第53話 魔王の軍勢

 魔法王国グリフォンスは、その領土の半ばを失った。

 わずか一日。

 しかし、恐るべき速度で進軍したダークアイの軍勢は、魔法王国軍を正面から撃破。

 彼ら人間側の切り札であった、魔導王すら、ダークアイの王、黒瞳王ルーザックが退けた。

 魔導王が戦場から撤退したグリフォンスに勝ち目などなく、人間たちは戦線を後退せざるをえなかった。


 ほどなくして、鋼鉄王国ゴーレムランドがグリフォンスへの支援を申し出る。

 大きく勢力を減じたグリフォンスはこれを受け入れ、人的にも、食料などの資源的にも支援を受けることになる。事実上、魔法王国は鋼鉄王国の属国のような形になりつつあった。

 そして。


 放棄されたグリフォンスの都市にて。

 既に、ここに住んでいた人間たちは皆逃げ出し、あるいは逃げる力を持たなかった者は一掃された。

 今では都の大路をオーガが我が物顔で歩き、道端ではゴブリンが、拾い集めてきた人間たちの持ち物を広げて商売の真似事をしている。


「くーださーいな」


「ギッ! !? ジュ、ジュギィサマ!?」


 買い手がやって来たと顔を上げたゴブリン。

 相手が、黒瞳王ルーザックの右腕たるゴブリンの姫、ジュギィだと知って驚愕する。

 辺境であった鷹の尾羽地方で、少数のゴブリンを率いるばかりだった未熟なゴブリンロード。

 だが、今や彼女は魔王軍でも、押しも押されぬ魔将の一角。

 ゴブリンでありながら、サイクロプスやオーガと対等に言葉をかわし、ダークエルフの若長からの教えを受けて魔法を会得し、ドワーフたちから専用のゴーレムを献上されている。

 実質、ルーザックとアリーシャに次ぐ、ダークアイのナンバースリーだ。


「これ、きれい。ジュギィ、これが欲しいな」


「ド、ドゾ! ジュギィサマ、ドゾ!」


「だーめ。お店、ちゃんと商売しないとダメ。ジュギィ、品物のお代は払うよ」


 ジュギィが腰から下げた袋から取り出したのは、キラキラ光る石。

 それも、先刻襲撃した鋼鉄王の軍勢、そのゴーレムから奪った魔法石である。


「ア、アリガトゴザイマス」


 魔法石を受け取って、深々と拝むゴブリン。

 ジュギィは彼を気にする様子もなく、店にある気に入った品……、凝った細工がなされたネックレスを首に掛けた。


「ルーザックサマに見せてこよ!」


「ジュギィサマ! オジカン! カイギデス!」


 るんるん気分のジュギィを、横からせっつくゴブリン。

 ジュギィのお供の一人だ。


「もうそんな時間!」


「ギッ!」


「いそげいそげ!」


「ギィー!」


 ジュギィは走り出した。

 目指すは一路、大通りの終点にある巨大な施設。

 光の神を祀る教会。

 大扉を開けて飛び込んできた小さな影を、居並んだ一同が振り返った。

 礼拝者用の椅子は全て撤去され、教会の中には何も残されてはいない。

 一同はめいめい、勝手なところに腰を下ろし、あるいは寄りかかり、光の神のシンボルである木製のリングに向き合っている。 

 リングの中には、黒瞳王の側近である魔将アリーシャが腰掛けており、その下にルーザックがいた。


「遅かったな、ジュギィ」


「ゴメンなさい! きれいなの見つけてて! これ! これ!」


「ネックレスを手に入れていて遅れていたのか。今度は時間を厳守……」


「ルーちんの朴念仁!」


 ルーザックの後頭部を、アリーシャが蹴飛ばした。


「いたい!」


「もっと言うことあるっしょー。遅刻しないのは大事だけどさ、ジュギィはあれっしょ。ルーちんに見せたいんでしょ」


「む、むむう。そ、そのだなジュギィ。似合っているぞ」


「ほんと!? ありがと、ルーザックサマ!」


 ジュギィが跳び上がって喜んだ。

 この要素を見て、教会の中にほっこりした空気が流れる。


『がはは! 目下もっか向かう所敵なしの黒瞳王も、女には型なしだな!』


 巨大な目玉が、さも愉快そうに体を揺さぶる。

 これには、ドワーフもオーガも大笑い。

 ルーザックの近くに控えていた、側近たるダークエルフも笑みを浮かべていた。

 唯一、戸惑いを隠せない様子の一団がいる。

 それは、つい最近ダークアイに参加したダークエルフの一族だ。


「い、いや、どう見てもこの娘はゴブリンではないか? それに、黒瞳王の頭を蹴るなど……!」


 最も老成した雰囲気のダークエルフが顔をしかめる。ダークエルフ一族の長だった。

 彼らダークエルフは不老である。

 ある程度の外見年齢になると、年を取らなくなる。

 寿命で死ぬということがなくなるのである。

 彼らは自分たちの永遠性が故、新たな生命を生み出すことが少ない。

 そして、新しいしきたりなどを取り入れる柔軟性もまた乏しい。


「長よ。これが新たなる魔王軍なのだ。我らが知る黒瞳王とは全く違う。だが、見よ。現にこの型破りな黒瞳王は盗賊王を下し、我らダークエルフに苦渋を飲ませ続けてきたあの魔導王すら退けた。示された力には敬意を表するのが、我ら誇り高きダークエルフではなかったのか?」


 ルーザックの側近たるダークエルフ、ディオースが言葉を紡いだ。

 彼は、ダークアイの軍勢と寝食を共にすることで、新たな価値観への理解と敬意を持つようになっている。


「それはそうだが……。新たな黒瞳王は、魔法すら扱うことができぬというではないか。そのような王に、我らダークエルフが従えるものか」


「七王と戦うために、魔法がなくとも良いということではないのか?」


 長の言葉に、即座にディオースが返す。

 すると、長の後ろに控えていたダークエルフたちがざわついた。

 ディオースが発したこれは、大変な暴言である。

 高い魔法能力を持つダークエルフにとって、精霊魔法は自らの不死性同様、矜持のよりどころであった。

 それを、当のダークエルフが否定する。


「ディ、ディオース! お前は何を言って……!」


「黒瞳王とやらに腑抜けにされてしまったのですか、兄上!!」


 突如、物凄い剣幕で飛び出してくるものがいた。

 薄桃色の長い髪を持つ、ダークエルフの女だ。

 顔立ちは、どこかディオースに似ている。


「ピスティル。ずっと隠れ里で生まれ育ったお前にはわかるまい。この数ヶ月で、兄は世界の広さを思い知ったのだ。我らダークエルフは変わらねばならない……!」


「里にいた頃の兄上はそんなことを仰る方ではなかったはずです! やはりあの黒瞳王とかいう怪しい輩が兄上を! 許すまじ!」


「私?」


 首をかしげるルーザック。

 だが、ピスティルは問答無用とばかりに、教会の中を駆けた。

 彼女の周囲に土の精霊力が渦巻き、砂埃が巻き起こる。

 ピスティルが手にしているのは、鋭い短剣。突き刺した敵の血を抜き取るという魔剣だ。


「黒瞳王、覚悟! 兄上を返してもらう!」


「そうはイカのなんとか! ほあちょー!」


 振り上げた魔剣に、鋭い打撃が加えられた。


「くっ!? いつの間に!」


 砂埃の中、ピスティルと密着するほどの距離に、リングに腰掛けていた女……アリーシャが立っている。

 魔剣は彼女の足に蹴り飛ばされ、宙へと跳ね上がった。


「こうなれば、精霊魔法……!」


 アリーシャに向けて魔法を使おうとするピスティル。

 だが、彼女の視界から黒髪の女は、忽然と消え失せる。

 現れたのは、ピスティルの背後。

 後ろからがっちりと組み付くと、「せいやーっ!!」裂帛の気合と共に、ピスティルをバックドロップで投げ飛ばした。


「ぎゃん!」


 ぼてっと床に叩きつけられて動かなくなるピスティル。


「はっはっは。副官であるあたしに勝てないあんたが、ルーちんをやれるはず無いっしょ」


「うぐぐぐぐ、悔しい……! 瞬間移動するのがいるなんて聞いてない……」


 この状況に、ダークエルフ一同はポカーンとする。

 サイクロプスは相変わらず、状況を面白がっているし、オーガは臨戦態勢。ジュギィに至っては、いつの間にかルーザックの前にいて身構えている。


「いやあ、びっくりしたぜ……。ルーザックの旦那、ダークエルフってのは生きがいいんだなあ」


「うむ。ディオースが特別に落ち着いているだけかもしれない」


 ドワーフのズムユードとルーザックが、ひそひそ話をしている。

 何やら大変な状況になってしまった、教会跡の会議場。

 ここで、アリーシャがぽん、と手を打った。


「そだ、あたしにいい考えがある!」


「いやな予感しかしないぞ、先輩」


「ダークエルフのキミたち! この女の子は、行儀見習いとしてダークアイが連れてくわね! ディオースは魔法専門だけど、この子は武器もいけそうじゃん!」


「え、ええーっ!?」


 ディオースとダークエルフたちが、愕然として叫んだ。

 この日を境として、ダークエルフたちは、ルーザックの軍勢に組み込まれていくのである。

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