第12話 私の名前は新城・ジャンヌ・ダルクで~す!!
「はあー」
とため息。でも誰が?
「まったく――ノルマンディーのリンゴは、南仏アルルの私のお口に合いませんわ~」
誰?
「――え、なに?」
神殿愛がびっくりくりくり。
ズズー
その彼女は――神殿愛の間近に現れるなり、彼女のアップルティーのカップを手に持ち、勢い良くズズーと一口――というより、ほぼ飲み干した。
「あらら、大美和さくらもいきなりの出来事で、びっくりくりくりですね……」
ほっぺを両手に当てながら、大美和さくら先生は驚いた。
そりゃ、いきなりこんなカーテン半開きの部屋に、もう一人の――
「――あんたが彼女?」
神殿愛、咄嗟に気が付く。
この話の流れで、そんな女口調で登場する人物というのは、どう考えてもねぇ。
「まったく、ノルマンディーのリンゴでごめんあそばせですね」
マリー・クレメンス理事長は、大きくため息を吐いて吐露した。
「……でもね。南仏アルルには、このようなリンゴの名産はないでしょう」
負けじとマリー・クレメンス理事長は返した。
「いいえ……。マリー・クレメンス理事長」
その彼女は肩上までの髪を、左手でサラッとなびかせて、これも負けじと――
「南仏アルルの“カマルグの塩”から作る塩パンは、世界的に有名じゃあ~ないでしょうか」
なびかせた髪が、次第に元のヘアースタイルへと戻っていく。
「……さすが、南仏の出だこと」
「マリー・クレメンス理事長も、ノルマンディーの精神がしっかりと宿っていますわ」
――たぶん、フランス人あるあるな会話なのだろうと、作者は想像している。
南仏の出だことというのは、日本で例えれば『関西人ですよねー』とかいうある種のレッテル感があって、一方のノルマンディーの精神という言葉は、たぶん戦争中の上陸作戦の激戦地域を揶揄した感の言葉であり――日本で言うなら沖縄戦だろう。
「――あんたって、その……もしかして」
神殿愛は、すぐ隣にズズーとアップルティーを啜っているその彼女を見上げて、言い放つ。
「――あんたが転校生なの?」
とである。
「――はい、そうですよ。生徒会選挙候補者さん」
ニコッと神殿愛の顔を見下げて笑った彼女であった。ちなみに、室内は薄暗くてよくは見えないけれど。
「生徒会選挙候補者さんって……」
珍しく冷静沈着な子供も驚きを隠せない。
別に幽霊じゃないけれど、いきなり自分の隣にひょいと現れたもんだから、驚くことは至極当然である。
「あなた、神殿愛さんですよね? さっきからずっと、室内の影から聞かせてもらっていましたから」
あんたずっと隠れていたんかい?
「ふふっ。お行儀が悪いですよ。盗み聞きなんて、フランスレディーのすることじゃありませんね。いけません」
大美和さくら先生が彼女を諫める。
「……は~い。私もそう思います。反省――ですね。これはミスさくら先生」
さっきまで腰に手を当てて強気な発言をしていた彼女、急に直立、そして深く頭を下げて謝罪した。
「――これが、日本流の挨拶ですね?」
そして、チラッと大美和さくら先生を見た。
「はい、そうですよ。ミスさくら先生のご指導でした」
ふふっ……と微笑む大美和さくら先生。でもたぶん、ミスって言われたことが嬉しかったのか否か?
「ちょ、彼女さんって」
再びテーブルをバンッて両手で叩き、神殿愛が席を立とうとして――
「違いまーす。私はあなたの彼女じゃないですよ~。変な日本語ノンノンですね」
右手の人差し指をチッチッと動かす彼女。
「……ちょい、そういう意味じゃなくって。彼女っていうのは、あんたのことで」
「はいはい……神殿愛さん。こういう時は落ち着いて喋りましょうか?」
隣に座っている大美和さくら先生、神殿愛の肩にそっと手を当てて言った。
「……はい、先生」
そういうなり、すぐにソファーに座り直す神殿愛。
「神殿愛さん?」
マリー・クレメンス理事長、ススっとみんながいるソファーのもとへと歩み寄る。
「神殿愛さん。マリー・クレメンス理事長から紹介しますね」
「……はい、マリー・クレメンス理事長」
飲みかけのティーカップをそろっと置くなりその彼女。
ススっと……今度はマリー・クレメンス理事長の隣へと、そそくさ歩んでいく。
スカートをささっと払い、制服のジャケットの裾を払うなり、身嗜みを整えてそのまま直立した。
――と思ったら?
「マリー・クレメンス理事長――日本の制服ってのは、こうもスカート丈が短いんですね。私17歳でアイドル気分になっちゃう……」
「この学園の校則ですから、膝上7cmというのは」
「それってどういう校則ですか? ジャパン変ですって」
「――それはね。メイドにメイド服着せるのと同じですよ」
さっと彼女のもとへ来て、毅然に直立するマリー・クレメンス理事長。
「どういう意味ですか?」
「和服の帯丈の世代差ですこと。さあ、神殿愛さん紹介しましょう!」
マリー・クレメンス理事長の言葉の意味は、神殿愛にも、勿論彼女にも理解はできなかっただろう。だから作者が教えましょうか?
和服の帯というのは、童の時は腰から胸の上に掛けて着けるもので、一方、歳を重ねるにつれて帯の位置は下へと下がるものなのです。
つまり何が言いたいかと言えば、若さはスカート丈に象徴されることを学園は誇示したい……のかな?
聖人ジャンヌ・ダルクは19歳で亡くなった若い女性でしたから。
これも、校風といえば校風なのでしょうね。
「――紹介します。彼女は私が教え転校生です。話の成り行きから分かったでしょう。名前は……自分で言いなさい」
「はい! 私……」
その彼女は言いました。
「私の名前は
なんともまあ、軽快な言い方だこと……。
「新城・ジャンヌ・ダルクさん。ここがラノベ部の部室です」
学園の辺境と言っては失礼か?
まあ、使用されていない教室の一室を、間借りしているラノベ部の部室である。
神殿愛が彼女――新城・ジャンヌ・ダルクを手招きして教えている。
その新城は、というと、
「――やあ、あのガーデンのところ、まだチューリップが満開ですね。ああ、こっちにはヒマワリ畑がありますねー」
と言った具合に、まるで遠足気分の小学生みたいにはしゃぎながら、窓の外のガーデンを指差して神殿愛に伝えている。
「ちょい! 新城さんって、私のエスコート無視しないでよ……」
神殿愛が両方の力を落として、思わずため息をつく。
なぜかというと、マリー・クレメンス理事長から彼女――新城・ジャンヌ・ダルクを学園の案内するようにと申し付けられたもんだから……神殿愛からしても断れなかったのだ。
彼女はもうすぐ生徒会選挙に立候補する。
いくら選挙で当選することはできても、マリー・クレメンス理事長からの支援とか協力を得られないのでは、生徒会運営はままならない。
心証良くとは、誰でもこの場では打算の経理であるからして――
「ほら新城さんって、ここがラノベ部の部室です。あなた日本語に興味があって転校してきたんでしょ?」
「は~い♡」
と言うなり、左手を大きく挙手する新城・ジャンヌ・ダルク。
「これってジャパン流のキョシュですよね。神殿!」
「……ああっ」
なんで初対面数十分の外国人転校生に、呼び捨てに。
「あ~、今なんで自分を神殿って呼び捨てにって思いましたよね。これ日本人ジャパンあるある」
あはは……今度は神殿愛を指差し大笑いしながら。
それも失礼かと……。
「神殿! ヨーロッパでは親しい間柄は、名前で呼び合いますよ~。だから神殿でーす」
「あ……あのさ名前は愛だから――神殿って名字でして……」
「だから神殿も、私のことを新城って呼んでいいですよー!」
腹を抱えながら、なんだか大笑いしながら言っている。
「……じゃあ新城さん。部室に――ラノベ部に入りましょうか?」
なんだか吹っ切れない神殿愛ではあった。
「えー? 部室に入るんですか?? 私、気が引けな〜い」
「いやいや……。新城あなたが日本語に興味があるから、ラノベ部まであなたを引っ張ってきたじゃんかい!」
神殿愛、会心のツッコミをここで入れる。
しかし――
「ノンノン神殿! 引っ張ってきたんじゃんかいなんて日本語、よろしくありません遊ばせ~。ちゃんとした日本語を使ってくださーい。神殿リゾートンさん」
「……まあいいから、入りましょう」 (;一_一)
神殿愛は、一言で書くならば百歩譲った。
コンコンッ
ドアをノックして、ガラガラと扉を開けた。
「失礼します」
扉を開けながら神殿愛が言う。
すると――
「――ふふ、神殿愛さん。新城・ジャンヌ・ダルクさん。待っていましたよ」
出迎えてくれたのは、ラノベ部の顧問である大美和さくら先生だ。
「どうでした。新城・ジャンヌ・ダルクさん? 学園内を一通り見学して」
「はい、ミスさくら先生!! それはそれは、とっても美しい学園のガーデンでした。私感動ものですね。それに学園内の生徒達もガーデンでは無邪気な様子で、エンジョイでできている感あって、ほんとテンシー飯です!」
ヒョイと部室に入り神殿愛の前に出て、大美和さくら先生にそう言い放った新城・ジャンヌ・ダルク。
その勢いに圧倒されて、神殿愛が思わずよろめき袖へと追いやられた……。
「新城・ジャンヌ・ダルクさん。それを言うのなら天真爛漫ですよ。ふふっ」
大美和さくら先生は、国語教師らしい正当なるツッコミを――そしたら、
「はは、天真なんて……じゃなくって、それを言うなら天然じゃんか……」
クククッと笑いをこらえる、その――彼女。
「……なんですか?」
新城・ジャンヌ・ダルクが気になったその彼女――大美和さくら先生の隣の席に座っている。
「なんです?」
その席へと、新城・ジャンヌ・ダルクが急ぎ足な様子で歩んで行った。
「……おい、ガールさん!?」
うーん、何から何まで理路整然としない言い方であるからして、尊敬も謙譲も何も感じられない言葉の羅列だな。
フランス人だからしょうがないのか……。
「……おいガール。ついでに金髪」
新城・ジャンヌ・ダルクが言う!
「にゃ、なにさ?」
なにさって、自分で焚きつけておいて。
「……金髪なに?」
「……なにって」
「なに? 私にもうすぐこの学園に転向してくるかよ若きガールに、お前、何文句言いまくって、さも自分は上ですよー的な言い方で、自分はラノベ部の部員だから先輩ですから――あんた天然で、何軽々しく大美和さくら先生ティーチャーに軽口つっぱねてんのよって。今、思っていますよね? だったら訂正謝罪して、ついでに死んじゃいなじゃんか?」
――どうしてフランス人の君が、日本人でも滅多に言うことできないネイティブ日本語を知っているんだろう?
「にゃ?」
たじろぎ――ながらも、
「だから、あたしのことお前言うなって!!」
お約束のそのセリフだけは忘れないんだね。
「私の名前は新城・ジャンヌ・ダルクでーす」
胸前に左手を当てて言い放つ。
「だから、あなたも名乗りなさーい。これフランス騎士道の精神ですよ」
このラノベ部で騎士道を教えられても、別に決闘するわけじゃないしね。
「……あっ……あたぢは」
「ちょっと友花!」
「新子友花さん。仲良くしましょうか?」
神殿愛と大美和さくら先生が、もう言っちゃった。
そうです。この彼女はご名答のことだろうかと思います。
新子友花。
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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