのとき、気を失っていた二人の男が意識を取り戻す。

「ちなみに悪いニュースは、もうこれ以上いいニュースはないってことね」



「ねぇユズ、あの夏の記録って本物なんだよね」

 露天風呂の出入り口で服を脱いでいる途中、ユズに質問をした。

 ユズはコートを丁寧に畳み、脱衣かごに入れて雀に言う。

「はい。フェイク映像ではありません」

 雀は「そっか」と言ってタオルを取り出す。ユズが服を脱ぎ出したところを見て、雀はふと疑問を持った。

「もう一つ気になることがあるんだけど、ユズの着てたその服って……いつからのやつ?」

「測定不能です。私が生まれた当時から着ていたものですので」

「えっ、嘘でしょ? ……今度機会があるときに、新しい服買いに行こうよ」

 タオルを持って、脱衣所と風呂の間の空間に入った。脱衣所の冷たさと風呂の暖かさが混ざりあっている空気が充満している。

 風呂に通じる扉を開くと、むっとした暖かい空気が肌を包み込む。床石に足を踏みこむとペタッと軽い音が鳴った。

 奥には大きな浴槽があり、湯口から透明なお湯が流れ出ている。

「気にしてなかったけど、ユズ……お湯に浸かることって大丈夫?」

「防水機能。湿気発散機能が備わっています。大丈夫です」

 雀は安心した顔で「よかった」と言って、ペタペタと風呂に近づく。

 風呂の横にひっくり返された状態で置かれた、木製の桶を手に取った。それですくったお湯を肩にザァッと流す。

「あっつー! ……でも気持ちいい!」

 続いてユズもお湯を体にかけた。雀は片足からそっと温泉に浸けていく。

 ピリピリと足にお湯の感覚を感じて、肩まで浸かるころには体が溶けてゆくような感覚が体に染み入る。

「電車の時からずっと気になってたんだけど、人間の歴史について教えてくれない?」

「はい、この場所に危険性はないので可能です。……ですが、多くのファイルは破損して閲覧できない状態のため、破損のない安全なファイルを開示します」

 ユズの眼球から投影されたホログラムは球体の青い物体を表示して静止した。球体の数カ所には解説文が書かれている。

「これは"地球"です。約二百万の多種多様な生物が住む巨大な惑星であり、かつて人類はこの表面で繁栄していました」

「"青き水晶は金烏と白兎の彼我に、暗黒の渦に身を沈む"。これ、地上伝説の一説にあった文章の通り……。え?二百万って嘘でしょ!」

「現在の生物の数は不明ですが、地球上に存在していました。"金烏"というのはきっと太陽のことでしょう」

 ホログラムの地球が右に移動すると、目を覆いたくなるような巨大な光の塊が姿を表す。

「宇宙空間は水が氷結するほどの温度ですが、この燃え盛る太陽と地球の絶妙な距離関係によって水が液体として保ち続けられています」

 ユズは目にググッと力を入れるとホログラムの地球が小さくなり、巨大な惑星たちが散りばめられた巨大な"無"の空間が広がった。

「"暗黒の渦"というのは宇宙のことでしょう。水槽の中を泳ぐ金魚のように、地球はこの広大な宇宙空間を常に漂っています」

「宇宙……か」



小型飛行船は電力を回復しているために、明かりがほとんど届かない森の奥で停車していた。

「考古隊長。聞こえるか? 少し話がある」

 柱監の男は武器の点検をしながら、自室のモニターに語りかける。

「どうかした?」

 画面にノイズが入って考古が顔を見せた。

 柱監の男は武器を起動させて動作を確認すると、考古の映った部屋のモニターに顔を向ける。

「君には仲間がいたのだろう。少なくとも4、5人というところだな」

 考古は不意をつかれたかのように、表情を曇らせた。

「なんで……。そのことは、まだ誰にも言ってないのに」

「君が所持する武器のいくつかは、明らかに君のものだというようには見えないものが多い。私でよければ教えてくれないか」

 考古は肩に提げていたリュックを持って机に置く。首にかけている双眼鏡がゆらゆらと揺れた。

 考古は悲しみの表情を浮かべているが、口角は不自然に上がっている。

 柱監の男は、考古がなんらかの過去の記憶を思い出しているということを察した。

「……簡単に説明すれば、これらは隊長さんの同期の形見」

 考古は腰から外した幾つかの武器を机に並べた。

 青色に発光する銀色の流線形の銃器、純白の機械のような正方形のネックレス。鏃が赤紫色の宝石で装飾された木製の槍、真っ青な紙に毛筆で書かれた呪いのお札。

「同期のみんなが私たちを忘れないようにって。みんなは……」

柱監の男はしばらく沈黙した。ふと思い出したような口振りで言った。

「"削除領域"に飲み込まれたのか」

「えっ? その言葉どこで?」

「橋監が管理している情報に削除領域についての記事を見たことがある。確か、地上世界に現存した二つ目の別世界だと言っていたな」

 考古は流線形の武器を手に取って、額にそれを当てた。

「故郷、電脳世界は跡形も無く消え去った。一緒にいた後輩さんも今は居場所が分からない。削除領域が発生する前は、楽園のような世界だったのに……」

 喪失感が漂う空気をかき消すように、部屋の足元にある行灯に明かりが灯って飛行船のエンジンがかかる音がした。

「飛行船の電力が復旧したみたいね。この話はまた今度に」

 考古はそう言うと画面の外にフェードアウトする。柱監の男は表情を変えずにポケットから栄養剤の瓶を取り出した。



 窓の外から見下ろすと南部大阪階層の絶景が広がっている。ユズは広緑の椅子に座ってぼーっとそれを眺めていた。

「なぜ雀様は私を助けてくださったのでしょうか」

 ふとユズは口を開いた。オオキニは首をジィィンと一回転させてユズに聞く。

「タスケタ?」

「地下の廃棄場で充電が切れかかっていたところで、彼女は私を見つけました。そして……」

 ユズは背もたれにかかったジャケットを持って、武装した片腕を見つめる。

「私の腕を見ても彼女は恐れることはありません。それどころか、彼女は私を危険から守ってくださいました」

「ミルカラニオソレヲシラナイジョセイダ。ソレニ」

 オオキニからビーッと機械音が鳴る。オオキニは停止した数秒後に動き出した。

「キミヲカゾクダトオモッテイル。ソウミエル」

その直後、襖が開く音が鳴って雀が顔を出した。

「お風呂気持ちよかったね! また入りに行こう」

 ユズは優しく頷く。雀は笑って座敷机の上に置かれている小さな和菓子を摘んだ。

「この部屋の名前"躑躅"だって、読みづらいね。……それにしても、なんでこんなに設備が整ってるんだろう」

「以前は旅館として機能していたようです。現在は経営をしていないようですが」

 雀はユズの対面の椅子に腰掛けた。首に掛けたタオルで顔をわさわさと拭く。

「施設に侵入出来たらこんなことをしてる人に会ってすぐ話を聞く。なぜこんなことをしているのか……なんの目的があるのか」

 雀はそう言って、椅子の横のバッグからオオキニが持っていた赤色のフロッピーディスクを取り出した。

 突然、襖の先でノックの音が鳴る。ユズが「どうぞ」と言うと、豊堀が豪勢な料理を持って入ってきた。

「なんや般若の情報はつかめたんか?」

「通天閣に侵入して般若に関係する情報を入手しました。それよりも、料理のお品書きにはとても興味があります」

 豊堀はその言葉で驚いた表情を見せた。顎に手を当てて理解できないというように首を左右に振る。

「な……あんた今、通天閣に侵入したって言うたんか?」

「はい。でも般若に顔は見られていないから大丈夫なはず」

「そ、あないな警備が厳重な場所に……。いや。信じられへんわ」

 豊堀は疑いの目で雀を見る。ユズにお品書きの紙を手渡して、困惑した様子で部屋を出て行った。

 お品書きを手渡されたユズは、幸せそうな表情でそれを閲覧した。


 夕食を済ませた雀は畳に寝そべって、広縁の椅子に座るユズの様子を横目に見ていた。ユズは何かに気づいた様子で椅子から立ち上がり、窓の外をみる。

 その時、突然オオキニがビーッビーッと警告音を出した。首をジリジリと動かして、リラックスしていた雀に言う。

「ヒコウブッタイガキュウソクニセッキンチュウ。キナイニハヨニンノセイメイハンノウガミラレル」

 雀は慌ててユズのところに駆け寄った。ユズの腕を掴んで一緒に窓の外に目をやる。

「研究所の人達が私たちを探しにきたのかな。それとも……」

 ユズは片腕の武器を起動させて、それを窓の向こう側に向ける。

「いえ、その可能性は極めて低いでしょう。しかし、警戒する必要があります」

 エンジン音は雀達のいる部屋のすぐ真下から聞こえ、直後に窓の下方から大きな真っ白い飛行船がゆっくりと姿を見せた。

 紙飛行機のような形の小型飛行船は、グリンと向きを変えてユズと雀に向き合う。

 機体の両側から出た眩しい緑色の灯りは、二人いる状況を探るように部屋の周囲を明るく照らした。

「ちょ、ちょっ! 待って待って!」

 その女性の音声と共に、機体の表面にホログラムが表示された。そこには考古が映し出されている。

「生では初めまして。お二人さん驚かせてごめんね」

 ユズはその声を聞いて、すぐに武器を停止させると片腕を下ろす。

「た、隊長さん!? ということは、これは柱監さんの飛行船なの?」

「そうよ。あらかじめ連絡しておいたんだけど、飛行船の速度の方が速すぎて遅れてしまったみたい。停泊港っぽいところがあるからそこで落ち合おう」

 考古の映ったホログラムが消失すると、小型飛行船は向きを変えて上の階へと上がっていく。

「行きましょう。お二人の安否も気になります」

 雀達は飛行船が停泊した階に行くとそこに飛行船の姿はなく、苗と柱監の男に二人の見知らぬ男が立っていた。

「苗ちゃん。無事で良かった!」

 雀は苗に駆け寄り手を握る。ユズは柱監の男と目が合うと静かに礼をした。

 柱監の男の隣にいる二人のうち、グラサンの男は飛行船に酔った様子で坊主の男によりかかっている。

「ちょ重いんやけど、自力で歩けや」

「む……無理や。どーしても歩けへん。足がつま楊枝みたいに感じるわ。……酒のつまみ食べたくなってきたやんか」

「知らんわ」

 旅館の廊下を歩いていると、腰に提げている柱監の端末がひとりでにつく。

 柱監の男は無言で雀にそれを手渡した。

「やあ、雀隊員さん。これからは考古隊長って呼んでね!」

「よろしくお願いします。……隊長さんはなぜ端末の中にいるの?」

 考古は「んっ?」と言い眉を顰めた。

「その質問はパンドラの箱を開くことになるから聞かない方がいい……。他に聞きたい事は?」

「えっ……。じゃあ柱監の端末は、どうやってあんなにデカい小型飛行船に?」

「いい質問だね。えーっと、軽くて小さな板をいっぱい繋げたら重い大きな板になるでしょ? そういう事」

「……うん?」

 雀は柱監の男に了承してもらって柱監の端末を借りると、苗と一緒に宿泊部屋に入った。


「お二人さんはどこで知り合ったの?」

 雀は布団に寝転んでぼーっとしていると、考古が気軽に話しかけてきた。

 雀はタブレットを手にすると、起き上がって広縁の椅子に座る。

「ユズと出会った場所は飛田都市のゴミ廃棄場。……初めはまったく動かなかったんだけど、自分の住居に運び込んだ時に目が覚めて。その時からずっと一緒」

「ユズ隊員に対して恐怖心は? ……片腕は武器で武装してるし、もしかしたら地上時代の兵器かもしれないとか思ったり。ほら、人間って未知のものを怖がるでしょ?」

 考古の言った言葉に、雀は首を傾げて「うーん」という呻き声を出す。

「怖いと思ったことはないかな。私の一番古い記憶にユズと一度会ったような覚えがあって。分からないけど、ユズといるとなぜか気持ちが落ち着く」

「……実際ずぅーっと昔のご先祖様が会ってたりして」

 雀は地盤を支えている鉄筋の様子をぼーっと眺めながら、「そうかも」とぽつりとつぶやいた。



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