第6話 ふふっ! 聖人ジャンヌさまは頑張りすぎたのよ!
「……どんぶらりん。どんぶらりん。川上から大きな…………」
「あははー(とほほ……)。あの……新子友花さん」
授業中である。
川上から大きな――フィヨルド渓谷に雪崩のごとく流れていく氷河……(作者も、とほほ……)
じゃないのだけれど、夏が来れば思い出す。北欧の氷河を冒険する、冒険者達の姿をテレビで。
涼しそうだな~って。いやいや、寒すぎるやろ!
「……新子友花さん。……それは、この前教会で行われた児童達への演劇『橙三郎』の台本の冒頭部分ですよねぇ」
「……はっ! ご……ごめんなさい、大美和さくら先生。……あたし、うっかりと」
国語の授業である。担当の先生は、勿論大美和さくら先生。
先生、授業を中断するかの勢いで、教壇から新子友花に大きな声でツッコミ……。
「……先生は、新子友花さんが教会に来る児童達のために、率先して啓蒙活動を行っていることは知ってます」
そして、すかさずフォローを入れる。
「あ……ありがとうございます。」
新子友花は先生に向かって深々とペコリした。
ちなみに、彼女の席は窓際の後ろから二番目。教壇に立っている大美和さくら先生との距離は、けっこう遠い。
「先生だけじゃなく、聖ジャンヌ・ブレアル学園の教職についている者は……、新子友花さんが…………」
大美和さくら先生、なんか凄く焦っている様子である。
「……とても、……その、とても一生懸命に学園の教えを守って、努力していることを……理解していますよ」
何故か? それは、今まさにクラスメイト20人全員の全視線が――彼女に集中しているからだ。
その視線の先にいるのは、当然、新子友花である。
……いつものお決まりの場面といえば、そうなのだけれど。
でも、先生からすれば、かなりのプレッシャーで、
『これ、イジメに発展しないよね? しないよね?? このクラスが私の若かりし頃の30人とか40人学級だったら、友達同士のグループも数個できるから、守ってくれる友達も幾人かできるのだけれど……令和の時代、少子化の時代に、この人数じゃ……孤立すること必至ですから!』
という大美和さくら先生の心の叫びが、新子友花へのフォローの言葉の間あいだに、焦りとして出てしまっているのだ。
「で……でもね。……今は国語の授業ですから。……国語の授業をしましょうね。新子友花さん」
フォローを貫徹しました。
「……はっ!?」
新子友花は気が付いた――タブレット使用の教科書、テキストブック。
自分が画面に表示させているアプリは、演劇『橙三郎』の台本であることを……。
「ご……ごごごごご……ごめんなさい。大美和さくら先生!!」
赤面し焦りこう言いながら、新子友花は慌ててアプリを終了――国語の教科書アプリのボタンを押した。
「新子友花さん、用意はできましたか?」
「……ははははは……ははいっ」
「では、着席してください。次の文章へ移行しますから」
「……はいっ!」
わわわっ……新子友花は新幹線のぞみの自由席の車両で、早くすわんないと! な慌て勢いのように着席する。
コホン。
大美和さくら先生、咳払いを一つしてから。
「ああ~たか子さん。どうしてあなたは、たか子さんなの?」
先生の朗読――
「いや、そんなこと言われても、私たか子だから……。そんなことよりも!」
いつも思うけれど、これ国語の教科書ですよね?
「……ああ、ともん君。どうして、あなたはともん君なの? いや……そんなこと言われても……」
左手でタブレットを持ちながら、右手を広げ窓の外に向けて大胆に伸ばして……傍から見ればBS夜の演歌歌手の熱唱である。
だから、これ授業ですよね??
「そんなお互いの家柄なんて、ふっとんじゃえ!!! 二人は手を取り合って……夜空の星々に誓ったのでした」
タブレットを両手で胸に抱えて――
「ここね! ここよ!! 先生は、ここが大好きなのよ!!」
と言うと、大美和さくら先生は深々と目を閉じちゃった。
見ると、目をウルウルさせている――
作者もわかるよ。その気持ちが……
(あの、よろしいですか? どさくさに紛れて、作者の願望を入れ過ぎないでください? あんた、物語の創作活動エンジョイしすぎでしょ?)
――担当編集からの苦情が届きました。
キーン コーン カーン……
――昼休み。
「どんぶらりん、どんぶらりんって物語ってさ!」
「正確には『橙三郎』だな……」
新子友花と忍海勇太、学園内の広々とした庭園のお決まりの場所、お決まりのベンチに腰掛けている。
「橙三郎を育てて、彼が魔女退治に行きます! って宣言しちゃったから周囲の人達は喜んで……蜜柑餅とか飼い猫・野良猿・フクロウとか揃えてさ……」
「正確には蜜柑団子に野良猫・野良犬・ミミズクだ……」
微妙にズレていた……。
「でもさ、結局、みんな橙三郎にお願いします、お願いしますって……無理難題をやっつけ仕事的に押し付けただけじゃない。自分たちには無理だからってさ!」
ブツクサ、ブツクサと文句たらたら新子友花――
コンビニの新作スイーツの『大和撫子橙風味の
ちなみにこのスイーツ、学園の近くのコンビニの新発売スイーツである。
「お前さ、口にスイーツ入れてる時は、ちゃんと食ってからしゃべろって……」
彼女の食い意地の悪さを横目で気にしながら、忍海勇太はというと――いつものおにぎり数個と微糖缶コーヒーのセットである。
食べ合わせ、大丈夫なの?
「――由緒正しき、伝統ある和製昔話を勘ぐるなって」
もぐもぐとスイーツを食べている新子友花を見ながら、忍海勇太は微糖缶コーヒーを一口。
「それにしても、お前のやけ食いは……橙三郎の魔女退治並みに強欲だな」
「んもー!! ちょっと勇太、意味がわかんない!」
真正面を向いてパクパクとスイーツを急ぎ飲み込んで、身体を左90度に向ける新子友花。
「……でもさ、わかんないなりに感じるから、なんか余計に腹が立つ例え方、止めてよね!」
「……へいへい」
横目で見ていた忍海勇太、今度は彼が視線を正面へ向けた。
「あと、何度もあたしのことさ! お前って言うなー!!」
お約束のツッコミの新子友花、言い終わるやプイっと顔を背けた。
――今日も花壇はしっかりと手入れされている。見ると、色鮮やかなの紫陽花が花を咲かせている。
季節は初夏を少し過ぎ、もうすぐ夏本番が来ます……というような気候である。
にもかかわらず、すでに梅雨も数日過ぎているのに、いまだ花々を咲かせている紫陽花を楽しめるのは、うらやましい聖ジャンヌ・ブレアル学園の庭園。
んで! その花壇の前、いつものベンチに、新子友花と忍海勇太が座っている。
新子友花は、すでに持参した弁当を食べ終わって、先に書いたコンビニのスイーツもご馳走様。
忍海勇太もコンビニで買ったおにぎりを食べ終わって、食後の微糖缶コーヒーを飲み終わり合掌。
食後にスイーツというのは、なんとも女子高生らしいと思ってしまうのは、作者が男性だからなのかな?
おにぎりとコーヒーという食い合わせはいつも疑問だけれど、そういうところが忍海勇太の『それくらいのこと、俺は気にしないから』という性格が見えている一面ではある。
「大体! 大美和さくら先生もさ! みんなの前で『演劇『橙三郎』の台本の冒頭部分ですよねぇ』って言わなくてもさ、あたし、みんなの笑い者になったし……」
新子友花は晴天の青空を見上げながら、足をブラ~んブラ~んと交互に前へ後ろへと動かした。
「誰も、お前のこと笑ってないって……」
同じく忍海勇太も晴天の青空を見上げて、彼女の羞恥心をオブラートも無く否定する。
「……お前さ、前から思っていたけどさ、自意識過剰なんじゃね?」
「じいしきかじょう? あたしが?」
新子友花が忍海勇太の顔を覗き込んだ。
「このあたしが? どうしてだわさ……?」
「だからお前……日本語おかしいって。それに、近いから少し離れろって!」
と忍海勇太に言われたので、条件反射で『んもー!!』
新子友花おきまりのポーズである。
……でも、それはベンチの上だったからいつも通りできなかった。ベンチに座っての不完全燃焼な気持ちの『んもー!!』だった。
――少しだけ、二人の間が空く。
「俺はお前。十分過ぎるくらい頑張っていると思ってる。思ってるというよりも、そう見えている」
「ほんと勇太!! どこら辺が? どこら辺がだわさ……?」
だから近いって、という感じを態度で見せるように、忍海勇太が少しだけ仰け反り、ベンチの端へと距離を取る。
「やっぱ、お前の日本語おかしい……ってばさ……」
「勇太の日本語だって変じゃない?」
「お前に言われたくない。今のは、わざと語尾をおかしくしたんだ!」
「……ところで、お前って言わないでだわさ!!」
「……………」
忍海勇太がじーっと新子友花を見る。
「今のはわざと語尾をおかしくしたろ?」
「……おかしかった? あたしの語尾?」
「お前、気が付いてないのか?」
彼、大きく肩の力が抜けた様子だ。
「……ふふっ」
「…………何がおかしい?」
「べっつに~!!」
顔を下に向けて、なんとか笑っている自分の顔を見せまいと、新子友花。
……であるけれど。
もうさ、肩まで揺らして笑っているから……はっきり言ってバレバレだぞ。
(えっ? 何がバレバレかって?)
~~ ~~ ~
――初夏の爽やかな風が、優しく吹いて二人を包んでいる。
二人が座っているベンチのすぐ隣に、青々と葉っぱが茂っている。
その葉っぱを付けている桜の木である。
初夏の風が葉っぱを揺らした。……揺れた葉っぱから木漏れ日が、二人をキラキラと照らしている。
「…………お前さっき、どんぶらりん、どんぶらりんの和製昔話の話をしてたよな」
「うん!」
新子友花の軽快な返事を聞くと、なんだか心配しすぎだったかな? と忍海勇太が肩の力を抜いて、
「その昔話の主人公の橙三郎って、お前の思うところの嫌々な気持ちで、魔女退治に行ったのかなって……」
落ち着いた口調で、彼女に聞いた。
「どゆこと?」
新子友花が上目で聞く。
「野良猫・野良犬・ミミズクには、魔女は倒せないだろ。主人公の橙三郎も、そこんところをしっかりとわかっていて……なんていうか責任感を持って、魔女退治に行ったんだと思う。俺は」
忍海勇太はその視線には合わせることなく、桜の木の青々と茂った葉っぱからの木漏れ日に目をやっている。
「せきにんかん……?」
少し右に首を傾げる新子友花――
その姿を、一瞬、忍海勇太がチラッと流し目して確認した。
「……だって、魔女を退治できるのは橙三郎しかいないんだから……やるしかないだろ。どんぶらりん、どんぶらりんって、川上から大きな橙で村に辿り着いて。お爺さんお婆さんに育ててもらって。……そんな状況で、自分にしかできないことがあるって気が付いたら――それは、恩返し的な思いでやるしかないんだってば……」
そう言うと、忍海勇太は目を細めた。
……見上げた先の、桜の葉っぱからの木漏れ日が、少し眩しかったようだ。
「それが……せきにんかん?」
「俺は、そう感じているだけだ」
新子友花は、しばらく自分の足元を見る――
「ねえ勇太?」
足元は見たままで。
「その……どんぶらりん、どんぶらりんの和製昔話と、あたしの十分過ぎるくらい頑張っている。ってのと、どう繋がるの?」
新子友花が忍海勇太に質問した。
彼女はベンチの端にいる彼に「よいっしょ……」と、お尻を擦り近寄った。
再び2人の距離が近付いた――
――忍海勇太は、彼女が近付いたことに対しては、今度は気にすることはなかった。
「この前、ラノベ部で先生が『ジャンヌ・ダルクの生涯』の伝記を読んで、お前、先生が指摘した箇所をしっかりと暗記していて、それをちゃんと言えたじゃないか?」
「……うん。だから?」
きょとんと……いまだ彼の心中がわからない新子友花。
「だからさ。わかりやすく言えば、橙三郎とジャンヌ・ダルクは、同じ境遇なんだってことが言いたいんだ」
「橙三郎と聖人ジャンヌ・ダルクさまが!?」
新子友花が少し眉をひそめた。ジャンヌ・ダルクというキーワード――新子友花が最も気に掛けている『救国の聖女』の名前であるから。
「ジャンヌ・ダルクも、みんなのために……自分にしかできないことをやったんだって、俺は思う」
すぐ隣に座っている新子友花に、顔を向け彼女の眼を見つめて言った。
「ふ~ん…………」
彼の言葉を聞いて、新子友花はブラブラと両足を交互に揺らして――
「でもさ、だから? それと、あたしの十分過ぎるくらい頑張っていると、どう繋がるの?」
どうやら……新子友花は、事自分に関しては鈍感なのだろう。
それを――世間では一心と言うのか、無心というのか。
ねえねえ、午後の授業って体育だよね? うん、確かラクロスだよ。
やった。次同じ授業になるねぇ! うん!!
でも、食後にラクロスってのもキツイよね~。 ほんとにね~。
でもさ、たぶんダイエットになるよ! うん、一緒にラクロスしてダイエットしよ!!
最近のコンビニってカロリーちょっと高くない?
うんうん、わかる気がする。
それとね……ゴニョゴニョ。
ええっ、男子って隣でサッカーするんだ。
男子の視線、エロすぎだよね~!!
だよね!!
~~ ~~ ~
再び初夏の風が、優しく二人を包み流れて行った。
ああ、そういえば……お昼休みも、もうすぐ終わりなんだっけ――
「なにが、あたしの青春を返してだ。……お前は十分に、今……この学園で“青春”しているじゃないか」
「あたしが……今……“青春”してる?」
「だから俺は、今のお前でいいと思っている」
「……あの勇太。どゆこと? あたしバカだからさ。勇太の言葉の意味が、いまいち理解がさ…………」
その時、初夏の風がちょい強く吹いてきて、新子友花に当たった。
新子友花の背中まで伸びている髪の毛がつられて流れて――自分の顔を隠そうとして。
両手で『うわっ……』慌てて抑える……。
「だから、自意識過剰なんだってお前は。お前は……授業についていけてなくて、どうしよう……どうしようって困っているけれど。だから、なんとかしようとラノベ部に入部して――」
「……………」
ギュッと両手で自分の髪の毛を抑え続けながら、新子友花は聞いている。
「……俺や他の生徒は、週一回の礼拝の時間にしか、教会なんて関わろうとしないのに。生徒の誰もが、聖ジャンヌ・ブレアル学園は進学校だからという理由で入学して、聖人ジャンヌ・ダルクを、誰も心の底から祈っている者は少ないのに」
視線を下げて話し続ける忍海勇太、だがその声はちょい強めの初夏の風で――よく聞こえない。
「そんな中でも、お前は教会に来る児童達のために、どんぶらりん、どんぶらりんの演劇に積極的に参加して啓蒙活動して…………」
(すごいよ、お前……)
忍海勇太は続ける。
「怖いものは何をどう足掻いても怖い。嫌いなものは結局、何を
「そういうお前を、俺は好きになりたい……」
と言い終わるや、彼は新子友花を見つめて微笑んだ。
「……まさか、勇太。それ告白のつもりなの?」
新子友花の顔は少し引き顔になった……。
「……さてと、授業の後半戦、行きますか!」
「ちょ、勇太って!!」
(勇太、ベンチから立ち上がって、そのまま……あたしを置いて行っちゃった……)
ベンチには、あたし一人。
――あたしは勇太の言っている意味が、いまいち……わからなかった。
あたしにとっては、どんぶらりん、どんぶらりんの演劇は、あたしなりに、とても楽しんで演じることができたし。ラノベ部だって、あたしが自分の国語の成績を上げるために、あたしが決断して入部した。
でも、それを勇太は自意識過剰って言った……
やっぱ、よくわかんない?
あたしって、どこがどう……頑張り過ぎなのかな??
――放課後。
授業も終わり、ここは聖ジャンヌ・ブレアル教会。
そして、いつもの最前列の長椅子に、いつものように新子友花が座って祈っていた。
両手を胸の前に組み、
「ああ、聖人ジャンヌ・ダルクさまは、火刑に処される前に仰りました」
目を閉じ、『聖人ジャンヌ・ダルクの生涯』の一節を小さな声で唱え。
「……民衆よ、よく聞いてください。あなた達は、この国の天変地異を魔女である私のせいにして、今はとても清々しいことでしょう。戦争の混乱も、治安の悪化も、政治の腐敗も……。何もかもを魔女である私のせいにして。しかし、その心の中では、自分達は魔女の畏怖に怯えただけなのだと……弁明したいのでしょう」
聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の下に、いくつかのキャンドルが灯されている。
その神秘的な光の揺らぎが、教会内を薄く照らしていて……朝のステンドグラスの太陽の光に照らされるそれとは、また違う神々しさを演出していた。
「……その通りです。故に、あなた達民衆は決して魔女には勝てません。私がこれから火刑に処されて、神の
うっすらと目を細めた新子友花、『聖人ジャンヌ・ダルクの生涯』の一節の最後――クライマックスの個所を少しだけ声を大きくして。
「そう! 永遠に、永遠に私には勝てないのです。あなた達は私が召されても……この国が平和になり、魔女が絶え魔法が消えたその後も。魔女の呪いに、これからも屈服する運命なのです。……さあ!」
――と後ろから、新子友花の祈りの言葉に被せる様に。
「さあ! 私を火刑台へ! そして、私を包む業火を、この民衆へと見せつけてやろう!! わが
(はっ!?)
自分が言おうとしていた祈りの言葉の個所。
それを後ろから、誰かが言ったものだから新子友花は驚いて、目をパッチリと開けて後ろを振り向いた!
――教会の扉は半開きで。
そこから夕方の日の光が、薄暗い教会の中へと差していて……それを背景にシルエットの人影が見える。
誰かが立っている。
その人物を凝視する新子友花。誰なのだろうと?
やがて……日の光が雲影へと入って、シルエットの人影が影を失い教会内のキャンドルの淡い光と同化してくる。
「やはり、ここにいたのですね! 友花さん……」
「……愛?」
そこに立っていたのは、神殿愛であった。
「ふふっ。私のことは、いつも呼び捨てなんだねー。まあ、私もあなたのことを、いつも友花って言ってるから
神殿愛は教会の半開きになった扉の、でっかいドアノブに肩肘を置きながら新子友花を笑った。
教会内は普段の大きさの声でも、結構響くから……これがまた、よく聞こえるんだな。
「先生がさ! もう部活始めますからって。だからさ、あらら? 部員がまだ1人来ていないわね~てさ! 友花!!」
「……もしかして、あたしを探して?」
「ええそうよ! ラノベ部副部長として、友花を探していたのですわっ」
「……げっ! 愛ってラノベ部の副部長なの?」
神殿愛が扉からスタスタと教会内へと歩いて来る。
「ええ! その通りですわ……」
――そして、新子友花が座っている教会の最前列の長椅子のところまで来て、
「当たり前でしょ? だって、友花が入部するまでは、勇太様と私のたった二人しか部員がいなかったのですから。勇太様が部長なのですから、自動的に私が副部長になるのは当然です」
「それにしても、友花って信心深いのですね……」
神殿愛は、新子友花とは対にある長椅子へと腰掛けて言った。
「友花って『聖人ジャンヌ・ダルクの生涯』の伝記、その一節を、それも重要箇所の一節をスラスラと暗唱できてしまうなんて。正直言って、私……友花のことを見直しましたわ……」
「……愛? あたしを見直したって、何を基準にして見直したの?」
新子友花、あんたと知り合ってから日数がそれほど経っていないのに何をどう見直したのか? これって単なる意地悪なのかどうか……気になった。
――キャンドルの光は揺れて。
「……さっ! 部室へ行きましょうか! 友花!!」
足早に神殿愛が立ち上がった。
それは、なんだか自分の照れ隠しのような……ちょっと本当のこと言いすぎちゃったかな? っていう。
「ちょっとさ、ごまかすなって愛!!」
すかさず新子友花はツッコむ。
「……さあさあ! みんな部室で待っていますよ!!」
と神殿愛が歩き出そうとした瞬間――ふと彼女、教会の扉の数メートル手前で立ち止まった。
すぐその後を、急ぎ足で追い掛けていた新子友花。立ち止まった神殿愛に「わわわっ!」背中に頭をぶつけて……同じく立ち止まる。
振り返る神殿愛――
「どうしたの? 愛??」
「……………いえ」
神殿愛の視線の先には……聖人ジャンヌ・ダルクさまの像。
「…………聖人ジャンヌさまは、一体どういう御気持ちで、神に召されて行ったのかなって、気になって……」
「……どういう、御気持ち?」
新子友花も振り返って同じく聖人ジャンヌ・ダルクさまの像を見つめた。
「――わずか19歳で亡くなった女性。戦場の英雄として敵と戦い、見方を鼓舞して戦争を勝利に御導きになられたけど……最後は魔女に堕とされて死んで行った女性。わずか19歳なのに……。彼女の死後に復権裁判が行われて、彼女の名誉は回復されて列聖なされたけれどね…………」
「うん、そうだよ。……愛? 何が言いたいの??」
新子友花が神殿愛に聞く。
「ふふっ! 聖人ジャンヌさまは頑張りすぎたのよ!!」
「さ、部室に行きましょうか……」
「……うん」
聖人ジャンヌさまの像は、何も言わずに2人を見つめていた――
「遅いぞ! 二人!!」
「お待たせしました。勇太様!!」
新子友花と神殿愛、いそいそと二人が自分の席に座った。
「新子友花さん、どこに行ってたのですか? 心配していましたよ」
大美和さくら先生が、隣に座った新子友花に聞いた。
ラノベ部の部室に、新子友花、忍海勇太、神殿愛、そして顧問の大美和さくら先生の四人が揃った――
「先生、あの……ちょっと一人で、考えたいことがあったので…………すみません」
新子友花は着席したまま先生の方を向いて、深く頭を下げる。
「何を考えていたんだ、お前?」
すかさず忍海勇太が聞く。
「いいじゃない! ほっといてよ、勇太。……あと、お前言うなって!!」
と言いながら、新子友花は何やらニヤニヤと表情を緩めている。
その表情を大美和さくら先生は見る。――先生は彼女の顔を見て、何を聞くこともなく。
「……じゃあ、早速始めましょうか!」
本日のラノベ部の活動を始めることにした。
「皆さん! もうすぐ期末テストも近いですね? 先生も国語教師として、皆さんにテストでより良い成績を取ってもらいたいので、先生も気合を入れていきますね!」
大美和さくら先生、一人ひとりの部員の顔を見つめながら。
「だから、このラノベ部の活動でも、先生はね、しっかりと読解力が付き、人物情景をイメージできるように指導していきますから……皆さんも頑張って先生についてきてくださいね! ふふっ♡」
とびっきりの愛情満点な笑顔で、新子友花、忍海勇太、神殿愛の三人にそれぞれ微笑んだ。
そしたらね……
ズサーーー
椅子を後ろへと引きずって、新子友花が勢いよく立ち上がったのである。
「大美和さくら先生……。今、なんと仰いました?」
「……先生も気合を入れていきますね! ですか??」
なんだか、『どんぶらりん。どんぶらりん』で、大美和さくら先生に、それじゃありませんよって言われた時の彼女の焦った表情を、今度は先生が見せている。
「その前です!!」
「……もうすぐ期末テストも近いですね?」
「はい、そこです! 先生!!」
新子友花が勢いよく右手を垂直にピンッと……じゃなくて、右手の人差し指を大美和さくら先生に指さした。
(君……先生に失礼ですよ!)
「あははっ……。期末テストが、どうかしましたか? 新子友花さん??」
「そこ! 先生!! 試験に出るから、しっかりと覚えておくように!!」
「んも……。お前、意味がわからん」
と言ったのは忍海勇太である。ちょっと呆れ顔で、ヤレヤレ感丸出しで……。
続く
この物語はジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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