第82話 国境突破戦と、面接の用意

 国境線を超える時は、ちょっとした騒ぎになった。

 いや、大騒ぎと言っていいだろう。


 ガルグイユに隠れ住んでいた全てのケンタウロスが、ダークアイに向けて総突撃したのである。

 これほどの規模で国境を抜けていく者など、騎士王国の歴史にもありはしなかった。


「と、止めろー!! この魔族どもがダークアイに加わるのを阻止せよー!!」


 慌てて、騎士団が駆け出してくる。

 騎士王国はこれに、旋風騎士団を投入した。

 虎の子の四騎士団の一つである。


 それに対抗して、ダークアイは秘密兵器の使用を決断する。


「よっし、サイクちん、行っちゃえ!」


『我輩に命令できるのはルーザックのみだが、良かろう! 我輩もちょうどこの肉体の威力を試したいとおもっていたのだ! 行くぞぉ!』


 ふわりと舞い上がる、巨大な鉄塊。

 かつての戦いで、目玉戦車と呼ばれていたそれは、鋼の翼を生やして空を飛ぶ。


「な、なんだあれは!?」


 旋風騎士団長ヒューガは驚愕した。

 馬が引く戦車と比べても、その十台ぶんはあろう。

 そんな巨大な鉄の塊が三つ、空を飛びながら向かってくるのである。


「撃ち落せーっ!! 烈風射撃の陣!!」


 ヒューガが指揮するのは、旋風騎士団オリジナルの陣形である。

 風を纏い、放つ矢の速度と威力を倍加させる。


 放たれた矢は、風を切り裂く鋭い音を立てながら、飛来する標的に炸裂する。

 しかし。


 鉄塊の表面を傷つけはしても、突き刺さることはない。

 もともと、矢とは上空に向けて放たれても、弧を描いて落ちていくものである。


 飛翔する鉄塊はそれを計算して、絶妙な高度を飛んでいるようであった。


『行くぞ! 目玉戦車、右手戦車、左手戦車、合体だ!』


 三つの鉄塊が空中で組み合わさる!

 それは、上に鎮座する巨大な眼球を頭とした、不気味な形の怪鳥に見えた。


「化け物め!! 烈風投石の陣!!」


 今度は投石機がやって来た。

 これに陣形の威力を加え、攻撃しようというのである。

 だが、それを黙って見ている怪鳥ではない。


『馬鹿め! こちらは既に戦闘形態よ! そおれ!!』


 怪鳥がその速度を上げた。

 さきほど、ゆったり空を飛んでいた鉄塊のそれとは段違いである。


 一瞬で旋風騎士団の頭上を通過すると、そこに搭載していた兵器を投下していった。

 それらは、劣悪な部品で作られた不安定な動力炉である。

 それが落下の衝撃で、次々と爆発を起こす。


 あちこちで悲鳴が上がった。


『ふうむ! この速度、そして硬さ! 申し分ない! 我輩の魔力の大部分がこいつの運用に割かれるのが弱点だがな! 魔眼光が使えぬぶん、工夫で補うしかあるまいよ。まさに、ダークアイらしいとも言えような! がはははは!! ほれ、ルーザック! 我輩がこいつらを引きつけよう! 貴様は新たな同胞を導け!』


 目玉戦車改め、サイクの新たな力の名を、目玉爆撃機。


 そしてこれと同時に、魔猪騎士団が国境線にて他の騎士たちと交戦していた。


「フォーメーション、ブーッ!!」


「ブーッ!!」


 さらに洗練された盾の陣形は、四騎士団ならぬ騎士では打ち破ることがかなわない。

 文字通りの鉄壁となった彼らは、じりじりと国境線を押し込んでいく。


 彼らの活躍で、ガルグイユはケンタウロスに構うどころではなくなった。

 実戦経験に乏しい騎士王国では、複数の目的をこなす作戦行動は困難だったのである。


 結果、見事に国境線を駆け抜けた高速戦車とケンタウロス達。

 ただ走るだけで、攻撃をしてこない彼らの脅威度は低く、結果的に見逃さざるを得なくなった形だ。


「素晴らしい成果だ、諸君! そしてダークアイは今、新たなる同胞を得た! 今回の戦いは我々の勝利だ!」


 高速戦車が、戦場を走る。

 ルーザックの言葉が拡声されて響き渡った。


「目的は達成した! 撤退! 撤退せよ諸君! 国境線は放棄する! 撤退せよ!」


『おう!』


「ブーッ!」


 目玉爆撃機がターンし、ダークアイ側へと帰っていく。

 魔猪騎士団もまた、陣形を維持したまま素早く後退を開始した。


「魔族どもが下がっていく!? 今だ! 押し込め!!」


 ヒューガの命令に従い、旋風騎士団が攻め寄せた。

 国境線に設けられていた、ダークアイの陣地は既に放棄されている。

 詰めていたゴブリンたちの姿もなかった。


 故に、騎士王国は拍子抜けするほど簡単に、押し込まれていた国境線を元の位置へと回復することができたのである。



「解せぬな。あいつら、どうして簡単に陣地を放棄したんだ。それにあいつらが連れてきていた魔族、あれはおとぎ話で読んだケンタウロスか? まだ生きていたのだな」


 ヒューガは呟いた。

 彼には、事の全容を見通すような目は無かったのである。





 黒瞳王、帰還す。

 この報はダークアイ全体に広まった。

 しかも、新たな魔族を引き連れてである。


 半人半馬の魔族、ケンタウロス。

 頑健な人間の上半身と、戦馬にも匹敵する馬の下半身を持った種族。

 風の魔法を行使することで空気抵抗を殺し、圧倒的な速度での吶喊、突撃を得意とする。


「これでダークアイに、全てを貫く矛、攻撃を弾く盾、そして何よりも早く相手にたどり着く足が揃ったことになる。攻撃面では万全だったが、守りと機動力をガルグイユ国内から調達できたことは大きい」


 いよいよ揃い始めた、魔族の軍勢。

 その陣容を図面に起こしたルーザック。


 これを持ち上げて透かし見、ほう、とため息をついた。


「最初はゴブリンだけだった我軍が、ここまで大きくなってきたか……。感慨深いなあ」


「そうだねー。綱渡りしまくって、よくここまで来たもんだよ。ルーちんは頑張った。偉い偉い」


「うむ。かなり頑張った気がする。だが、恐らくこの辺りでやっと折り返しというところだろうな」


「ほうほう、まだ止まる気はない」


「当然だ。魔神氏が私に依頼した仕事はようやく半分というところだろう。それに七王はまだ五名も残っている。打倒できた二名はどちらかというと非戦闘系。これも運が良かったな。今ならば、戦闘系である残りとも戦うことが可能だろう」


「時は来た! ってかんじ? んで、ルーちん。お願いされた通り、魔神さんに連絡しといたけどさ。どうすんの?」


「ありがとう。これで、作戦は次なる段階に移行できる。ケンタウロスの訓練はディオースとセーラに任せておけばいいだろう。彼らも、私のやり方を見て、学んで、再現することができるはずだ」


「うんうん。つまりこれから、あたしらは分かりやすいお仕事じゃない仕事をすることになるのね?」


「そういうことだ」


 この部屋にいるのは、ルーザックとアリーシャの二人。

 彼らの目の前で、空間に穴が空いた。


 そこは窓のようになっており、ガラリと開いた。


『やあ、お待たせしたね、二人の黒瞳王。準備は整ったよ』


 現れたのは、三つ目に角の生えた、青い肌の男だった。

 ルーザックが初めて出会ったときよりも、肌艶が青々としている。


「魔神氏、血色が良さそうですね」


『おかげさまでね。君が支配する地域から私へ注ぎ込まれる信仰心が、力を取り戻してくれているよ。だから、君が依頼してきたこれもなんとかやれそうだ』


 魔神が、ポンと彼の座す机を叩いた。

 すると、周囲の光景が一変する。


 そこは、光りに包まれた部屋だ。

 魔神の机と、横に並べられた即席の机がある。


 その対面には、椅子があった。


「目星は付きましたか」


『ああ。世界を憎み、今にも死んでしまいそうな人間の魂だ。一つ見つかったよ。だが、いくら力が戻ったとは言え、私にはそれを黒瞳王にするような力はもう無いぞ? どうするつもりだね』


「面接をします」


『ほう』


「はい?」


「その人物の面接を行い、人となりを見極め、適正であればダークアイへとリクルートします」


 ケンタウロスが、武力を司る表の人材ならば、ルーザックが面接しようとするのは裏の人材。

 この面接、ダークアイにとっても真剣勝負となるのである。

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