第二話 低層階
ドラセナは耐爆シャッターを撃ち抜いて、FPRO本部一階に侵入した。融解した複合装甲を踏みしめながら、プラズマ銃片手に耐爆シャッターを空いた大穴をくぐると、そこは吹き抜けのエントランスホールであった。照明は落とされ、接客用であろうカウンターにも誰も居ない。人気は全くなく、物音一つも聞こえない。
ドラセナは姉モンステラのビーコン位置を確認した。モンステラの反応は微弱だが、遥か上方のFPRO本部最上階にいるようだった。
ドラセナは吹き抜けを見上げた。十一階までぶち抜いた吹き抜けには、筋骨隆々の男の銅像がある。銅像は、スーツ姿でもわかるほど誇張された逆三角の肉体を、さらに誇張するように、両手を腰に当て胸を張っている。 FPRO最高責任者、ジョージ・ネイリング。その人の似姿であった。
ドラセナは一度深呼吸をし、跳んだ。銅像の顔面の高さまで一息に跳んだ彼女は、その鼻面を蹴り、後方宙返りを決めて、十一階に飛び込んだ。ジョージ・ネイリングの高い鼻が欠け、一階まで真っ逆さまに落ちて行った。
ドラセナが十一階の吹き抜けに面する手摺りを、背面跳びの要領で飛び越えたその瞬間、高出力レーザー砲のレンズと目が合った。
閃光。十一階がまるで昼間のような輝きに包まれた。ドラセナのスーツに当たった光線が乱反射しているのだ。
近接防御火器システムを備えた戦闘ロボット二基による待ち伏せだった。高度な火器管制により制御されたレーザー砲は、空中で身を捻るドラセナを確かに捉えていた。
焦点温度が数千度にもなるレーザー攻撃を受けて、しかし、彼女は無傷だった。彼女のスーツの防御効果である。スーツ表面の
ドナセナはプラズマ銃の引き金を二度引いた。それだけで、二基の戦闘ロボットは永遠に沈黙した。
猫のようにしなやかに、ドラセナが十一階に着地すると、仕掛けられていた無数の対人地雷が作動した。高性能指向性爆薬によって加速された鉄球が、まさしく鉄の嵐となってドラセナに襲いかかる。
ドラセナは駆けた。音より早く駆けた。迫りくる鉄球を尻目に、彼女はエレベータの扉へと突っ込んだ。ぶちかましでエレベータの鉄扉を吹き飛ばした彼女は、そのままの勢いでエレベータシャフトの壁に激突した。
ドラセナはそこから壁を蹴って、反対側にある、より上方の壁へと跳んだ。そしてまた壁を蹴って上方の壁へと跳んだ。彼女は壁蹴りを繰り返して、エレベータシャフトの内部を登り始めた。
ドラセナは反省していた。罠が仕掛けてあることを警戒して、エレベータを使わなかったのがそもそもの間違いだった。相手はこちらがモンステラを取り返しに来ることは予測していたはず、このFPRO本部にはあらゆる場所に罠が仕掛けてあるのは当然のことだ。ならばこそ、余計なことを考えずに、正面から最短距離でぶつかっていくべきだったのだ。姉ならきっと迷わずにエレベータに乗り、その上で敵の罠を正面から打ち破っただろう。
ドラセナがそう考えていると、エレベータシャフトの上方から何かが下降してくるのが見えた。それは、六本の脚部を器用にエレベータ用の超電導レールに走らせていた。蟹のようなシルエットをもつそれは、坑道防衛用ロボットであった。
坑道防衛用ロボットは、超電導レールに火花を散らせながら、胴体に取り付けられたミサイルポッドから小型ミサイルを連続発射した。小型ミサイルが
ドラセナは壁を蹴り、ピンポン玉のように跳ね回ってミサイルを躱した。外れたミサイルが迷走し、エレベータシャフトの壁に当たって爆発を起こす。エレベータシャフトの内部が爆炎の赤に彩られ、爆風がドラセナの真紅の髪をなびかせた。
ドラセナはプラズマ銃を坑道防衛用ロボットに向けた。彼女の正確な六回の射撃が、六本の脚部を撃ち抜いた。機体の制御を失った坑道防衛用ロボットは、自由落下を始めた。そのまま落ちていくしかないように思われたその時、坑道防衛用ロボットが胴体に格納された二本の隠し腕を展開した。隠し腕の先端は鋭利なセラミック刃になっていた。
坑道防衛用ロボットはすれ違いざま、ドラセナを切りつけた。隠し腕を振り終わった時、その刃は無残にも砕け散っていた。ドラセナの無慈悲な手刀がセラミック刃の強度を上回ったのだ。
武装を全て失った坑道防衛用ロボットはそのまま落下していき、闇の中に消えていった。数秒後、エレベータシャフトの下方から爆音が響き、炎がちらつくのが見えた。
これでいい。ドラセナはそう思った。罠があるなら踏みつぶす、包囲されたら正面突破。それがモンステラとドラセナ、自分たち姉妹のやり方なのだから。
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