監視社会の大阪都市 どや顔の彼女が

「機械生命体って……」

 男性はスタッフルームから緑茶と和菓子を持ってくると、対面の長椅子に座った。

「俺は豊堀。ここの責任者や。早速やけど、奴らについて基本的なことを教えたる」

 豊堀は長椅子の横にある棚から一番分厚いファイルを取り出し、雀たちに見えるように机に広げた。

「八年前に突然般若が出現した当時から記されとる調査記録」

 そのファイルにはびっしりと般若のことが記されている。

「まず、般若に絶対にしたらあかん事が四つある」

 豊堀はボックスから煙草を取り出して煙草にマッチで火をつけた。

「話しかける事、意図的に触れること、見つめること、奴らの話をすることや」

「もし、やったらどうなるの?」

「殺されんで。光る短刀で首を裂いて、頭を研究所に持ってかれる。首から上が無くなった死体だけが道に転がってんねや」

 私はその無惨な状況を想像してしまった。血が滴る生首を片手に掴みながら研究所に向かう般若。それらは明らかに人間であるはずがなかった。

「出現した当時がひどかった。次々に人が殺されて、般若どもを殺そうと人がようけ運動を起こしたんやが……」

 灰皿にタバコの灰を落として、豊堀はファイルのページを見つめた。

「あの年に起きたことは誰も口に出さん。俺は親父を失った」

 豊堀は部屋の隅に置かれた仏壇に目を向けた。その遺影が彼の父のものなのだろう。

「今の状況を見たやろ? 皆見て見ぬふりをしとるが、裏では般若に怯えて暮らしててん」

 開いている窓から、地盤を支える鉄骨の軋んだゴコンという音が鳴り響く。

「今でも奴らの事件が起き続けてんのや。『酔った勢いで触れた』『目を離したら息子が話しかけた』。なんとかせんならん」

「研究所は何歳まで受け入れをしてるの?」

「十八やけど……まさかあんたら」

「あの研究施設に侵入してこの都市の人々と孤児院の子供達を救いたい」

 豊堀は雀たちの言葉に困惑した。

「三年前、仲間の二人があれに潜入調査に行ったまま帰ってこぉへんかった。……死ぬかもしれへんねやぞ」

「わかってる。でも他に方法はないと思う」

 ユズはマイペースに菓子楊枝で和菓子を食ベて、緑茶を飲んでいる。

「……本当に行く気なんやな」

「はい」

 豊堀は般若の調査記録のファイルを閉じて雀たちに差し出す。

「分かった。研究所に受け入れられやすいように俺が偽の履歴書を書く。あんたらはその間それ読んどき」

 そう言って引き出しから二枚の履歴書を取り出すとすぐに取り掛かった。

 雀はファイルの最初のページを開く。般若の写真が真ん中に貼られており、調査情報がその写真のまわりに事細かに書かれていた。

 人通り眺めると『般若の首の後ろには必ず"KNOWLEDGE"と書かれている』という一文に目がいった。その文字を指先してユズに聞く。

「これ、何を表してるんだろ」

「英語で〔知識〕を意味します」

「えいご……昔の言葉だよね。確か史書に書かれてた……」

 雀はポケットから〔地上の足跡〕と書かれた本を取り出す。ペラペラとページをめくって文章を読み上げた。

「『かつて地上の世界は様々な言語に溢れていた。我々が使用する日本語。インドで使用されるヒンディー語。そして世界共通語である英語。地上で繁栄していた数ある文明の言語である』」

 地下都市の人々は地中で暮らしていた先祖が残した暗号だと話していた。私はそうは思っていなかったが。

「般若に彫られた文字が英語ってことは……地上時代の機械生命体ってこと?」

「その可能性は非常に高いです」

 地上を占拠していた機械生命体が、現在も地下都市で暮らす人々の生活を侵食している事に私は身震いした。

「あんたらに言っておくが、この履歴書を研究施設に提出しても、入れるようになるには三週間以上はかかるで」

「え、そうなんですか?」

「孤児院への申請がずっと前から殺到してんのや」

 その時、呼び鈴が鳴り勢いよく扉が開いた。豹柄の服を着たおばさんが床を踏み鳴らしながら入ってくる。

「はぁ~、全然あかんわ。なんも情報つかまれへんで。……ところであんたらなんやねん」

 おばさんは雀たちに話しかけた。大きな声と気迫で押し潰されそうになりながらも私は答える。

「私たちが橋の下に逃げこんだところを豊堀さんが助けてくれたんです」

「さいでっか!そうそう、私なぁ……」  


 ◇  


 不気味な通路をユズと共に抜けて、誰にも見られないように戎橋の下へ出た。

「『研究施設の受け入れが決まる間、ここに泊まるとええ』って、いい人達だね」

 橋の下で立ち止まったユズは雀の言葉に小さく相づちを打つ。

「雀様、お金は持っているのでしょうか?」

「実は七凜ほどしかなくて、ギリギリ一週間生活できる分ぐらいしかないんだよね」

「少しの間、鈴硬貨を貸していただけますか?」

「うん、いいよ」

 ユズは隠した左腕の一部を服から出して、雀の一鈴硬貨を左腕の硬貨投入口らしきところに入れる。

 すぐに硬貨を投入した腕から歯車のカチカチ回る音が鳴り始めた。ユズは右腕の手首の金属カバーを開ける。すると、その硬貨投入口から数十枚の一鈴硬貨がジャラジャラとこぼれ落ちた。

「うわっ! え? なにぃ?!」

「硬貨を模造しました。組成も同じ物なので本物と変わりません」

 雀は地面に落ちたいくつかの百鈴硬貨を拾い上げるとまじまじと見つめた。黄色の硬貨に向日葵の模様がついているそれは百鈴硬貨そのものだった。

「これ、どうやって作ったの?」

「私のデータに記録されている元素の組織図を基に元素を立体構築しました」

 ユズの説明は全く分からなかったが、最低限お金に困ることは無くなったと私は安心した。しかし、同時に不安がよぎった。

「ねぇ、あの二人は大丈夫かな」

「柱監さんと苗さんですか?」

「そう。苗ちゃんが安全かずっと気になってて……柱監の人は般若が危険ってこと多分知らないよね」

「柱監さんの端末に文章を送ってみましょう」

 そう言ったユズは目をギュッと強く瞑り、すぐに大きく見開いた。その瞬間にユズの左目から立体的なホログラムが次々に重なって展開された。

 空中のホログラムに表示された数あるマークの中から、手紙のマークが自動で選択される。

「なんと伝えましょうか」

「えっと『ちゃんと苗ちゃんの警護してる? 気を緩めないで!(ビックリマーク)』ってよろしく」

「分かりました。メールを送信します」

 雀は道頓堀の柵に寄り掛かる。般若に命を狙われていないだろうか。そんな不安な気持ちが頭の中で渦巻いていた。


 ◇  


 真後ろからカッカッと般若の足音が迫る。道行く人に肩をぶつけながら二人は逃げていた。

 ふいに足音が止む。電撃の音が鳴り響く。短刀の刃を形成した赤い電気の帯。般若が刃先をゆらりと向けている。 

 激しく波打つ心臓の鼓動を落ち着かせる。端末に表示された目的地を頼りに裏道を走りながら、私は前を行く苗に問いかけた。

「あの般若は何者なんだ」

「分かんない」

 道に散乱したごみ袋を避けて、壁から突き出た管に身を屈めながら進み続ける。

 しかし、ようやくたどり着いた地図の目的地は、壁に囲まれた奇妙な路地裏の空間だった。苔が生えた壁に囲われ、汚れて錆び付いた一つの巨大なモニターだけが掛かっている。

「くっ……行き止まりか」

 出入り口から見えない死角に身を隠す。すぐ近くから般若が武器を振り回す電気音がした。

「逃げられない!」

「分かっている。少し離れていろ」

 足音と電気音が少しずつ近ずいてくる。体制を整えて武器に手を掛けた。

 突然ブツッと音が鳴り、巨大なモニターの電源がはいった。画面にはアニメチックな女性のキャラクターが映し出される。

 探検隊の姿で大きなリュックを背負い、丸い帽子を被っている画面の彼女は、ニッと笑って画面外を指差す。

「隊員諸君、準備は良いか!! 考古秘宝隊隊長の考古みちるだよ!」

 決めポーズをした画面の中の女性は寂しそうに肩を落とした。

「隊員さんはいないんだけどね……」

 そう言った瞬間に二人に気付いたらしく、表情がパッと明るくなった。

「人がいるーー!!」

 同時に般若が出入り口から姿を現す。柱監と苗は急いでモニター側の壁に寄った。

「なになに、どういう状況!?」

 般若が二人に向かって武器を振り上げる。

「何者か知らないが、手を貸してくれ!」

「イェッサー!」

 考古がそう言った途端に般若はピタッと静止し、中心に吸い込まれるように消滅した。そこには般若の仮面だけが残された。

「ふー、危なかったね! 二人とも大丈夫?」

 考古はホッと一息つくと、腕で汗を拭う動作をする。柱監の男は小さな煙が出ている般若の仮面を拾い上げた。

「助かった。一体こいつに何をしたんだ」

「ちょこっといじくっただけ。私ね、ロボットを瞬間移動させる超簡単な方法知ってるんだ!」

 考古は腰に手を当てながら画面の中でどや顔を決めた。

「この般若は機械生命体なのか?」

「隊長も今初めて知ったよ」

「……ここに来るように端末の目的地を設定したのは君か」

「そう、隊長がやったのさ! あと〔君〕じゃなくて〔隊長さん〕って呼んでね」

 般若のことで気が動転していたが、モニターの中で喋っている楽しそうな彼女を見ていると疑問が湧いてきた。

「その……隊長は何者なんだ?」

「んー、自分でもわかんないんだけど、隊長"人工知能"ってやつらしいんだよね」

 考古は腕を伸ばして手をグッパッと動かした。

 彼女が言った人工知能という言葉は、"地上伝説"の一部に書かれている言葉だ。

「……よくわからないが、このモニターの中から出られないのか?」

「そうそう! それで、君のその端末に移行したいんだけど……」

 そう言った考古は超絶に羨ましそうな眼差しで柱監の男の端末を見つめた。

「残念だが、未知の……女性? をこの端末に移動させることは出来ない」

「お願いお願い!! 一生のおねがい!」

 考古は私に何回も土下座をして、苗は冷めた目で私を見つめている。その場の空気に耐えきれずに私は言った。

「……分かった。この端末を使ってもいいが、データベースを好き勝手に使うんじゃないぞ」

 顔を勢いよく上げた考古はキラキラに目を輝かせた。

「ほんっっとうにありがとう!」

 そう言った瞬間にモニターの電源が切れて画面が真っ暗になる。辺りには静けさが広がった。

「わぁ……すごい!大発見だよ!!」

 私はその声に慌てて腰の端末を開くと、考古が端末の中からこちらに大きく両手を振っていた。

「その巨大なモニターよりこっちの端末の方がぬるぬる動ける! でもセキュリティーは甘いけどね」

 考古が両手を上につきだすと、"A113"と端末のパスワードが立体的に表示された。

「やめなさい」   


 道のベンチに二人で腰を下ろし、端末の電源をつける。

 アプリアイコンを軽々と登っていた考古は、バッジに表示されている一件のメールに目を留めた。

「あ、誰かからメール来てるよ」

 考古はアプリアイコンの手紙を手でこじ開けて中に入り込む。柱監の男はアプリをタップして画面を開いた。

 メールの中には送信者不明のメッセージが入っていた。内容は『ちゃんと苗ちゃんの警護してる? 気を緩めないで!』というものだった。

「彼女たちか」

「隊員さんのお知り合いさん?」

「ん?あぁ、ある事件を共に調査している」

「事件……? まさか、あのお宝を巡る争いが……!」

「違う」

 考古は「違った?」と困った表情をする。リュックから本を引き出して、開いたページを勢いよく画面に向けた。

「これこれ、大阪の伝説"ビリケンさん"ってやつ」

 考古はコホンと咳払いをし、話し始めた。

「『大阪都市のどこかに存在すると噂されている"ビリケンさん"。その足を掻いた者は幸運がもたらされるという……〔幸運の神〕の象徴らしい』」

 考古はパタムと本を閉じると、鼻をフンフンと鳴らす。

「勝手に端末から大阪都市のデータベースを覗いただろ」

「まあまあ、一緒に重要な文化の痕跡を探しに行こうよ!ね?」

「……私は別に行ってもいい」

 苗は少し興味ありげにぽつりと言う。考古は期待の目で柱監の男を見つめた。柱監の追跡者から逃れるには丁度いいだろう。だが同時に危険もある。

「行くことは構わないが、先ほどのような失態を起こさないように気をつけなければ……」

「大丈夫、般若のことは全部私に任せて!」

 そう考古が言った直後、道に佇む般若が一斉に彼らに顔を向けた。

「場所を変えよう」  

 道頓堀川から離れてしばらく歩く。ちらほら明るい看板が見える人通りがない路地裏で、考古が端末から話しかけた。

「隊長がここだ! って思った場所は、1583年に豊臣秀吉が築城した特別史跡に指定されている"大阪城"。1931年、大阪天守閣は博物館として運営を開始。博物館は午前9時から午後5時まで入場が許可されているらしい!」

 立ち止まり地図を表示して現在地を確認する。考古はその地図を見下ろすように画面外から現れた。

 大阪都市は一層から順に泉州階層、南河内階層、東部大阪階層、大阪階層、北大阪階層と五層に区分される。大阪城は大阪階層の外郭部に位置していた。

「ビリケンさんはここに展示されている可能性がひじょーに高い」

「あの研究所が研究施設として使ってるから今は入れない。まあ、それだけじゃないんだけど……」

 苗は考古に言う。本を読んでいた手を止めた考古と苗は柱監の男を見た。あることを思い出した私は道路に目線を逸らす。

「……数十年前、大阪都市の柱監が内部の展示品を全て押収した。あそこにはもう何も残っていない」

 ポカーンと口を開けた考古は「e」と声を洩らした。

「ま、まあ、隊長の勘より、この本にはビリケンさんのありかに通じる場所がいっぱい書かれてるから、そこに行ってみよう!」

 隊長はそう言って大きく足を振り上げて、足下の地図を思いっきり踏みつけた。その瞬間に踏みつけた現在地の足元から、青色のラインが道に沿って高速で画面外へと伸びていく。

 柱監の男は画面をスワイプすると、ラインの目的地は北大阪階層の不気味な建物へと伸びていた。その地点をタップして画像を拡大する。

「不気味な建造物だな」

「おっさん、その歳で"太陽の塔"知らないの!?」

「おっさ……大阪は我々柱監の立ち入りを禁止している都市だ。特別な許可が降りて大阪都市に入るのは今日が初めてだからな」

 表示された青色のラインに沿って三人は歩き始める。

 考古は「む?」と首を傾げた。

「柱監って何?」

「柱監を知らないのか?」

「廃墟のモニターから出たばっかりで、全くなんもわかんないの!地図を解読するのも一苦労だし……」

 考古は地図の上をぐるぐると歩き回った。リュックのポケットから取り出した双眼鏡で画面を見上げて首を傾げる。

「さっきから気になってたんだけど、ここは建物の外なんだよね? 上を見ても建物の鉄骨しか見えないのはおかしいなーって。地図を見ても円柱形の……どデカい建物としかわかんないし」

「……ここは土に覆われたドーム状の空間に、柱状に様々な建物が寄り集まり構築された柱型居住都市」

 柱監の男は、建物の合間から覗く土の壁が考古に見えるよう端末の画面を持ち上げる。その時、壁に空いた丸い穴から白色のモノレールが現れた。

「四十七つの柱型居住都市は、あのモノレールで行き来出来る」

 考古は柱監の男の話を聞いて「ん?」と声を漏らす。

「なんで地中で暮らしているの? ……ここって多分地面の中だよね?」

「……なんだって」

 私はハッと我に帰る。そうだ、彼女は長い間眠っていたと言っていた。もしかすると、地上伝説の真実を知っているかもしれない。

「一つ注意しておくが、他の柱監には隊長の存在を知られないようにしろ」

「知られたらなんかまずい?」

「柱監に消される可能性がある。我々の組織は地上伝説を全否定している輩ばかりだからな。隊長は地上をよく知っているみたいだが」

 私も地上伝説に否定的ではないことを組織に隠している。組織にいる限りそのことを誰かに言うつもりもない。

「柱監って何?」

「柱型都市監視組織は、都市の社会、環境、財政を全て管理している組織。また、地上伝説に関わる物品を地下都市から押収、地下倉庫で管理している」

「地下倉庫……地上に関わる物品があるなら、地上が実在するってことじゃん!?」

 若い頃に一度だけ、地上物品保管倉庫に立ち入ったことを思い出す。広い空間に並べられた幾つものスチール棚には、地上に関わる品が無数に並ぶ。倉庫の壁には青空や太陽が描かれている多くの絵画が掛かっていた。

「……地上伝説が真実だという明確な証拠がない。地上に関わる物品も、全て空想の行き過ぎた創造物と仮定出来る」

「だからって、隠蔽しなくても良かった思うけど……」

「いや、その必要があった。……私が十才の時に都市の各地で地上伝説を信じる過激派と柱監との間で抗争が起きた」

 柱監の男は胸ポケットから取り出した柱監規定書の最初のページを開く。そこには柱監の規則が書かれていた。

 『柱監は地上伝説に関連する全ての物品を回収し管理しなければならない』という一文を考古に見えるように指差す。

「この規則は事件を発生させないために暴動の直後に付記されたものだ。地上に関係する物品が都市に数多く存在したため、過激派は『柱監は地上があることを知っていて人々にそれを隠している』と考えていたらしい。勿論地上の存在は柱監でも知らないが」

「なるほど……隊員隊員は真実を知りたい?」

「もし地上伝説が真実であれば……我々が都市の住民に嘘をつき続けていたことになる。一人では真実にたどり着くことはできないだろう」

「じゃあ、考古隊長に手伝ってもらったら?」

 苗は隊長と密かに目くばせをした。

「……それも一つの手ではある」

 そんな話をしながらビル地帯を抜けると北大阪都市へ行ける巨大な回転式昇降機が動く、都市の外輪部に到着した。

 それは都市全体に響き渡るような低い機械音を出しながらゆっくり回転している。

 考古はその回転式昇降機を目にして「うぉ!?」と声を出す。そして、身を乗り出しそうになるほど興味津々に画面にドアップした。

「まるで超巨大な観覧車みたいだね……なんかワクワクしてきた!!」

 回転式昇降機の券売機で二枚のチケットを買う。人はいなかったが、乗車口に来て足を止める。

 出入り口付近で仁王立ちをする般若がこちらを凝視し、通信機のようなもので誰かと連絡をとっている。

「この回転式昇降機に乗れば、上層階の北大阪階層に行けるが……」

「あの般若が君たちを研究所の何者かに報告しているみたいだね。苗隊員は気をつけて」

「うん、心配ありがとう」

「ちょっと待て、いつ彼女の名前を?」

「……市民のデータベースからちょこっと調べた。研究所の内部にいる人間は明記されてなかったけどね」

 私は深くため息をついた。なぜこんな要注意人物をこの端末に入れてしまったんだと後悔するが、仕方ないと割り切るほかない。

「隊長、どうにかする方法はあるか」

「お? 隊長に助けを求めるのかい?隊長なら……こうするかな!!」

 隊長は片手を大きく上げてパチンと指を鳴らす。

 その瞬間に前方の回転式昇降機がギギギと大きな音を立ててゆっくりと静止した。

「おいおい、何を…!」

「てへ、間違えちゃった」

「『間違えちゃった』のレベルじゃないだろ!?」

 腰から赤い短刀を取り出した出入り口の般若は、こちらに素早く近づいてくる。

「正しくは、こう!」

 考古が再び片手を振り上げて指をパチンと鳴らすと、回転式昇降機がゆっくりと回りだして般若が一瞬で消滅した。緊急事態の警報機が鳴り響く。

「早く乗り込んで!!Ahoy!!」

 端末を急いで腰に提げると畜畑の手を引き、困惑するスタッフにチケットを投げつける。

 素早く回転式昇降機に飛び込み、扉を勢いよく閉めた。地面がゆっくりと離れていく。

「これでとりあえずは助かったか」

《……いや》

 ゴンドラの内部に設置されたスピーカから、怒り気味に若い男性の声が聞こえる。

《後先を考えない》

「何者だ?」

《北大阪で命を断つ》

「隊長が絶対に守るから安心して!」

《搭乗人数は三人。消すのは簡単》

 ブツッと音が途切れてスピーカーが切れた。

「やっべ。監視カメラの様子から察するに、般若の軍団が北大阪で待機してるっぽい」

 考古は指パッチンをしてスピーカーを破壊すると、アプリアイコンに座りながら眉間にシワを寄せた。

「いっそのこと、大阪階層に戻っちゃうとか? ……って、もう下の階層にも般若がいる!!」

 苗はゴンドラの椅子にストンと腰掛けると、柱監の男に話しかけた。

「手に持ってる武器はなんで使わないの?さっき般若に追い詰められたときだって……」

 柱監の男が握る武器は、全く使われていない事を主張しているかのように輝いて見えた。

「今の私には……武器を使う資格はない」

 柱監の男は苗の向かいの席に座った。

 突然、考古の頭上に閃きの豆電球が出現した。考古は指を鳴らして上に昇るゴンドラの扉を開き、二人に声高く言う。

「飛んで! この作戦はきっとうまくいく、大発見だよ!!」

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