第64話 鋼鉄王の落日

 鋼鉄王が誇る、最強のメイドゴーレムは五体。

 王国ナンバー2である侍従長、ミオネルを筆頭に、近接、狙撃、砲撃、殲滅とそれぞれに特化した存在だ。


「僕の鋼鉄王国が、どれだけ奴らの先を行っているのかを思い知らせてやれ。……言っておくが、冷静にな、冷静に」


 鋼鉄王ゲンナーが、五人に向けて言う。

 この場で、一番冷静なのは彼だった。


『はい、ご主人様。鋼鉄王陛下を差し置いて、真の鋼鉄などと妄言を放つ無知蒙昧な輩を、我ら五人が跡形も残らぬほど始末して参りましょう』


 ミオネルが答える声は、ごく落ち着いたものだった。

 その言葉の中身が全く落ち着いていない。

 五人の背後から、ゆらゆらと怒りのオーラが立ち上っていた。


「あ、ああ。頼むぞ」


 ゲンナーはそれだけ口にすると、戦場最奥に設置された彼の椅子に座した。

 開発者であり、錬金術師である鋼鉄王。

 彼は、一切の戦う術を持たない。

 ゲンナーにとっての戦いとは、作品を生み出した時点で終わっているのである。


「さあ、正念場だ。この僕の作品を相手に、お前の工業製品がどこまでやりあえるのか。僕にすら勝てないようならば、魔族の世界はこれで終わりだ。どう来る、黒瞳王」






「と言うように、五人の姉がおります。特に、筆頭であるミオネルは万能型。極めて厄介です。狙撃型には、わたくしが対応しましょう」


 玉座戦車の直上、セーラが魔王軍の幹部を集めて説明をしている。


「んじゃ、あたしが近接ってのとやるね」


「砲撃か。ならば、ダークエルフの魔法で仕留めてやろう」


「ああ。私と兄とで、格の違いを見せてやる!」


「ふむ、それでは……」


 アリーシャ、ディオースとピスティル、彼らに続いて声を上げたのは、オーガの長であるグローンだった。

 頑なにゴーレムアーマーの使用をしなかった彼が、今は漆黒の鎧に身を包んでいる。


「殲滅型とやらは、わしが直々に相手をしよう。いつまでも、若い者ばかりに任せてはおけんからな。わしも好き勝手は言っておられぬ」


 グローンが纏うゴーレムアーマーはサイズを除けば、彼の眷属が身につけたそれと大きくは変わらない。

 ただ一つの差異は、許容できる魔力量が遥かに大きいことだ。

 オーガ一族の長であるグローンは、一般的なオーガよりも大量の魔力を有している。

 それを十全に活かし、およそ通常型鋼鉄兵の、三倍の出力を発揮するのだ。

 最大出力状態のグローンは、アーマーの全身が魔力によって真紅に染まる。


「ンー」


 ジュギィが首を傾げた。


「ジュギィは?」


『ジュギィはミオネル担当だな』


 ルーザックが配置を決定した。


「いいの? それってメイドさんで一番強い人でしょ。ルーザックサマじゃなくていいの?」


 これに、ディオースが分かりやすい説明をしてくれる。


「いいか、ジュギィ。本来であれば、国家の元首であるルーザック殿が戦場に出ること事態、あってはならぬことなのだ。何せ、我ら魔族は彼を失えば、たちまち人間どもと戦うための頭脳を失うのだ。しかし、今までは我らの力が足りず、ルーザック殿の手をお借りしていた」


「ふんふん。じゃあ、今はだいじょうぶ?」


「うむ。私がドワーフに特注した、ゴキちゃんMkⅢ……。それをジュギィに配備した。さらに、精霊魔法の腕も上げていると聞いているぞ」


 ルーザックの説明で、ジュギィは目を輝かせた。


「うん! ジュギィは強くなった!」


『よーしよし。ならば向こうの侍従長にも勝てる。絶対に勝てる』


「うん! 勝つ!」


 そして、玉座戦車が出撃する。

 ルーザックを玉座に設置したまま、巨大な車体が戦場を一直線に駆け抜けていった。

 迎え撃つのは、鋼鉄王最強の配下五名。


『いてっ』


 早速狙撃され、ルーザックに当たった。


「ご主人様、かなり頑丈に作られてましたよね。そこでまとをなさっていて下さい」


『うちのメイドは厳しいなあ……』


 黒い魔剣を構えながら、ルーザックは的に徹底する。

 時折、狙撃の他にも戦車の周囲に爆煙が上がる。

 これは、砲撃タイプによる遠距離攻撃だ。


「“精霊魔法、召喚・シルフ”」


「“精霊魔法、召喚・ルドラ”」


 ディオースとピスティルの兄妹が、共に風の精霊を召喚する。

 精霊は、地を巻き上げながら、砲撃型メイドに突き進んでいった。

 迎え撃つ、メイドゴーレムの砲。

 戦場の只中で、爆発が起こる。


「おーおー、やってるやってる。じゃあ、あたしも行ってくるね」


 玉座戦車から身を乗り出して、望遠鏡を覗き込んでいたアリーシャ。

 そう言うなり、パッと姿を消した。

 捕捉した目標目掛けて、瞬間移動をしたのだ。

 次いで、戦車の前方が展開し、レールが真っ直ぐに伸びた。


『では、参る! 我が名はグローン、オーガの長なり! 雑魚ども、道を開けよ!!』


 レールが、グローンの魔力によって光り輝く。

 魔力はゴーレムアーマーをふわりと浮かせ、それを前方に向けて加速していく。

 射出。

 漆黒の大型ゴーレムアーマーが、空を飛んだ。

 眼下にて迎え撃つのは、一体のメイドゴーレム。

 その胴体を専用のユニットに埋め込み、大型ゴーレムと一体になった個体だ。

 殲滅型メイドゴーレム。

 広範囲への射撃に爆撃、近接には全身に内蔵された隠し腕による武器攻撃を得意とする、ワンマンアーミー。


『接近するゴーレムアーマーあり。反応、既存のものと差異。魔力量、通常のタイプの三倍……!!』


『お前が、わしの相手か!』


 グローンが、殲滅型の眼の前に着地した。

 オーガが身に纏っているとは言え、その大きさは通常のものよりもなお大きい。

 殲滅型と、上背で競るそのサイズは、間違いなくこの戦場で最大クラスだった。

 グローンの腕から、魔力を帯びて輝く巨大な爪が、両肩から魔力によって撃ち出される砲が展開される。

 対する殲滅型は、全身の隠し腕と砲を前方へ。

 正面対決だ。

 至近距離で砲が炸裂する爆発音。

 そして、金属と金属が打ち合わされる甲高い音。

 グローンと殲滅型の周囲数メートルは、死の領域と化す。

 何者も、侵入してくる事ができない。


 そこからさらに奥まった場所で、もう一つの戦いが行われている。

 それは、突然飛来した黒髪の少女と、メイドゴーレム近接型との勝負。

 しかし、そこは拮抗にはほど遠い空間。


『捕捉……困難ッ……!!』


「そうねえ。あたし、武器がこの瞬間移動しかないじゃん?」


 黒髪の少女、アリーシャは、登場と同時に装備していたナイフを近接型に叩き込む。

 近接型は、内蔵していた刃物を展開し、アリーシャへと突き出した。

 だが、その時には既にアリーシャの姿が無い。

 出現場所は、近接型の頭上。

 そこからさらに、ナイフを突き込んでくる。

 ギリギリというところで、それを防御する近接型。

 だが、アリーシャはまた移動している。

 背後、攻撃。

 移動、側方、攻撃。

 移動、前方、攻撃。

 移動、距離をとって投擲。

 移動、跳ね返ったナイフを回収。

 超高速での、瞬間移動を絡めた攻撃のループ。

 魔法を使うことは出来ないが、内包した絶大な魔力の全てを瞬間移動に注ぎ込んでいるのが、元黒瞳王、アリーシャという少女だった。

 この瞬間移動には、始まりにも出現にも、一切の魔力的な痕跡がない。

 唐突に消えて唐突に現れる。

 そのため、出現場所の予測は困難。


「普段はルーちんのお世話してるからしっかりしてるけど、あたしって基本的に気まぐれなんだよね。だから、まあ出てくるところも適当」


 切り飛ばした近接型の刃を、空中に瞬間移動してキャッチしたアリーシャ、そう呟きながら、足元の敵を見下ろす。


「ってことで、サクサク終わらせるよ!」





 メイドゴーレムを統率する侍従長、ミオネルは冷静に戦場を観察していた。

 そして、近接型が危機的な状況にあることを察知する。


『黒瞳王と共に移動してきた、跳躍能力を持つ魔族。あれは別格の強さですね。近接型のみでは、相対は不利でしょうか』


 ミオネルが、近接型とアリーシャの戦闘領域へと動き出す。

 スカートの下で、戦闘用の履帯がキュラキュラと音を立てた。

 その動きがピタリと止まる。

 眼前に立っているのは、小柄な影。


『いつの間に出現したのでしょうか』


「今! ジュギィ、勝つために来た」


『……確認。ゴブリン……? ゴブリンが、この私とやり合うと?』


「うん!」


『……。排除します』


 ミオネルのスカートが展開する。

 出現したのは、小型のガトリングガン。

 それがジュギィを狙い、連続射撃を開始する。

 例え避けようとしても、ミオネルの目はそれを追尾し、射撃を確実に当ててくる。

 だが、ジュギィの動きはメイドの予想を超えていた。

 突然地面に腹ばいになると、そのまま猛烈な速度で前進し始めたのだ。


『!? 下方に、扁平な小型ゴーレム!?』


 ゴキちゃんMk3に掴まったジュギィが、超高速でミオネルに肉薄する。


『ですが、甘いです』


 ミオネルの腕が変形した。そこに出現するのは、射出式の短槍。

 これで、後退しながらの足元目掛けて一撃。


「ちゃっ!」


 ジュギィが息を鋭く吐き出す。

 彼女の周囲に、不可視の力場が生まれる。

 それは、小精霊スプライトの顕現だ。

 これが、ゴキちゃんMk3を両脇から跳ね上げた。

 ゴキちゃんはスプライトの上を疾走し、突き出された槍の上に乗った。


『なんと!?』


 さらにゴキちゃんから分離して跳躍するジュギィ。

 手にしているのは、小型の魔力砲。

 空中をくるくると回転しながら、ミオネル目掛けての連続射撃。


『くあぁっ!!』


 袖をかざし、この攻撃を弾くミオネル。

 ガトリングガンが、空中に射撃を始めた。

 さらに、ミオネルのスカートの別の箇所が開き、クロスボウが出現する。

 これが、ジュギィの着地予測箇所に狙いを定め……。


「ゴキちゃん!!」


 ジュギィの召喚に応えて、ゴキちゃんMk3が羽を広げた。

 これによって、空中で自らの軌道を変える。

 空の上にいるジュギィを、一瞬で回収。


「“召喚・スプライト”!」


 呼び出されたスプライトが、空中での足場になった。

 落下するはずだったジュギィとゴキちゃんが、空を走る。

 予測不能の軌道に、ミオネルの射撃は空を切った。


『何ですか、これは……! 何者ですか! 事前に観察されていなかった存在……! ゴブリン如きが、このメイドゴーレムに!』


「ジュギィはゴブリンだけど、ゴブリンじゃなくなってきてるって、みんな言ってた!」


 魔力砲が、ミオネルに撃ち込まれる。


『くっ、また……! だが、攻撃手段が一人だけならば、問題は』


 ジュギィに注意を向けるミオネル。

 その側方で、疾走するゴキちゃんの頭部が展開した。

 せり上がる、超小型回転砲塔、ガトリングガン。

 ジュギィと、超至近距離での魔力バイパスで繋がるこの小型ゴーレムは、供給される大量の魔力により、通常のメイドゴーレムを凌ぐ程の兵装行使を可能とする。


『それは、妹達の……!!』


 気付いた時には、既に遅かった。

 無防備なミオネルに向けて、ガトリングガンが火を噴く。

 それは、鋼鉄王が生産した、メイドゴーレム正式装備の代物だ。

 その火力は折り紙付き。

 ミオネルの体が、連続される射撃によって穿たれていく。


『ご主人様! ご主人様! 私は、こんな所で倒れるわけには……!!』


 ミオネルの目の色が変わる。


『ご主人様の障害となるものを、排除せねば……! この、仮初の命を賭して……!!』


「にゅっ!?」


 ミオネルの中にある魔力機関が、その稼働の勢いを増した。

 本来、このメイドゴーレムの中に流れているであろう魔力の流れ。

 それが何倍にも増幅され、ミオネルの全身を巡る。


『お前も連れて行く!!』


 それは、造られたものの執念だっただろうか。

 ミオネルの腕が、ジュギィの足を捉える。


「きゃっ! は、外れないー!」


『ご主人様、どうか、お達者で……!!』


 ミオネルの目から、口から、内部機関から、輝きが放たれる。

 自爆だ。

 だが、その直前だった。


「ほいっ!」


 ミオネルの直上に、黒髪の少女が出現していた。

 手にしたナイフで、ミオネルの腕を切断する。

 そして、爆発が起こる寸前に、その姿を消したのだった。


『申し……訳、ございません……ご主人様……!!』





 爆発の後、戦場の空気が変わった。

 最強のメイドたちが打ち崩されていく。

 そして、悠然と走るのは玉座戦車。

 ふてぶてしく、玉座の上に剣を構えたまま座すのは、黒瞳王ルーザック。

 未だ、彼を狙う狙撃は行われている。

 だが、それは今や精細を欠き、散発的なものになっていた。


「ご主人様、撃破しました」


『お疲れ。私はもう立ち上がってもいい?』


「足を狙ってくると思いますが、既に姉のそれではありませんから、痛いくらいで済むかと」


『やっぱり痛いのか……』


 ため息を付きながら、黒い甲冑の魔王は立ち上がった。

 そして、メイドのセーラの言葉通り、ルーザックの足元へ何発か、着弾がある。


『あいてっ、いてっ』


 少々情けない悲鳴を上げながら、ルーザックが降りて行った。

 その間にも、戦車の上部に伏せたセーラが、狙撃元を狙撃銃で狙い撃つ。

 これは、別のメイドゴーレムを撃破し、奪い取ったものだ。


「我慢して下さい、ご主人様」


『うちのメイドは厳しいな……』


 ぶつぶつ言いながら、戦場を一人、歩く。

 ルーザックの目指す先には、椅子に座った小太りの男がいた。


「ここまで来たのか」


『ああ。終わりだ、鋼鉄王』


「ふん。初めて会った時、ただの小物だとしか思えなかったお前が、気がつけば無視できないほど大きくなっていた。それが今は、僕すら凌ぐ程の戦力を有している。この僕の技術を使って、だ。答えろ、黒瞳王」


『何かね』


「何故、僕の技術をダウングレードした、美学の欠片も無いようなものを使いながら、僕を追い詰めることが出来た?」


『それは私にも美学があるからだ』


「何っ」


『ロボットの中には、人が乗り込むべきだ。私が好きな言葉は、専用機、だ』


「……量産型の良さを理解せん輩か」


『好きなのは専用機だが、実際に動かすなら量産型だな』


「ふっ」


 鋼鉄王は笑った。

 肩を竦め、傍らにあった、冷めた珈琲を飲む。

 そして、胸ポケットからチョコバーを取り出すと、一口かじった。


「僕の命をくれてやろう。お前が勇者のパーティに居たのなら僕にも友人が出来ていたのかもしれないな。そんなお前に言っておく。ここから、七王は本気になるぞ。お前は取るに足りない、黒瞳王という魔王もどきじゃない」


 鋼鉄王の目が、じっとルーザックを見据える。


「人類の脅威。人の敵。魔王ルーザック。……お前、うちのメイドを鹵獲しただろう」


『うむ。主人に厳しいが、いいメイドだ』


「名前はつけたのか」


『ああ。セーラだ。金髪だったからボブカットにした』


「ふっ……分かっている男だ……。ああ、僕は満足したぞ。さあ、やれ」


 鋼鉄王は、立ち上がること無く、両手を広げてルーザックを迎えた。

 黒瞳王が、剣を振り上げる。




 鋼鉄王国は滅亡した。

 魔族の国、ダークアイは、その勢力をさらに大きく広げる事となる。

 かくして、異世界ディオコスモは、その三割を魔族に奪われた。

 人魔の戦いは、激化の一途を辿るのか。

 それとも、何かしらの変化が訪れるのか。

 誰も想像することすら出来ぬまま、鋼魔大戦は終結したのだった。


────────────

これにて、第二章は終了です。


ここまでが書きためられたマニュアル無双。


今週の木曜日より、書下ろしにて、週ニから三回更新で新章がスタートします。


お楽しみに!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る