第23話 祈って何が変わるのでしょうね? ふふっ。それは新子友花ちゃん。あなたの心が変わるのです。
――ジャンヌ・ダルクの話は続いている。
例えば、人に対してズケズケと揶揄する両親に育てられてきた子供は、大人になって、それが当たり前で誰でもそうしているのだと勘違いする。
すると、その人は周囲の人達に揶揄されたくないと思い――兎に角、相手の機嫌を取ろうと考える。
それはな……その人が子供の頃に、両親の機嫌を取らなければ、揶揄されたからだ。
「……はい。聖人ジャンヌ・ダルクさま……」
なんだか難しい話になってきたな、あたしには、いまいち理解できないな……。
こんな思いで、聖人ジャンヌ・ダルクさまの有難いお言葉を、胸に刻もうとする新子友花――
――子供の頃、両親に揶揄されて育てられたら、その両親に揶揄される原因は自分にあるのだと思い込む。
自分の努力が足りないから、自分は揶揄されるのだと自分自身を卑下してしまう。
そういう人が大人になり親になる――すると、今度は自分の子供を叱りつけようとする。本気で子供の方が悪いのだから……と妄信するようになる。
両親から揶揄されることが、自分自身にとっての成長だったから。
だから、自分の子供に対する子育ても、これでいいのだろうと……思い込む。悪気も何も感じてはいない。当たり前だと妄信している。
だけれど揶揄されたら、誰でも悔しいし怒るものだ。でもそれを両親に対しては言えない――怖いから。
どれも皆、自然な感情である。
そして、人間は皆等しく、無意識の中に自然な感情を『抑圧』していく。
同時に、自分はダメな人間なんだという“深刻な劣等感”が誕生してしまう――
「……つまり、子供は必ず両親の犠牲になる運命なのでしょうか?」
新子友花は質問した。
子供の頃は、誰でも両親という存在が絶対的なのだ――
とくに幼い時の両親という存在は、子供自身が成長するためには欠かせないのだから。
――頑張れとか、心配とか言われて育ってきた子供は、両親が期待する人間に自分がなれなければ、その気持ちを無意識に抑圧していく。
でもな……。例え子供がその両親の期待に応えられる人間になったとしても、両親は更にもっと頑張れとか、心配とか言ってくる。際限は無い。
そういう両親は、子供に対する“自己の優位性”を常に感じていなければ、気が済まない。
両親という存在は、兎に角、常に正しいのだと妄信しているから……。子供を揶揄することが“無意識の必要性”になってしまっているのだから……。
――精神疾患、強迫性障害、潔癖症、鬱病という脳の病気がある。
子供の頃から、両親にプレッシャーを掛けられ続けて大人になると、脳の無意識の中に『抑圧』し続けてきた自然な感情と“深刻な劣等感”は、いつの日にか、必ず限界を迎える。
「……聖人ジャンヌ・ダルクさま。もしかして、あたしの兄の脳梗塞という病気って?」
再び、新子友花は質問した。
ジャンヌ・ダルクの話を聞いてきて、仰りたい意図が少しずつだけれど、理解できてきたようだからである。
――お前の兄の脳梗塞、その根本的な原因は私が話してきた通りだ。
ありのままの自分を受け入れてもらえず、すべて両親の理想とか願望だけで、ずっと生きてきた。
そうしなければ生きられなかった。拒絶されたくなかった。拒絶は子供にとって、最大の生死を分ける恐怖である。
恐怖――自然な感情だ。
それを無意識の中に『抑圧』して、“自己の優位性”と“無意識の必要性”による両親からの揶揄を、必死に受け入れようとする。
すると“深刻な劣等感”が誕生してしまう。
それだけではないぞ……走り続ければ筋肉に疲労が蓄積するように、無意識の中への『抑圧』にも限界がある。
丁度、PCのハードディスクの容量に限界があるようにな……。
「……兄の脳梗塞のことですか?」
新子友花は、ジャンヌ・ダルクの話を聞いてきて、そう解答した。
――バタバタと再び両足を前後に動かすジャンヌ・ダルク。
話している間、新子友花に向けていた視線を……ゆっくりと聖ジャンヌ・ブレアル教会の天井のステンドグラスへと向ける。
ステンドグラスを7色に輝かせていた西日は、すっかり山裾に隠れようとしていた。
教会内を7色の光から、今度は赤い――真っ赤な夕日が差し込んでくる。
新子友花と聖人ジャンヌ・ダルクさまの像と、実体化したジャンヌ・ダルクを……なんだか、火刑の炎のように包み込んでいる。
「どこにでも、こういう人はいるのです。しかし、新子友花よ。もう怒ってはいけないよ……」
天井のステンドグラスを見上げながら、さっきまでとは違って……少し軽い口調でジャンヌ・ダルクは言った。
「ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま……」
一方、ウルウルした新子友花の右目から、一筋の涙が流れた。
感動したんだね……。
「……そういう人は、そういう風にしか生きられないのだから。お前が思っている以上に、そういう人達は苦しんでいる」
彼女の姿を見ることもなく、ジャンヌ・ダルクは語り続ける。
「人を揶揄すること、プレッシャーを与えてくる者、周囲の人と飼い猫のように関わろうとしてくる人達は――新子友花よ。お前が思っている以上に、頭の中が、無意識の中が一杯で……パニックなのだから」
そう言って……それでも視線は天井のステンドグラス。
遠くを見つめている目を見せているジャンヌ・ダルク。何かを思い出しているような……。
ああ、そうですよね――
思い出したくもない、あの日の無念を、あなたは思い出してしまったのですね。
1431年5月30日
「もっと言いましょう。新子友花よ!」
刹那――吹っ切れた感な表情で、目下にいる新子友花を見る。
――反抗期をちゃんと経験したか否かが、すべてなのだ。
両親が反抗期を経験していないから、子供が反抗期をしても、それを不思議な現象としか思えない。
反抗期で反抗してこそ、子供には自我が芽生えてくる。自立していくことができる。
反抗期を経験してこなかった両親は、従順な子供こそが立派であると思っています。
そういう両親と子供――話が合わないのは当然なのだと思った方がいいぞ!
――ジャンヌ・ダルクは大きく深呼吸した。
「新子友花よ。一日でも早く兄の病気が治りますように……と祈り、我ジャンヌ・ダルクを信仰している新子友花よ……」
再び、両足を前後にバタバタと動かす。
「我ジャンヌ・ダルクは、お前を助けようと思うぞ――」
……なんだか、今、ものすんごく有難いお言葉を頂戴したよね? 新子友花さん。
「聖人ジャンヌ・ダルクさま? ……あ、ありがとうございます」
瞬間、頭の中が真っ白になった新子友花――
その表情は、狐につままれてる。
「……ジャンヌでよいよい♡」
口元を緩めて、ニッコリと微笑みを見せてくれたジャンヌ・ダルク。
……そういえば、ここにきて始めて笑顔を見せてくれました。
「……あ……あたし。なんだか……聖人ジャンヌ・ダルクさまに、その褒められちゃった……」
背中まで伸びている新子友花の金髪ヘアー。
その胸前に垂れ下がっている髪を指で『のノ字』を書くように、クルクル……クルクル……と弄って照れている。
「あはは……あはは……。あはははははっ…………」
照れているというより……こりゃ放心状態じゃん。
もしかして、再び頭の中がバーサーカー状態じゃ……
「あっ、そうそう! 言い忘れました。新子友花ちゃん!!」 (#^.^#)
「……聖人さま?」
その聖人さま、急に親しげな話し方に代わっているね。
「新子友花ちゃんが、どうして、こんなにも私のことを信仰してくれているかって話をです!」
「……信仰の話。何でしょう?」
放心状態から一転、今度はすぐに正気へと戻ることができた新子友花である。
「……この世界は、どんなに祈っても思い通りにはなりません。分かりますか?」
「……あたしの兄の病気の話ですよね?」
「ええ、そうです」
ジャンヌ・ダルクは深く頷いた。
「病気のお兄さんが、新子友花ちゃんと我ジャンヌ・ダルクを逢わせてくれたのだとしたら――」
「あたしの兄が、聖人ジャンヌ・ダルクさまとあたしを逢わせてくれた? どういうことでしょ……」
新子友花が言い終わるのを待つことはなく、ジャンヌ・ダルクの姿は、ゆっくりと消えつつあった――
人はどうして祈るのか? なんだか不思議ですよね?
祈ることで奇跡が起きてほしいですよね?
あなたは授業開始前の早朝に、我ジャンヌ・ダルクに祈ってくれていますね。
私も最後は十字架に祈りました――
病気というものは、自分でしか治せない。……そう、我はあなたに言いました。
祈って何が変わるのでしょうね? ふふっ。
それは新子友花ちゃん。あなたの心が変わるのです。
(作者の長年のテーマと、ひとつの解答です)
ギギーー!!!
――半開きの扉が、音を立てて大きく開いている。
「はっ!」
新子友花は、その大きな扉を開ける音に我に返り、後ろを振り返った。
「……まったく。友花って、どんだけ信心深いのかって!」
神殿愛が、御嬢様らしく背筋を伸ばして歩いてくる。
「……お前さ。そんなに祈って楽しいのか…………」
その隣には、忍海勇太がいる。彼は少し呆れた様子で髪の毛を触りながら歩いてくる。
「あははっ。友花ちゃーん! ここにいたんだ。さ~帰ろ」
更にその隣には、東雲夕美がいた。彼女は新子友花に大きく右手を振りながら歩いてくる。
「……………」
無言の新子友花である。
――ゾロゾロと教会内へと入ってくるラノベ部の部員3人。
半開きだった扉が大きく開いたことで、真っ赤な夕日で薄暗くなっていた教会内は、少しだけ明るさを取り戻している。
だから、3人もシルエットとして見えているのではなくて、ハッキリとではないけれど表情は見えたのだった。
神殿愛、忍海勇太、東雲夕美。3人が新子友花のすぐ前で立ち止まる。
その3人を、キョロキョロと見回した新子友花は、
「……みんな、どうして?」
と、至極当然の疑問を言った。
「……みんな、とっくに下校したんじゃ?」
「ふふっ。……新子友花さん!!」
――最後に扉の向こう。
ふふっと微笑みを覗き込んでから、教会内へと入って来たのは――大美和さくら先生である。
「……………大美和さくら先生、まで?」
新子友花。なんだか、どう振舞っていいのか分からない。
どうして、ラノベ部の部員3人と顧問の先生が、教会に揃いも揃って集合しているのか……。
「新子友花さん。これ、忘れ物ですよ♡」
大美和さくら先生も、新子友花の前まで歩いてきて立ち止まった。
そして、手に持っているものを彼女に見えるように掲げた。
「……先生、それ、なんですか?」
少し明るさを取り戻した教会内だけれど、それでもやっと見える程度だ。
新子友花が前屈みになって、先生が手に持っている物を見ようと――
「にゃっ!! それ、あたしの……」
「そうですよ~。新子友花さんの守護神の『聖人ジャンヌ・ダルクさまのお人形』ですね~」
大美和さくら先生が手に持っていた物とは、人差し指サイズの人形だ。
「たぶん……カバンから外れて、部室に落っことしたんでしょうね……」
「わわっ!! あっ。……ほんとだ。無い無い。ないにゃん!!!」
新子友花が長椅子に置いてある自分のカバンを、ありとあらゆる角度から見て……気が付いた!
いつも自分のカバンにぶら下げている……そう! 今、大美和さくら先生が手に持っている『聖人ジャンヌ・ダルクのお人形』が、なかったのだ!!
(……今、先生が手に持っているのだから当然である)
「ふふっ。新子友花さん。部室に『聖人ジャンヌ・ダルクのお人形』が落ちていたから、みんなね~あなたに早く渡してあげないと思って、探したんですから~」
「にゃん!! ほんとですか?」
君は猫じゃないだろ?
「ええ……まだ正門を出てはいないだろう……って話になって、みんな急ぎ足で正門まで行って、警備員室の方にあなたのことを尋ねたんです。そしたら、まだ通っていないと教えてくれました。……あなたのことですから、学園内にいるのでしたら、教会じゃね? ……ということです」
「……大美和さくら先生。ありがとうございました。わざわざ……お手数をお掛けして、すみませんでした」
新子友花は、先生に深く頭を下げながらお礼の言葉を言い、そして謝る。
「……いいってことですよ。新子友花さん!」
大美和さくら先生は聖人ジャンヌ・ダルクのお人形を、新子友花に手渡した。
両手で受け取った新子友花。――瞬間、表情が緩む。
「このお人形は、あたしのお守りなんです!」
自分で手に持っているそれを、まるで子猫を抱きかかえるように見つめている。
「もう落っことしたらいけませんよ……。ふふっ」
「さあ! もう下校時刻もとっくに過ぎていますよ! さあさあ! みんなも下校して宿題してください。そして、明日も朝からしっかりと勉学にはげみましょうね!!」
大美和さくら先生が、そう言うと――
「ああっ……もう帰ろっと」
「そだね。私も明日の生徒会の……」
忍海勇太と神殿愛は、同時にポッケからスマホを取り出して時刻を確認する。
「……友花ちゃん。今、駅前の商店街で安売りセール実施中だよ」
と、いつもの口調で東雲夕美は言うと、
「……うん。先に行ってて」
新子友花は小さく頷いて返事した。
「え~と。残りのバス後2本なんだけど、どーする友花?」
「……駅前の商店街なんて、徒歩でも行けるじゃん! 夕美!!」
とか、なんとか……
――じゃ! お先に失礼しま~す。
新子友花を除くラノベ部員3人は、そう挨拶して教会内から半開きの門の外へと歩いて行く。
ん? そういえば1人いない。
「新子友花さん……」
横から声をそっと掛けてきた人物、大美和さくら先生である。
「……大美和さくら先生? 何か」
「新子友花さん。先生には分かりますよ……」
大美和さくら先生は、そう意味深なことを呟くなり、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像を見上げた。
「あの、何がでしょう?」
……釣られるように、新子友花も先生と視線を同じく、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像を見上げた。
当然、実体化したジャンヌ・ダルクはもういない。
「あなたにも見えたのですね。本物のジャンヌ・ダルクと逢ったのですね――」
大美和さくら先生は、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像を見上げながら言う。
「……大美和さくら先生。どうして知ってるんですか??」
新子友花は、とても驚いて視線を隣にいる先生に向けた。
「どうして、あたしが……ついさっきまで体験してたことを、先生がどうして知って……」
「……ふふっ。新子友花さん! それ以上は言わないでください」
大美和さくら先生の視線も、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像から隣に立っている新子友花に。
「このことは……この現象は、決してラノベ部の部員には言わないようにお願いしますね……」
「……どうしてですか? 大美和さくら先生」
「新子友花さん……。あなたにとって祈りとは何ですか?」
大美和さくら先生は聖人ジャンヌ・ダルクさまと同じことを、新子友花に聞いた。
「……あなたにとって、祈りとは幸せを得る魔法なのでしょうね」
「魔法ですか……? 大美和さくら先生」
新子友花には、先生の言葉の意味は理解できなかった。
「ふふっ……」
大美和さくら先生は、いつものように優しく微笑んでくれた。
「でも、新子友花さんは人間として生きましょうね。そして、お勉強を大切にしましょうね♡」
大美和さくら先生は、教え子の新子友花に『聖ジャンヌ・ブレアル学園』の生徒としての本分を気付かせたかった――
「お勉強は助けてやらないからな、新子友花ちゃん!!」
第二章 終わり
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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