漂う幻影

浅川

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 とある駅の東口前にある広場で抱き合う二人。時に見る者をイラっとさせる、人目を憚らずイチャイチャするカップルかと思いきやその様子はそれとは異なっていた。包み込んでいるのは女性、男性の方は母親に縋る子供のようにしがみ付いていた。男のくせに情けない、そんな不満はないようだ。その女性は女神のような表情でそれを受け入れた。



「……あっ、ごめん」


 我に返ったように素早く言葉を発して、ようやく離した磯村恭一郎いそむら きょういちろうは俯くが二人の距離はそれでもまだ互いの前髪が触れそうなくらい近い。自分がしてしまった行為を自覚して、徐々に恥ずかしさ、いや、それよりも罪悪感のようなものが込み上げてくる。それを伊藤碧いとうあおいは一瞬の戸惑いはあったかもしれないが直ぐにそれが当たり前のように受け止めてくれた。これが意味する事は。頭がクラクラする磯村は一旦、落ち着きたかった。彼女を目の前にしているとそれはできない。伊藤に背を向けて無言で立ち去ろうとした、悪いとは思いつつ何も言う気にはなれなかった……。


「あのっ。私は大丈夫ですよ。勘違いしないでください、急な出来事で頭が真っ白になったからとかそんなんじゃありません」

 そう呼び止められて振り向く、伊藤は何を言っているのか。いや、磯村はなんとなく頭はこんな状態でも察しはついている。彼女の方が勘違いしているのだが無理もなかった。これで「いや、今のは……」と言う勇気はない。

「えっ、いいんだ?」

 小刻みに2、3回、伊藤は頷く。まるで夢が叶うような期待に満ちた顔をしている。その心臓の鼓動の速さは計り知れない。その表情を見て磯村はなぜだか言わなければらならいという衝動に駆られた、もうその言葉を止める事はできない。

「伊藤さんの事は初めて見た時から綺麗だなとは思ってた。まぁ、でもきっと手の届かない存在なんだろうな〜と思ってたんだけど」

「そんなっ。私こそまさか磯村さんのような素敵な人がバイト先に居て、あぁ、こんな人と付き合いたいなと思っていました」

 こう言われてもまだ信じられなかった。今まで磯村の方から好いた女性と付き合う事ができた例はない。いつも叶わない、時にはこの想いさえ告げるチャンスもなく、あっけなく散っていく。思わずふふっと笑ってしまう。

「(やっぱり俺の恋って上手くいかないな〜)」

 再び伊藤に近づく磯村。真っ直ぐに誰かを好きになる様は外見にも表れている。きっと自分の軸というものを高校生にして既に持っているのだろう。彼女はきっと何か大きな夢を持ってそれに向かって駆け出していくはずだ。

 まだ彼女には触れずじっと見つめてるとニヤニヤしながら、恥ずかしさそうにやや目線を下ろす伊藤。その目線を上げようと顎を親指と人差し指でつまむように持ち動かした。伊藤の視線をこちらに固定した。その瞳は畏敬とも取れた。大丈夫だと判断した。ゆっくりと近づき、頬? いや、なぜそこで遠慮する。唇と唇を、伊藤に口づけをしたのであった。



「(さよなら……)」

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