更須守虎はかく闘いき

平中なごん

一 スイテンの虎

 東京・日本橋は蛎殻かきがら町に鎮座する水天宮の門前に、古くからある老舗のだんご屋「ししや」。


 今日も今日とて、この水天宮名物の昔から変わらぬ味を守り続けているだんご屋は大盛況である……。


「――いらっしゃいませ~! はい、みたらしとあんこ10本づつね」


いつものことながら、そんな大勢の客達で溢れる古い木造の店舗に溌剌とした声を響かせ、ししやの看板娘・更須波斯花さらすはるかは休む間もなくかいがいしく働いている。


 三角巾と割烹着がよく似合う黒髪の和風美人であり、江戸っ子気質かたぎで明るい性格の彼女もまた、この店の人気を支えている一つの要因といえよう。


 しかし、ここ最近はどうにも客層がこれまでと少し違ってきていた……。


「なんだ、この甘ったりいだんごは!? こんなもん酒の肴になると思ってんのか!」


「もっと塩っ辛いあんこを使えってんだ! みたらしも砂糖じゃなく塩を入れろ! 塩を!」


 突然、店内でだんごを食べていた二人連れの中年男性客が、怒号をあげてクレームをつけてきたのである。


 しかも、言ってることがもう滅茶苦茶だ。二人とも真っ赤な顔をして酒の匂いをぷんぷんさせているが、店に入って来た時からどうやらそうとうに出来上がっていたらしい。


「お客さん、だんごが甘いのは当然だよ? それに塩分とりすぎはよくないよ? だいぶお酒が入ってるようだし、お代はいいから今日は早いとこ家に帰って休みなよ」


 さすがは看板娘。そんな酔っ払いの扱いにも慣れたもので、話を合わせてうまい返しをすると、丁重にお引き取り願うよう、角が立たない言い方で促す。


「なんだ、客に対してその態度は! だんご屋が生意気だぞ!」


「おう、よく見りゃ姉ちゃん、カワイ子ちゃんじゃねえか。んな、甘ったりぃだんごなんか放っといて、俺達にお酌してくれよ」


 だが、彼らの悪酔いぶりはそれをはるかに凌駕していた。まったく聞き耳を持たないどころかさらに難癖をつけ、しまいには彼女の白魚のような手を握りしめると酌まで強要しようとする。

 無論、店のメニューにお酒はないので、サービスで出しているお茶の茶碗を手にしてである。


「や、やめてくださいな、お客さん。うちはそういうお店じゃないんで他所よそ行っておくれよ」


「んな、つれねえこと言わずにちょっとつきあえよ~ウェヘヘヘ…」


「それとも、もっと楽しいことしに一緒に他所行ってもいいんだぜ~へへへへへ…」


 眉間に皺を寄せて露骨に嫌がる波斯花が、酔っ払い二人はますます強引に、席を立つと彼女を両側から挟み、肩に手を回してセクハラ行為までしてくる。


「ちょ、ちょっと、お客さん、やめてください!」


「け、警察呼びますよ!」


「ああん? んだ。コラ? てめえ何様だ?」


 その様子に見かねた店主夫婦も慌てて調理場から飛び出して来るが、腰の退けている夫婦に対して逆に男達はメンチを切って凄む。


「警察だあ? ああ、呼べよ。呼べるもんなら呼んでみやがれっ!」


「あひっ…!」


 そればかりか、震える店主にヤンキーの如く猫背の姿勢でつかつかと歩み寄り、拳を大きく振り上げていきなり殴りかかろうとしたその時。


「おうおう兄さん、ちょっとおいた・・・がすぎやしねえかい?」


 背後からその腕をぐっと掴み、万力のように強い力でそれを止める者がいた。


「ぐっ……な、なんだ、てめえは!?」


 ビクともしない腕を宙に止めたまま、驚いた酔っ払いは後を振り返る。


 するとそこには、少々風変わりな装いをした若い男が一人、にやにやと場違いな笑顔を浮かべて立っていた。


 ベージュ地に格子縞のジャケットとパンツ、同じ系統色のソフト帽をかぶり、ジャケットの下には白のラクダシャツ・・・・・・を着て腹巻までしている


 20代そこそこの年齢には不似合いなファッションセンスをした、なんだかカタギの仕事をしているようにも見えない青年だ。


「てめえ、ケンカ売ってんのか!」


「俺達にケンカ売るたあ、いい度胸してんじゃねえか!」


「兄さん方、ここじゃあ他のお客さま達のご迷惑だ。ちょいと表へ出ようじゃありませんか」


 掴まれた腕を払いのけ、今度はその青年に凄む酔っ払い達であるが、彼は相変わらず飄々とした態度で二人を店の外へと誘う。


「フン! おもしれえ、ケンカの仕方ってやつを教えてやらあ」


「後で泣きごと言っても知らねえからな」、


 くるりと踵を返し、肩で風を切りながら先に出た青年を追いかけ、歴史を感じさせる暖簾の外へと酔っ払い二人も消えてゆく……と、ほどなくして、ドカッ! バキッ! という人間を殴る鈍い音が微かに聞こえてきたかと思うと……。


「ち、ちきしょうっ!」


「お、おぼえてやがれっ!」


 お約束のパターン通り、酔っ払い達は負け惜しみを口にしながら、ほうほうのていで逃げって行くようだった。


「お嬢さん、大丈夫だったかい? なあに、俺はいらねえよ。男として当然のことをしたまでさ」


 やがて、再び暖簾をくぐっておとこを気取りながら、ドヤ顔の青年で店内へ戻って来る。


 しかし……。


「バカ! お客さんになにケンカ売ってんの! 久しぶりに帰って来たと思ったらもうこの始末なんだから!」


 助けたお礼を言われるかと思いきや、波斯花は青年の肩の辺りをバシリ! と叩くと、ひどく眉根を寄せて声を荒げる。


「痛っ! なにすんだよ、波斯花? それが久方ぶりに再会する愛しいお兄さまに対する態度かい?」


「なにが〝愛するお兄さま〟だ。大事な妹に心配ばっかかけやがって、このトウヘンボク」


「そうだよ。フウテン・・・・のろくでなしがどの面下げて言ってんだい」


 また、その様子を傍から見ていた店主夫婦も、なぜか怖い顔をして青年に文句を投げつける。


「なんだとこのやろう! ったく。困ってるとこを助けてやったってのに、なんて言い草かねえ。こんな礼儀も知らないクソ店主とその古狸みてえな女房がやってんじゃ、この伝統あるししやももうおしめえだな、こりゃ」


 すると、売り言葉に買い言葉。青年も一転して眼を吊りげると、店中に響く大声で夫婦に嫌味を言い返してみせる。


「なんだとお! てめえがフラフラしてるから、代わりに俺達と波斯花でこの店を守ってんじゃねえか! いくら甥っ子だからって承知しねえぞ!」


「そうだよ! 言っていいこと悪いことがあるよ!」


「ああもう! どっちもどっちよ! お客さんに迷惑だから、ケンカするなら他所でやってよ!」


 さらに言い返して言葉の応酬を始める三人を見かね、とうとう波斯花まで声を荒げると、喧嘩両成敗とばかりに彼らを叱りつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る