監視社会の大阪都市 遺物の思い出と

 隣を歩くユズが、パンフレットのグルメページをずっと見ていることに気づく。

 そういえば、ユズは事務所で和菓子を美味しそうに食べていたような……。

「お腹すいたし、なんか食べよっか」

「はい。近くに"甲賀流"というたこ焼きの店があります」

「たこ焼き?」

「たこ焼きとは小麦粉の生地の中にマダコと薬味を入れて直径5センチメートルほどの球形に焼き上げた大阪の郷土料理です」

「超早口じゃん」

 道頓堀から離れて十分ほど歩くと、甲賀流の赤い看板が見えた。出入り口に〔大阪名物たこ焼き〕と印刷された提灯が吊り下がっている。

 一階でメニュー表を見ながらそれぞれソースマヨとネギソースのたこ焼きを購入し、二階のイートインコーナーに向かった。店内にはソースの塩辛さとマヨネーズの甘味が溶け合った匂いが漂う。

 大粒のたこ焼きは発泡スチロールのケースにどかっとのっていた。網掛け状のマヨネーズの上には、青のりと鰹節が美しく彩っている。

「食べよっか」

 ユズと手を合わせて「いただきます」と言った。雀は割り箸をペキッと割り、大きなたこ焼きを箸で持ち上げる。

「たこ焼きの蛸はどのように育てているのでしょうか」

「確か、都市の『最上階にある巨大な水槽で育てている』っておじいちゃんが言ってた。あと、動植物も同じように上で管理してるらしいよ」

「養殖をしているのですね」

 ユズはたこ焼きのピックを左腕から取り出した。

 雀はたこ焼きを口に頬張った。熱すぎないとろっとした柔らかい衣の食感に、ソースとマヨネーズがタコの旨味を巧みに引き立たせている。

「んー、おいしい!」

 ユズは竹串でたこ焼きに小さい穴を開け、二本の竹串をお箸のように挟んで食べていた。

「流石に店内には般若は居ないみたいだね」

「代わりに監視カメラが作動しています」

 天井の隅には一台の監視カメラが設置されていた。しかし、それは明後日の方向を向いて微動だにしていない。

「ここに来た時に私が電源を落としていますが」

 たこ焼きを食べる手を止めたユズは、監視カメラを見て片目のホログラムを立体表示させた。

「研究所のシステムをハッキングして、あのカメラの監視元を解析します」

「ちょっと待って」

 雀はリュックから祖父の辞典を取り出す。

 ——————————————————

【システム】(system)

 ・交互に影響を及ぼしあう要素から構成される、まとまりや仕組みの全体

 ——————————————————

【ハッキング】(hacking)

 他人のコンピュータに不正に侵入するなどの行為

 ——————————————————

【セキュリティ】(security)

 コンピューターシステムを災害、誤用および不正アクセスなどから守ること

 ——————————————————

「研究所に気づかれない?」

「そこはうまくやります」

 そう言うと青色に光っていたユズのホログラムが、一瞬で赤色に変化した。ユズの眼球付近からは高音の電子音が鳴り続く。

「え? 大丈夫!?」

「予想よりセキュリティが頑丈です。五分ほど時間をください」

「うん。分かった」

 セキュリティの突破を試みているユズを邪魔しないように祖父の辞典に目をやった。

 ふと辞典を裏返して裏表紙を見ると、祖父の苗字で"ち"と頭文字が書かれている。さらに、"む"と別の人物の頭文字も書かれていた。

「む?」

 記憶を追ってみるが、"む"という頭文字の人物に出会ったことが無かった。もしかしたら、祖父と共に地上伝説の真実を追い求めた仲間のものかもしれない。

「……誰だろ」

 数秒後にユズのホログラムが緑色に切り替わり、ユズは苗に言う。

「システムの侵入に成功しました。現在、あの二人は監視カメラでは確認できません」

「……ってことは上手く逃げ切れてるってことだよね」

「そのようです。さらに情報が保存されている管理塔の場所も判明しました」

「どこ?」

「通天閣という場所のようです。画像を表示します」

 ユズのホログラムに通天閣の画像が表示された。正面には何体か般若が警備している。

 と、突然ユズのホログラムが目の端に避け、正面に現れた動画が自動で再生された。

『あ、あーー。録画できてる?』

 カメラのポーズをした考古はニッと笑う。

『隊員諸君、準備は良いか!! 考古秘宝隊隊長の考古みちるだよ!』

 決めポーズをした考古は、茶色の手袋を脱いでリュックの外側のポケットに突っ込んだ。

「彼女は私と同様の人工知能生命体です」

「え!?」

『よろしく! この動画は諸君の知り合いの端末から送信したもの。時間がないから手短に説明するよ』

 考古が両手をパンッと合わせた途端に、街に光が灯る大阪都市が考古の背景に現れた。

『隊長が合図を出したら昇降機以外の都市機能を十分間だけシャットダウンして欲しい。きっとユズ隊員には出来るはず』

 考古が画面内に出現させたレバーを下げた瞬間に、背景の昇降機以外の街明かりが一瞬で消失した。

『お願い、手を貸して!! 後はこっちでなんとかやるから』

 考古が強く手を合わせたところで映像記録は終わった。雀は柱監さんと苗ちゃんが危険な状態に陥っていることを知った。

「すぐ助けに行かないと」

「この録画映像は送信元が削除されているため逆探知できません。これは研究施設からの特定を避けるためでしょう」

 雀はたこ焼きを紙袋の中に入れてユズに言った。

「なんらかの合図を出すって言ってた。……まず外に出なきゃ」

 店の正面で三人組の男女が話し込んでいた。何やら大きな事件が起こっているらしい。

「すみません、何かあったんですか?」

「一つ上の階層で〔奴ら〕の軍団が集結しているらしくて、標的が回転式昇降機に乗ってるとか」

「噂によれば、孤児院の逃亡者もいるらしいよ」

 彼らは建物の間から見える巨大な昇降機を指さす。苗とユズは「そうですか」と言った。

「ねぇ、まさか……」

「彼らで間違いありません」

「そうだよね……あ!? ユズあれ!!」

 雀の見ている方向にユズは目をやる。巨大な回転式昇降機がギギギと大きな音を響かせ、ゆっくりと停止した。

「雀様、昇降機のデータ内に考古様と思われるアカウントを発見しました。彼女たちはゴンドラにいます」

「……これが合図だ! ユズ、都市全体をシャットダウンしよう」

「はい、了解しました」

 ユズは目を閉じて右腕を正面に突き出す。右手の親指と薬指を曲げて、手首を縦にスッと振った。

 その瞬間、都市の様々な箇所からブウゥンという音がした。都市内の明かりが一瞬で消失し、昇降機の軋みながら回転する音だけが響き渡る。それ以外は何も聞こえない。 


 ◇ 


 苗の手を左手でしっかりと掴み、端末を胸にしっかりと押さえ込む。風がほおを削りとるように鋭く流れてゆく。

「このままでは落下死するぞ!!」

「あ、あああと五秒だけ待って!!」

 地面が近づいてくる。その時、端末を持つ感覚に異変を感じて、それに目を向けた。……端末が縦横四つに分解している。

「な……」

 分割した端末の中から複雑な機械の部品や電子基盤が弾き出されるように周囲に広がった。それは柱監と苗を包み込み、紙飛行機のような形に変化する。 

 彼らを乗せた紙飛行機の小型飛行船は向きを変えて急上昇し、地面から素早く離れていく。

「ふは……ね?うまくいくって言ったでしょ?」

「あ、ああ」

 周りを見渡す。畳が縦に二枚敷き詰められた船内。壁や天井には剥き出しになっている電子版や配線。

 配線の間からせり出た四つのモニターが緑色に点滅し、現在地や経路の進行状況が画面に表示された。

「こんな技術は我々には……ありえない……」

「隊長も全然わかんない。ひとまず助かった!」

 考古が壁のモニターの画面外からひょこっと現れる。正面の操縦桿が自動で向きを変えた。

「柱監の端末さえもまだまだ謎が多そう。まず大阪都市の電力が復旧する前に、上層の基盤に身を隠そう」

 考古が左手の人差し指を上げると、画面にスピーカーのマークが表示される。

「般若と研究所の人間との会話を盗み聞きできるようにしたよ!! これでなんか秘密が分かれば良いんだけど……」

「ということは研究所の内部の通信情報も盗み聞きできるのか?」

「そこはなかなかセキリュティが頑丈で、般若のセキリュティを抜けるだけで精一杯。試してはみるよ」

 設置されている配線の絡まったスピーカーから音声が流れた。

《標的消失。追跡不可能》

《へぇー、見失ったんだ……。まぁ、そのほうが面白いけど》

《電力無し。ゴンドラ内には確認できず》

《私が思うに、大阪階層に落下した死体がないということは逃げ延びた可能性が高い》

《つまり、俺らの技術を使える何者かの仕業としか考えらんねーな》

《我々に次のご指示を》

《どうするよぉ、相棒》

《付近を探せ。まだそう遠くには行っていないだろう》

《どうせなら生捕りにしろよ?殺したらくそつまんないからな》

 そこで音声記録が途絶えた。都市の電力が復帰して街の明かりが次々に灯っていく。

「あちゃー!!セキリュティに弾かれちゃった。電力が戻って都市全域のセキリュティが復帰したみたい。」

「……上層に行くべきだ」

「え」

「私が思うに、考古隊長の存在は彼らに知られていない。つまり彼らに君のとる行動を予測できないはず」

「あっ! 確かに。苗隊員はどう?」

 苗はモニターの画面の一部を指さした。画面の電話のマークが揺れ動いている。

「これはなに?」

「それは通話のマーク。遠く離れた人から電話が来たときに……っと誰からじゃ」

 電話のマークが画面に拡大されると、スピーカーのマークに変化した。

《あの、もしもし》

「こちら考古秘宝隊。現在、苗隊員と柱監隊員を乗せた小型飛行船にいます」

 考古は画面外から引っ張り出した有線通信機器を口に当てて言った。

《みんな無事なんだ……良かった。って飛行船!?』

「んーYES、お二人は今どこに?」

《情報の貯蔵庫である通天閣に向かっています》

 落ち着いた女性の声が聞こえる。

「おっ、その声はユズ隊員だね」

《初めまして》

「よろしく!」

《どうやって隊長さんたちは助かったの?》

「えーっと……端末を小型飛行船に変形させたって言ったら?」

《なるほど。つまり、考古様は規格の原子拡張機器を使用したのですか》

「あれ? 伝わった!?」

 考古の目の色が変わる。再びモニターに表示した飛行船の操縦桿を片手で握った。

「これはまずい!! 諸君、落ち着いたらまた話そう」

 挨拶を交わし、すぐに通信機器を手放す。

 モニターの画面が船の飛行状況に切り替わり、上層の基盤に停車していた飛行船が大きく旋回して動き出す。

「やっばいやばいやばいやっば」

 かぶっていた帽子をモニター内の壁のフックに投げた。

 全てのモニターの画面が赤くなり、警告音が鳴り響く。

「どうかしたのか?」

「奴らに我らの居場所がバレたみたい!!」


 ◇


 都市の大型停電を起こした時と打って変わり、街の様子は先ほどと比べて落ち着いた雰囲気になっていた。

 その時、片手に提げた祖父の辞典から、一枚の栞がポロッと抜け落ちた。拾い上げたそれには〔季節の風物詩〕と筆で書かれており、文字の周りに風鈴や鯉幟が描かれていた。

「ねぇユズ、"季節"って何?」

「季節は、一年の移り変わりを天候で分類したものです。日本では春夏秋冬で区分されていました」

「春夏秋冬……あっ!」


 —


 仕事から帰ってきた祖父が、寝室にいた私に季節の話をしてくれた日を思い出す。

 その時、絵本に書かれた"季節"という言葉で悩んでいた私に祖父は優しく教えてくれた。

「季節は春夏秋冬というんだ。春は涼しくて、草花が育つ準備を始める季節だな。夏は……」

 祖父はドアの向こうから呼ばれた声に返事をして、私の頭をクシャッと撫でる。

「この話はまた今度にしよう。すぐに戻ってくるからね」

 祖父は扉を半開きにしたまま部屋から出て行ってしまった。


 —


「夏ってどんな季節だったんだろう」

 祖父が言い残した"夏"という言葉が、妙にどこか引っかかる。もう、本人の口から聞けはしない……。

「夏に関する映像記録が私のデータベースに残っているかもしれません。しばらく探してみます」

「うん、ありがとう」

 水溜りが続いている。上層ギリギリまで伸びる建物の壁には、小さな赤い光が無数に見えた。目を細めると全て監視カメラの光だということが分かる。

「こんなにあるって……」

 さらに進むと、通天閣周辺は監視カメラの密集地となっていた。通天閣の建物からは銃器が建物の裏側からいくつも突き出ている。

 正面はレーザーで閉じられ、入り口には般若が監視を続けていた。

「この監視網をくぐり抜けることは不可能です」

「もう一回都市をシャットダウンできないかな?」

「すみません、頻繁にすれば私が損傷する可能性がありますので」

 ユズと近くの"河底池"という公園に訪れた。赤い橋の真ん中で立ち止まる。満開に咲いた桜の木が水面でゆらゆらと揺れ動いた。

「重要な情報が絶対あるはず……どうしたらいいんだろう」

「危険ではありますが、一つ方法を思いつきました」


 展望台入り口に三体の般若が現れた。先頭の般若が扉横のパスワードキーを打ち込む。

 出入り口を塞いでいたレーザーがジュッと引っ込み、中へ進んだ般若らの後ろで再びレーザーが出口を閉ざす。

 突然、後方の般若が足から崩れ落ち、動きが停止した。

 般若の一人が建物を見渡して、仮面を顔の横にずらす。もう一人の般若もそれに続けて仮面をおそるおそる外した。

「監視カメラや般若は建物内部には確認できません」

「ユズの作った袴とお面、本物みたい……」

 侵入に成功した二人は経路図を見て、一階の入り口から地下一階への階段を降りた。

「外はあんなに警備が頑丈だったのに、中は廃墟みたい……」

 ユズは雀の言葉を聞いて顎に手を当てた。


 暗闇に目が慣れた途端、雀は目の前の光景に驚いた。

 通路には階段の三段の高さまで汚水が溜まっている。汚水の底には沢山の箱や袋が沈んでいた。

「人が立ち入った形跡がありません。地図情報によれば、現在は用水路として使用されています」

 天井からぶら下がった照明が火花を散らす。それをつたう滴が、絶え間なく汚水に流れ込んでいる。

「不気味だね。奥には進めなさそうだけど……」

 雀は階段に放置されたぼろぼろのお菓子箱を拾い上げて、裏の食品表示を確認した。

「賞味期限は冠信28年4月6日。今から8年前ってことは般若が大阪を占拠した年……」

「冠信というのは元号でしょうか」

「うん。ちょっと待って、身分証に……これ」

 ユズは雀が開いた身分証のページを覗き込む。

———————————————

[元号表]

 1年〜 51年 恵奏


50年〜 96年 経最


97年〜124年 冠信


125年〜  現在 寿功

———————————————

「今は132年の寿功」

 雀は通路の先に目を凝らした。通路の奥から生ぬるい風を感じる。

「暗すぎてよく見えない……どうにか渡れないかな」

「これを使いましょう。靴の縁に挟んでください」

 ユズが服の内側から取り出した長方形の金属バッジを雀に二つ手渡す。雀はそれをくるぶしと靴の隙間に引っ掛けた。

 雀が階段で靴をコツッと鳴らすと、靴底がぼんやり青色に燈る。

「なんか……柔らかい土の上に立ってるみたい」

「こちらは水面歩行を可能にするバッジです。私のものは脚部に内蔵されています」

「え?水の上を渡れるってこと!?」

 汚水を眺めながら驚いた表情でユズに言う。

「初めての方は練習が数日ほど時間が必要ですが、雀様の身体能力を総合的に判断した結果、問題ないと判断しました」

「数日……」

 雀は汚水を再度覗いた。藻がゆらゆらと揺れて、時折ゴミ袋や空き箱が過ぎ去っていく。

「ユズ。絶対に手を離さないでね」

「了解しました」

 ユズの手を掴む。下ろした靴が水に触れた瞬間に、水面がゼリーのように小刻みに震えた。

 もう一方の片足を慎重に水面に浸けた。バランスが崩れそうになるが、なんとか体勢を立て直す。

「思ってたより怖くないかも」

「通路の先に二階へ直接続く階段があります。行きましょう」

 水中で揺れる藻の合間からうっすらと見える床に、幾つもの商品棚が倒れているのが見えた。

 目がキョロっとした黄色の嘴を持つキャラクターのお菓子屋や大きいひよこの不気味なオブジェなど、水中の遺物を眺めながら階段に到着した。

 二階に続く階段を大きな陳列棚が邪魔していた。隣のエレベーターは半開きの状態の状態で浸水している。

「金属バッジのダイヤルを〔水位〕のマークまで回してください。付近の水位を調節することができます」

 雀はユズの言った通り、バッジの下部に手を伸ばしてダイヤルを指定のマークに切り替えた。

「っとお!」

 直後に足元がぐらついてユズの腕にしがみつく。水位が一気に下がって、汚水が荒波をたてながら階段を塞いだ棚を巻き込み二メートルほどの距離まで引いた。

「これ、どういう原理……」

「金属バッジに内蔵した一時的に液体を凝固させる特殊な周波を連続して水面に与えることで、水面歩行を可能にしています。2025年に研究者、マット・ルーカスによって発明されました」

「ほ……ほぉ」


 二人が階段を登る足音以外、周囲の物音は全く聞こえない。階段の窓から差し込む薄灰色の街明かりがよりいっそう館内の静けさを引き立てているように思える。

「……あれ?」

 二階は想像していたよりもずっと綺麗だった。商品はズレなく陳列されており、汚れひとつない床はつい数秒前に清掃されたかとさえ思えるようだ。

「人が来てないにしては綺麗すぎない?」

 ユズは床の一角を手で指す。

「きっとそちらにいる方の仕業でしょう」

 雀はその場所をよく見てみるが、やっぱりそこには何もいない。

「幽霊……とか」

「いえ、清掃型の機械生命体です。段階八の視覚フィルターで姿を消しています」

「視覚フィルター?」

「視覚フィルターとは、事実の視覚情報を偽りの視覚情報で覆い隠す技術です。2027年に研究者、リッキー・ジャーヴェイスによって発明されました」

「偽りの視覚情報……」

 雀はユズが指し示す場所を眉間にしわを寄せてキッと睨みつけた。しかし、全くおかしいところは見つからない。

「この方自身も視覚フィルターの制御ができないと仰っています」

「……直してあげれたらいいんだけど」

「少し時間がかかりますがよろしいでしょうか」

「うん。っていうか直せるの!?」

「一度、機械生命体を修理した経験がありますので」

 ユズは虚無の空間。いや、その機械生命体を拾い上げるとカバーを開く動作をして、片腕から取り出したツールを使い黙々と作業を始めた。

 二階のフロアを一通り見渡す。そこは図書館で知った〔レトロ〕という言葉がいかにも似合いそうな、どこか懐かしさを感じる空間だった。

 ユズが通路の先に進むと、商品棚に掛かった見覚えのある大きなポスターに目がいった。

 大阪都市の赤く燃え上がる背景に、通天閣の見た目のメタリックな機械生命体が二本足で聳え立つポスターだ。

 同じポスターが自分の部屋に飾ってあったことを思い出した。祖父が買ってくれたものだった。

「やっぱり、おじいちゃんと昔ここに……」

 ユズのいるところに戻ると、ユズの隣に体長五十センチメートルほどの青い機械生命体が立っていた。

 全体が青色で短い手に赤い両足。頭部は銀色の正円な両目に通信機のような丸い突起が二本付いている。分厚い体に付いた大きなテレビ画面からは、通天閣の紹介映像がノイズ混じりに流れている。

 思っていたより随分と可愛らしい見た目をしていた。

「こんにちは、通天閣の……機械さん?」

「ドウモコンニチハ"オオキニ"トヲヨビクダサイ」

 オオキニはカタコトの言葉を喋ると同時に、目のライトをパチパチと点滅させて答えた。

「オオキニさん、標準語なんだね」

「オオキニ様が先ほど『同行させてほしい』とおっしゃっていました」

「そうなの?オオキニさん」

「コドクナバショデ、クチハテタクナイ。カツテノニギワイワ、モウウシナワレテシマッタ」

 オオキニはそう言って、古い通天閣の映像を体から流す。

 買い物を楽しむ客や世間話をしている人々の様子が映し出された。

「一つ気になることがあるんだけど、早く歩ける?」

「オソイガ、ワタシハキットカルイ」

「その見た目で……?」

 鉄の塊のような見た目をしている。引き摺らないと連れて行けなさそうに見えるが……。

「重さを測ってみたところ、450グラムほどです」

「案外軽いんだ」

 雀はボールを持つサッカー選手のようにオオキニを小脇に抱える。

 一人と二体は通天閣の商品が並ぶレトロな通路に進んでいった。

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