第33話 【特別編】ふふっ! 青春ですね~
――お前の、心の中にある『夜市』の時の淡い思い出が、今のお前を作っているのだよ。
あの時、お前は彼から学んだのだ。
いずれ、忍海勇太とそういう時が来るから……ということを神様は教えようとしたんだ。
人は過去から学ぶ。
学んだ結果による別れもある。
同じく、学んだことによる出逢いも勿論ある。
新子友花……。本当に大切な人と一緒に生きなさい。
言っとくけどさっ、あたしなりの考えで書いていますから……。
にゃ!!
それにしてもさ、恋愛成就とか忍海勇太とかさ、あたし、何を文芸誌でさ……告白してるんじゃいな??
いやいや? 告白じゃないぞ!!
これはさ記録だ。
そう明確な、あたしの一夏の思い出の記録だからね。
そ、そうそう……。
大美和さくら先生はさ……仰ったんだからね!!
あたしが、まだ、この『あたらしい文芸』のメイン企画で悩んでいた時に、あたし、ひっそりと職員室に行って先生に相談したら、その時に……。
「ふふっ。新子友花さん。ラノベも文芸もね! それを読むに値する、価値ある文章があるかがね、ポイントなのですよ。他人行儀な文芸は、はっきり言って駄作ですからね!」
先生は、あたしにそう仰って。
「新子友花さん。例えば、超有名人の告白暴露本を読んでみたいでしょ?」
「ええ……。なんとなくですけど」
「そのポイントはね!」
大美和さくら先生からの、ぶっちゃけな“深掘りっく発言”だった……。
『その人にしか書けない内容があること』
「……ということです。……これはね、作家の村上龍だったっけかな? 作家業は人類最後の職業だと。価値ある情報とか、人とは違う生き方をしてきたから、書ける内容があって、それを、読者は求めようとして読むのですよ」
大美和さくら先生は、机の端に置いていたホットコーヒーを一口飲んで――
「価値がある文芸って、一体、なんだか分かりますか? 新子友花さん」
大美和さくら先生の価値あるお話から、続けて先生は、あたしにこんな質問をしました。
「……う~んと、…………分かりません」
と、あたしは思い浮かばなかった。
そうすると、先生はニッコリして、
「……例えば独占取材だったら、読む価値って、ありますよね??」
「独占取材ってのは、……はい。だって、他の記者には無い情報を持ってますから?」
「正解です」
「この記事でしか、知る術が無いのですからね。例えば、戦場ジャーナリストとか、ノンフィクション作家とかです。彼らはみんな、『スクープ』を狙って、日々、命を張って取材しているのですよ」
コーヒーカップを静かに元の場所へと置くと、大美和さくら先生は両膝を揃えて両手を置いた。
「それはそれは、とても危険なお仕事です。本当のことを知られて困る勢力も大勢いますからね……」
「……そうなのですか?」
文章を書くために、命を張る。そういう職業の人達もいるんだ……。
あたしは素直にそう感じて、少し俯いてしまいました。
「でもね! 私たちはラノベ部ですから!!」
大美和さくら先生は、少し大きな声で、そう仰って。
「新子友花さん。文化祭に出す『あたらしい文芸』というライトノベルは!! ライトノベルに相応しい、分かりやすい内容で構わないのです。それに、楽しめる娯楽小説じゃないと面白くないですし!!」
先生はそう言うと、大きく笑顔をあたしに見せてくれました。
……そうそう先生が、その時に。
「そういえば、どうしてラノベ部を新設したのかを、先生、教えていませんでしたね。新子友花さんには……」
たぶん、大美和さくら先生のクセなのかも?
先生は右手の人差し指を顎にあてて、そう仰りました。
「先生は、元々はね。この学園の新聞部でした」
「そ、そうだったんですか? 意外です!」
あたしは純粋に驚いちゃった。
「――先生、大美和さくらは……。ずっと、学園内のノンフィクションを追い掛けて取材をし続けてきました。でもね……ある時。学園で『不正入試事件』があってね。それが話題となったことがありました。新聞部は当然取材をしました。私もです」
そして、ある1人の生徒に的を絞って、取材をして記事を書いたことがありました。
「連日、一面にその不正入試の話を持ち出して……それが原因だったのでしょう。ある時、その生徒が退学したのです。正確にはね、休学の後の他校への転校です」
新聞部は、それでもその生徒を連日記事にして、私は、正直かなりショックを受けました――
「結局、真相は分からずじまいです……。それから、私は自分が取材をしなければとか、同じ学園の生徒だったのにとか、それからずっと自分を責め続けて――先生は、やがて新聞部を退部してね……」
「退部ですか??」
またしても、あたしは驚いちゃった。
その時の大美和さくら先生、ワイドショーなノリのあたしに対してニコリと微笑んで……。
「……そして、このラノベ部を新設したのです♡」
「私、今度はこの学園の生徒達を楽しませたいなって……それが『フィクション』でした♡」
――大美和さくら先生は、再びホットコーヒーを一口飲みました。
「……先生は覚悟したんです。その時にね。私が書く文章は何のために書くべきなのか? 私の文章でね、人を楽しませて幸せにしたいなって……。そう素直に思った瞬間でした。――いろんな文章がありますけど、先生は、やっぱり人を楽しませたいんだな!!」
大美和さくら先生、コーヒーカップを両手で覆うように持って、……また、ふふっと微笑みました。
――あたしはね。正直言って忍海勇太のことは、ただのラノベ部の部長としか思えません。
聖人ジャンヌ・ダルクさまや……神社の神様がね……仰った恋愛感情というのが、ほんと分からないのです。
ただ、純粋に勇太から、毎日のように『お前』呼ばわりされていることを、いいように思っていないだけなのかもしれません。
……あっ、あたしはね。
あいつに対しては、その……それ以上の気持ちはないですって!
たぶんです。どう考えても……。
これだけは、この文芸にちゃんと載せたかった。
なんだか、部長に対する充て付けで、学園全員が目にする文芸誌を使っての……。
んもー!!
あたし、何を赤裸々に書いているだ??
……と、新子友花は自ら招いた恥辱に耐えながら、今、書いているのです。
はっきり言ってやる!! このメイン企画はさ!!
日頃のラノベ部の、部長の忍海勇太に対するさ、あたしからの苦情だってーの!!
なんで?
なんでさ!!
あたしが部長に代わって、メインを書かなきゃってーのさ!!
い み が わ か ら ん ! !
勇 太 の バ ~ カ ! ! ! バ ~ カ ! ! !
( `―´)ノ
あ~言ってやった。これでいいや、もう……。
悔いはないぞ……。
*
あたしは毎日教会へ祈りに行って、友達からは、熱心な祈りの姿に驚かれています。
あたしにとっては、別に普通なのですけれど……。
あたしは、聖人ジャンヌ・ダルクさまを敬いたいのです。本気です。
あたし、堂々とです……。
堂々と、運命と立ち向かったあなた様をです。
ただ、それだけで祈り続けています。
それを恥じてはいません。決してです。
――このラノベ部の部長、忍海勇太のことです。
先にも書いたけれど、勇太はどうして?? というか、いつも、あたしのことを『お前』呼ばわりしてきます。
何度もさっ! 何度もってねさ!!
「あたしのこと、お前って言うな~~!!」
と言っているのに。ずっとずっと言い続けてくるのです。
部活が終わってのことです――
勇太が先に下校した日があって、部室に残っていたのは、あたしと、生徒会長の神殿愛と、幼馴染の東雲夕美と、顧問の大美和さくら先生の4人でした。
……ぶっちゃけ。…………あたしはね。
その……、勇太の『お前』っていうのを、どうすればいいのかを、3人に相談したくて。だから相談しました。
中身は、女子会的なノリでしたけれど……。
――神殿愛はいち早く返事をくれて、
「そんなのさっ、友花への愛嬌で言ってるだけじゃん!! 友花がさっ、いつもいつもさっ――聖人ジャンヌ・ダルクさまって言ってるのと同じだって! 聖人ジャンヌ・ダルクさまだって、もしかしたら、私のことは『ジャンヌでいいっ』て、そう思っているかもしれないし」
……と、明るい解答を教えてくれました。
あたしが思っている程、勇太は何も考えずに『お前』と言っているのかもしれません。
夕美はというと、
「あははっ!! 他人行儀じゃない仲良しの証拠だって!」
と言ってくれて、
「そんなのさっ! 気にしない気にしない!!」
って夕美は大笑いしながら、あたしにそう言いました。
あたしは夕美に、
「勇太は、あたしのことをさ、
と聞いて、そしたら夕美は、
「まあ友花は、根が真面目だからさ! 揶揄い易いよね~って」
(……それさ、いつも通学のバス内で、あんたがあたしにしていることじゃん)
なんだか……聞かなきゃよかったなと。
でも、顧問の大美和さくら先生に最後に聞いてみたら、先生は笑顔でこう仰いました。
「ふふふっ。新子友花さんは、どうしても相手に好かれよう……、気に入られようという思いが強いですね。その思いは決して間違ってはいませんよ……」
「……どういうことですか? 大美和さくら先生??」
あたしは最初、先生の仰った言葉の意味が理解できませんでした。
先生は話を続けて――
「けどね……。それは4歳児が保育園の先生に、もっと自分に構ってよって、すがっていることと同一なのですよ。先生は、これでも教職を学んできたから、そう子供の心理については、一通り理解しています」
しばらくキョトンとするあたしに向かって、大美和さくら先生は、しばらくあたしをじーっと見つめていました。
「……つまり、あたしのこと、お前って言うな~~!! が、あたしが勇太に好かれようとしている??」
「はい。そうなりますね。新子友花さん」
まったく理解できませんでした。先生の仰ったことをです。
そしたら、神殿愛と東雲夕美も同時に『先生? それ、どういうことですか??』と、大美和さくら先生に声を揃えて聞きました。
先生は、あたし達3人の顔を、ゆっくりと一人ずつ見回して、それから――
「忍海勇太君が、新子友花さんのことを『お前』と言うのであれば、どうして新子友花さんは、彼のことを『あいつ』と言い返さないのですか? そう思ってください。ここがポイントですよ」
「い、言い返す? 勇太に??」
あたしは……首を少し傾けちゃいました。分かんないんだもん!
「新子友花さん!! 言い返す時の気持ちに『ばっきゃろう!!』という反発が含まれます。でも、あなたは言い返そうとしない……」
「……はい。先生の仰る通りで……」
「新子友花さんが忍海勇太君から『お前』と言われた時。実はあなたは心の内で『こんなに、あたしがお願いしているのに!!』と逆に迎合している――のではないでしょうか?」
大美和さくら先生は続けて――
「新子友花さんは、本心では、自分は学園で成績がイマイチで、授業も付いて行くことがやっとだから……」
ゆっくりとあたしの方へと歩いてくる先生。
「……成績優秀の忍海勇太君に、勉強を教えてくれないと授業に付いて行けない。自分はもう、赤点は取りたくないから……という気持ちが心の内に強くあるのです」
「それが……、あたしが勇太に言い返さない理由なのですか?」
「ええ。言い返してしまったら、自分は忍海勇太君に捨てられてしまう。勉強が大変になってしまう。――という思いが新子友花さん。彼に言い返さない最大の理由ですよ」
大美和さくら先生の指摘は図星だった……。
あたし、勇太から勉強を教えてもらわないと、聖ジャンヌ・ブレアル学園の授業に付いて行けないもん。
大美和さくら先生は、あたしの目の前まで来ると、あたしの頭を優しく撫でてくれました。
「――でもね、はっきり言いますけど。言い返しても、彼はあなたを捨てないですよ……」
「ど、どうして……ですか?」
あたしは、少し焦って言葉が出せなくなっちゃいました。
自分が意識していない感情――自ら無意識に抑圧していた感情を先生から教えてくれたことで、かなり戸惑っちゃって。
「お前と、あいつ――。確かに、どちらも失礼な言い方には違いありませんね。まあ、今では結婚した夫婦の間でも、お互いのことを『~さん』と呼び合う関係もありますけれど。愛は地球を救うって言いますしね。ふふっ……」
大美和さくら先生はそう仰い、いつものように優しく微笑んでくれて――
先生は自席へ戻り、姿勢良く椅子に腰掛けて、両手を握り机の上に乗せました。
「……ところで、その感情は何処からくると思いますか?」
「どこから……?」
あたしは少し上を向いて考えてみた。
「……分かりません、先生」
「先生が察するに、それは、ご病気のお兄さんからだと思うのです」
「あ、兄の病気から……ですか?」
あたしは、すかさずどういうことなのか教えてください! っと尋ねました。
大美和さくら先生は、肩でひとつ……静かに息を吐いてから――
「新子友花さんの心には、確かに、お兄さんへの親しみや愛情が、しっかりとあるのです」
「……はい、当然だと」
「お兄さんはご病気ですけれど、その思いを――例えると哀愁のように、そういうやるせない感情を、忍海勇太君にぶつけているのですよ。もっと、お兄さんと一緒に……いろんな楽しい思い出を作りたい。……という気持ちです」
先生にも、そういう彼がいたかしら……
先生? どうしたの??
ふふっ、内緒の青春話ですよ。これは……。これだけはねぇ……。
「新子友花さん!!」
大美和さくら先生はあたしの名前を呼びながら、腰掛けていた姿勢を前のめりにする。
「先生にも、先生にしか分からない恋愛感情という気持ちが……しっかりとあります。そして、それはね……決してね。決して、誰にも知られたくないものですね」
机の上に乗せていた両手を自分の顎に当てて――目を閉じました。
一方、あたしは、大美和さくら先生の姿をしばらく見続けて……推定年齢27歳の大人って、いろいろ経験していて博識なんだなって、心の中で思ったのでした。
*
結局、病気というのは自分にしか治せない――
あたしが教会で、聖人ジャンヌ・ダルクさまに祈りを捧げていた時に、こんなお告げをもらったことがありました。その相手は、もちろん、聖人ジャンヌ・ダルクさまです。
……たぶん、あたしの想像に過ぎないのかもしれません。
それくらい、あたしだって理解しています。
けれどね……
『病気は自分にしか治せない』
――あたしも分かっています。聖人ジャンヌ・ダルクさま。
あたしの兄は脳梗塞で、今は、病状は回復傾向ですが……。
それでも、まだ安静にしなければいけないと、お医者さんが言ったそうです。
はっきり言って、あたしの祈りの日々は『自己満足』なのでしょう。
やっぱし、あたしが祈っても病状は何も変化しないからです。
でも、それでも祈りたかった。
それは、自分の気持ちを一新したかっただけなのでしょう。
いろいろとあたしは考えたのですが、これからの自分のためにも、こう……なんて言うか。
もう、これ以上、悩み考えて苦しむのはやめようって、そう思おうと……。
『お前が一緒に苦しんで、なんになる――』
――再び、ラノベ部の部室の会話を書きます。
「先生が思うにはね。多分、忍海勇太君は新子友花さんに、『お前』と言うことで、新子友花さんに親しみを込めているんだと思いますよ」
大美和さくら先生は仰いました。
「忍海勇太君は成績優秀だけれど……。新子友花さんは、こんなことを先生の立場から言ってしまうのは、いけないのかもしれませんけれど。新子友花さんは、この学園の授業に付いて行くのがやっとですよね?」
「……はい、先生」
あたし、それは素直に認めるしかありません。
「そこのところを、忍海勇太君は考えていて――つまり、新子友花さんをリラックスさせよう。……という彼なりの気遣いなのではないのでしょうか?」
大美和さくら先生は前屈みの姿勢から、再び背筋を伸ばして姿勢良く椅子に掛け直した。
「リラックスですか?? 勇太があたしのために……」
あの忍海勇太が?
いつも、あたしの後ろの席から用事がある度に、あたしの背中を指でツンツンしたり。
最悪の時なんか、あたしの背中まである髪の毛をクイックイッって引っ張ったり。
普通は『新子さん』とか、肩をチョンチョンするもの。
そんな不愛想な勇太が、あたしに対してそんな気遣いを?
って、あたしはすぐにそう思い――
「……ええ。まあ、男の子特有の照れ隠しもあるでしょうけれどね」
大美和さくら先生は微笑みながら仰っています。
「照れ隠し……? 何がですか??」
この時、あたしの頭の上には数個の『?』が浮かんでいました。
すると、大美和さくら先生――
「ふふっ! 青春ですね~」
そして、更にニッコリと微笑んだのでした。
青春?
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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