第四章 新子友花はいつも元気です。 ありがとう。あたしの思い出……。
第32話 【特別編】新子友花はいつも元気です。 あたらしい文芸
新子友花に『生きなさい』と言う本当の聖人がここにいます――
*
『新子友花はいつも元気です。』 作・新子友花
――羊飼いの頃に、どんな恋愛をしたのでしょうか?
洗礼の時の彼を、好きでしたか?
神の声を聞き、救国として生きていこうと……でも、その時に、彼のことはどう思っていましたか?
好きだったのでしょう――
やがての、過酷な運命と出会わずに、その彼と、一緒に生きる道もあったのだと思います。
聖人ジャンヌ・ダルクさまへ。申し訳ありません……。
あたし、ごときが、こんなに、でしゃばってしまって…………
泣くな、新子友花よ――
私は、ちっとも熱くはないぞ。
――ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま。
あたし、新子友花は、あなたを信仰します。必ず信仰します。
あたしは、あなた様の火刑の受難を知っています。あなた様の、無念を理解しています。あなた様の、英雄としての困難も学びました。
あたしにとって、『あたらしい文芸』とは何なのか?
それをずっと思ってきて――それは告白なのだろうと。いや懺悔なのです。そう懺悔の告白だ。ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま。これからあたしの告白、懺悔をお聞きください。
そして、どうかお許しください。あたしは許されたいのです。
あなた様に許されれば、あたしは、もう何もいりません、だから、どうか聞いてください――
――この宇宙の、大いなるエネルギーの根源……神様と言えばいいのでしょうね。
神様とどうにかして、あたしは繋がりたい。繋がりたいと思います。
これは、あたしにとっては切なる願いです。
いつもいつも、あたしは聖人ジャンヌ・ダルクさまに頼りっきりですね。
それは、あたし自身にも負い目のような、そういう……申し訳ないという気持ちが確かにあるからです。だから、告白しなければ……。
祈っているだけのあたし。こんなのを決して神は認めませんよね? あたしはそう思います。
だったら……という願いは、当然心得ています。
でも、聖人ジャンヌ・ダルクさま……
こんな、こんなあたしには悔いがあります。
あたしが、本当は、毎日祈りを捧げている本当の理由は、もしかしたら、これが、そうなのかと思える日々も当然にあるのです。
忘れたいという思いは、過去の思い出です。
でも、その思いは、忘れたくないという未練によって……、あたしを、いつまでも過去にすがらせようとしているの……でしょうね。
だから、これじゃあ……ダメなんだ!!
――ああ聖人ジャンヌ・ダルクさまは、『救国の聖女』をお辞めになりたいと、こんなことを思ったことがあるでしょうか? なんだか突飛な……あたしの質問ですよね??
この学園のみんなは、あなた様にすがりますよね?
『聖人ジャンヌ・ダルクさまは、私は勝利の日まで決して負けはしない!!』
と、勿論、仰るのと思います。
私は、こうして部隊の先陣に立って戦うのだ。だから皆も、共に戦ってはくれまいか?
私は、だだの依り代に過ぎないのだから、皆の協力が必要なのだと……。
皆は、あなた様を『救国の聖女』なのだと。……だからみんなは、あなた様にすがりたい。
あなた様は英雄であり『救国の聖女』なのですから――みんな、一方的にそう信じるのです。
聖人ジャンヌ・ダルクさまは、ご自身がこんなにも好かれている現状を、一体、どう克服したのでしょうか?
もしかしたら、あたしの日々の礼拝も、聖人ジャンヌ・ダルクさまにとっては『もういいよ……』って、そうお思いなのかも……。
――あたしは毎朝、聖ジャンヌ・ブレアル学園の教会で、欠かさず、お祈りを捧げていて。
でも、本当に、あたしの祈りが聖人ジャンヌ・ダルクさまに通じているのかなって? 時に、そういう切な思いももっています。
そういう思いなんてものは、あたしの心情として、なんと言えばいいのか……。
こんな、インターネットやスマホの……令和という新しい時代になって、あたしのような、はっきり言って後進的な祈りという手段で、この時代を生きようと思うあたしなんて……やっぱし、変ですよね??
――聖人ジャンヌ・ダルクさまは、正々堂々と仰いました。
それは、とても涼しかった季節の夕暮れ。遠征中に、ふと立ち寄った山の上の教会――
聖人ジャンヌ・ダルクさまは、静かに一人祈りを捧げていました。
静かに十字を切って――願う思いは……。
この戦争を、いち早く終結させることができますように……とですよね?
――神よ。私は皆に『ついて来てください!!』と、大きな声で言いました。
ですが神よ。しかし……私の本音は怖いのです。
怖いのです。
神のお告げをドンレミで聞いた時から、なんとか、自らを鼓舞して戦ってきました。
けれど、私は所詮は羊飼いの女の子に過ぎません。
私は、早くこの戦争を終結させて、ドンレミの里へ帰りたい――
聖人ジャンヌ・ダルクさまは、そう仰り立ち上がりました。
……教会の外へ出ると、そこには神父様が、庭に散っている落ち葉をホウキで集めていて、2人は軽く会釈をした。
――その時、聖人ジャンヌ・ダルクさまは気が付かれた。
その神父は、あなた様が洗礼の時に、私にタオルを渡してくれた……同い年のあの男の子だと。
彼は聖職者の道を歩んで、今、こうして教会で生きていた。
ああ神よ。これが奇跡というものですね――
いつ戦場で命尽きるか分からないこの私に逢わせてくれたのですね。
ああ神よ。本当に感謝します。本当に感謝します。これで悔いは無くなった。
堂々と戦ってやるという覚悟を、この時、あなた様は抱いたんだと……そういう伝説を聞きました。
――それは、神からの禁忌を解かれた瞬間だったのでしょうか?
人間という呪縛からの解放に至った瞬間だったのかも……?
やがて魔女となり――さらに聖人となり、神のもとで列聖するための儀式のようなものだったのでしょうか?
間違いなく神は、あなた様をお選びになられた。
それを、聖人ジャンヌ・ダルクさま……あなた様に知らせようとしたのでしょう。
あなた様は、選ばれたのです。
*
――覚えています。
夏の夜市の出来事を……。
あたしは、夜市の夜に親と出かけて、そしたら近所の彼と出逢って、嬉しかった……。
彼は、別になんにもって……ってな感じで、あたしを見つめて。
その時に、夜市の恒例の獅子舞が来て、あたしの頭を噛もうとして……。
あたし、びっくりして!!
それはそれは、泣きじゃくって……。
その時に彼が笑って……。なんだかね、あたしはその時に……、
ああ、これが『夜市』の夜なんだって思えた。だから、あたしの本音は楽しかったのです。
あたし、獅子舞に頭をガツンとね!! あなたは、それを笑ってくれました。
懐かしい話です。
数年後に、あたし達は偶然に再会することができて。
彼はあたしに……『もう覚えてもいないよね??』って聞いたけれど、
あたしは、しっかりと覚えていたんだから――
今まで、ずっとね。ああ、あの瞬間は嬉しかった……。
――祈りという話で、あたしは思い出したことがあります。
とっても、あたしにとって神秘的な人生経験でした。そう、あの思い出をここに書きたい。
あたしは小学生の3年生くらいの時、夏休みに田舎へ帰省したことがありました。
その時に、近所に住んでいた同い年の男の子がいて、その男の子というのが、実は夜市で一緒に遊んだ男の子なのです。
これは夜市の話の続きです――
祭りの最中に金魚掬いをやり、綿飴を買って、水風船で遊んで……。
そうやって、夜市の露店を一通り歩いて行って、その露店の先に――とある神社があります。
その夜市は、この神社のお祭りなのですから当然でしょう。
その男の子があたしに言いました――
最後にお参りして帰ろうか?
あたし『うん。分かった……』と返事をして、一緒に境内の階段を歩いて行った。親達は先に自宅へ帰っていました。
一緒にお賽銭を入れて柏手を打って、さあ帰ろうか……と、あたしが柏手をした姿で目を開けた時でした。
なんだか、ありきたりなシーンですけれど……。
男の子が、あたしに『何を、お願いしたのか?』って尋ねてきたから、あたしは、とっさに『そういうことを聞かないでちょーだいな!!』と……。
お願い事を喋ったら、効力が無くなるっていうし……。
じゃあ、『効力があってほしいんだ、そのお願いは?』と返されて。
あたしは、『そんなの当然!!』だよ。
そしたら、『じゃあ……、その効力って、もしかして恋愛成就なのか?』って聞いてきて……。
だから、『女の子にさ、そういうデリカシーな質問しないでよ!』と言ったら、『あははっ、女の子って、頭の中はいつも恋愛なんだな……』って。
彼そう言って両手を頭に当てて、夜空をそのまま見上げました。
だからさ! あたしは、本当にあったまきてさ!!
『ええっ、そうですから。あたし女の子ですもん。それが何か?』
って、あたしはその時に怒ってしまって、それから、
『もういいよ。じゃあ、あたし先に帰るからね……』
彼、田舎の夜道は暗いから一緒にって……。あたし、彼が持ったあたしの浴衣の袖を、あたしは手で振り払って、そのまま走って帰ろうとしたのです。
その時でした。……ええ、はっきり覚えています。
彼が、その時、私へ言った言葉をです。
『お前』です。
『お前、怒っているのか? お前、怒るなってば? なあ~、お前ってばさ……』
お前のオンパレードだった!
そんで、あたし本気でキレてしまって!!
彼に、振り向きざまに、一発蹴りを入れちゃった……。
まあ、そういうことがあって――
その時の、あたしの行為は……、はっきり言って、というか今思えば照れ隠しだったのだと思います。
あたしが今も『お前』という言葉に、過剰に反応してしまっているのは、……たぶん、この時の経験が影響しているからだと思います。
ずっと、幼なじみで遊んできた彼に、一時の、感情の縺れからケンカになってしまって。
幼なじみに『お前』と言われたことに、とてもショックになって、その後すぐ、あたしは先に帰っちゃった……。
あれから、いろいろと考えて――
あたしは、もしかして彼のことを……だから、つい反応したのかなって??
――あれから時が流れて。あたしは再び田舎へ帰省した。
実は、今、言いますけれど……今年の夏の終わりくらいに1人でお忍びで行きました。
……誰にも言わなかった。そういう過去を、1人で……ちょっと考えてみたかったからです。
ああ、聖人ジャンヌ・ダルクさま……。
良い人生って、何が、どう生きるに値する人生なのでしょうか?
あたしは、あの頃に戻ってもう一度――
田舎に帰省した理由は、もうひとつあります。
それは、その……あたしが忍海勇太から『お前』って言われることへの、過剰に反応することを――でした。
近所の男の子は、もう、どこかへと引っ越していました。
おばさんの話によると、元気にしているって教えてくれました。
……あれから10年くらいですから、新しい友達とかと、仲良く暮らしていると、あたしはそう想像しています。
――あたしは、なんとなく、夜中に、その神社へとお参りしたくなりました。
たぶん、あたしが彼とお参りした時間と、同じくらいだったと思います。
あたしは、同じように賽銭を入れて、柏手を打って、目を閉じて祈りました。
その時でした。
しゅ〜 ピューん どばーん!!
あたし! 驚いて振り返りました!!
夜市の商店街と、並行して流れている川から、大きな花火が打ちあがって――
それは、とっても綺麗なタマヤーでした。
あたしは、その花火の明かりに照らされて……あたしは、しばらくボー然としちゃいました。
……あっ。
もしかしたら、あたしの祈りを邪魔しようと思って? いや、そうだ。……そうなんだ。
照らされた光を背に、あたしは神社のご神体の方へと向き直しました。
ああっ、もしかしたら、……あたしの恋愛成就を邪魔したのは、本当は、ここの神様なんじゃって?
あたし、こんなことを感じたのでした。
*
――まあ、神社なので『聖人ジャンヌ・ダルクさま』ではありませんけれど。
これは、なんとなくの想像する仮のジャンヌ・ダルクさまの、有難いお言葉です。
お前の幼馴染との恋愛成就は、上手くいかないことは始めから決定していた。
お前が、どんなに彼を思っていたとしても、始めからケンカすることは決まっていたのだよ。
でもな、それで良かったと思ってほしい。
いいか、よく聞いてほしい。
お前に相応しい相手というのは、自ずと現れる。
それは、誰かといえば忍海勇太でしかない。まあ、たぶんだけれどな……。
言っときますけど、神様の有難いお言葉なんですよ……。
どうか、こう思ってほしい。
忍海勇太がお前に対して『お前』と言い、それを、お前は気にしている。
でもな、そうして忍海勇太の『お前』を気にしている新子友花は、幼馴染の彼との思い出を経験したことによって――今こうして忍海勇太の『お前』という言葉に対して、恋愛感情を……まあ、そこまでは、まだレベルアップはしてないけれど。
……まあ、近い将来の私の預言としておこう。
これでも聖人だから。預言くらいできるから……。
『……あの、聖人ジャンヌ・ダルクさま??』
お前は、忍海勇太が『お前』という言葉に反応して、幼い頃の彼を思い出している。
それと同じく、幼い頃の彼の『お前』という言葉で、神社に祈った恋愛成就のお願いと重ねているのだよ。
(あの神様も、あたしのことお前ってさ……。自分で書いといてなんだけど……)
新子友花よ。
夜市の彼との思い出は――もう過去だ。
友花よ、今を生きようぞ――
ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま――
この世界に、転生というのが本当にあるのでしたら、どうか、どうか、いつの日か彼に逢わせてください。
彼に逢って、あの夜市の神社でケンカした……。私が怒ったことを………無理ですよね。
……ほんとは、ケンカしたくなかったんだ。離れたくなかったんだ。泣きながら帰った。ずっと夜市の時に思い続けていた。
神社にお参りしたその願いは、……神様。
どうか、もうすこしだけ、彼と一緒にいさせてください。
だったんだ……。
忍海勇太はいいのか?
………私は。
いいかっ?? 新子友花よ。
今を生きようぞ! ……とはな。悔いなく生きることであり、死ぬ時に悔いを残さなかったと思って、穏やかに天国へと旅立つことだ。
……悔いを、新子友花よ! お前は、お前自身の力で、すっかりとそれを克服しようとしているのだから。
……だから、もういいじゃないか。もういいのだと、ジャンヌ・ダルクが断言してやろう!
新子友花よ……。よくやっているぞ。
幼い頃の経験は、決して無駄ではなかったのだよ。
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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