第35話
【秋葉純一郎】
いつからだろうか。周囲の人間がひどく低脳な生き物にしか見えなくなったのは。
あまりにも幼稚。まるで猿を相手にしているような気分だった。
私にとってこの世界は退屈で満ちていた。なにせ血の滲むような努力というものをしたことがない。
何をやっても、上手くいく。すぐにコツを掴み上達してしまう。物心ついたときから私の心はくすみ始め、視界から色は消え失せ――満たされることはなかった。
と思っていた。
あれはアメリカに旅行していたときのこと。街に隠された暗号に気がついた私はただ刺激を求めて暗号が指し示す場所を追い続け、一つの施設にたどり着いた。
それは誰しもが一度は名を聞いたことのある製薬企業ロンギヌス。そこは裏で生物兵器開発を行っていた。
どうやら私が暇潰しに街に隠された暗号は本物の天才を採用するために潜ませたサインだった。
三日三晩で解いた記録はロンギヌスに採用されてきた研究者の中でも最短記録とのことである。
暗号はアメリカの場所と次の暗号を解くためのヒントが隠されており、場所を点々とすることでロンギヌスに到着する仕掛けとなっていた。
暇つぶしとはいえ、子どもの遊びに全力で付き合うわけにはいかなった私は作成者の意図すらも推測しながら、ときには指し示された場所を数カ所飛ばしながら世界旅行を続けた。
嬉しい誤算だったのは解答者が暗号の読み飛ばしすることさえも読んでいた作成者がいたこと。
それはすなわち私と同等、いやそれ以上の天才がこの世界に存在することを意味した。
私の心は踊った。こんなにも気分が高揚したのは何十年ぶりだろうと。
結論から言えばロンギヌスの裏――存在しないはずの生物兵器開発部門に集まる研究者は国宝級の頭脳が集っていた。
中でもロンギヌスが開発したクローンには震えた。彼は経済・政治・文化・宗教の第一人者となり、世界を裏側から牛耳っていた。
事実は小説よりも奇なりとは良く言ったものである。よもや世界を自由自在に動かすためにクローンを製造し、各分野の中枢に忍ばせていたとは。
興奮しないわけがない。
私はすぐに研究者として採用されることになる。
生体実験は禁忌などというくだらない倫理感など微塵もない環境と人材。
周囲の人間は憲法や法律といった人間の可能性を縛り付ける無意味な言葉の羅列の向こう側にいた。
素晴らしい。これぞ私が追い求めた理想だった。本来人間とは無限の可能性を持つ生物。この地球で頂点に立つ存在である。
私は人間が好きだ。愛している。
不可能を可能に――まさに奇跡と呼ばれるそれを具現化できる唯一無二の存在と評価してもいい。
すなわち選ばれた存在だ。
人間の素晴らしいところは楽をするために文明を発展させてきたところ――知恵を絞り、現実に落とし込んでいくところにある。
生まれてきただけで僥倖なのだ。
にも拘らず、この世界には生きる価値のない人間が多過ぎる。
私からすればこの繁殖力はゴキブリである。爆発的に増え続ける人類。
文明が発達し過ぎたことでなぜか満たされない人類。
中でも愚かなのが犯罪者だ。彼らは己の不満を他者を傷つけることでしか存在価値を主張できない害虫である。
愚か、愚か愚か愚か! 大馬鹿者である。
理由もなく人間を――何者にも変え難い宝を傷つけ、殺めるなど言語道断!
許されざる愚行である。神が赦しても私が許せない。
害虫は駆除しなければいけない。
しかし、いくら天才でも
せめて核を己の意志一つで放つことができるほどの権利がなければ口車に乗せることもできない。
その視点で言えば、日本人である私がどう足掻いたところで武力行使できる範囲は知れている。
だが――。
これがバイオテロを引き起こせる生物兵器があれば話は変わってくる。
生きる価値のない人間を滅ぼし、一度世界を滅ぼし、浄化する。
幸運なことに私がこの世界で唯一敬う氏のは『人類浄化管理計画』を実行するお方。
男が惚れる男。惚れ惚れする。
バイオハザード
報告者は敬う氏と私を含めた八賢人。
日本、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、ロシアの各首脳。
彼らは全員がロンギヌスの息がかかった人間――いや、神に最も近い存在である。
中にはロンギヌスが開発したクローンや体内に生物兵器を飼っている人間をやめた人間もいる。
かくいう私もその一人である。
「Mr.ジュンイチロウ。第一段階の進捗はいかがかね」
八賢人の中心、大賢者である氏が問う。
「はっ。滞りなく。全て計画通りに進んでおります」
バイオハザードは全世界で段階的に行われる。すでにワクチン開発も完了しており、
これよりこの世界は人間を食い殺す未知なる生物兵器の誕生により順応できなかった無能から命を落としていく。
すなわちこれは選民である。くだらない倫理観や理想論を切り捨て、どんな手段を使ってでも生き残るサバイバルゲーム。
その勝者が次世代に子孫を残す第一世代となる。
選民方法は八賢人の首脳が大賢者である氏にプレゼンし、採用されたものである。
しかし、GMはゲームに参加してこそ意味がある。それを傍観するほど退屈なものはない。
だからこその七つの試練。
さあ、我が息子、秋葉瑛太。
お前は私が唯一、認めてもいい私の遺伝子だ。存分に楽しませてくれ。
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