第50話 激突、魔導王vs黒瞳王1

 目玉戦車が戦場を走る。

 そこは国境線から奥深くまで入った、完全に魔法王国領土内である。

 サイクロプスの目玉を上に乗せ、巨大な金属の塊が、ひと繋ぎのベルトで覆われた車輪を回転させ、突き進む。

 邪魔をする魔法王国側の手勢は、踏み潰すか時折放たれる小刻みな目玉の光線が排除する。

 目玉戦車に続くのは、大量のゴブリン戦車だ。

 ゴブリン二名を乗組員とする、この有人ゴーレム。

 圧倒的な小回りと、車高の低さから来る被弾しにくさが売りである。

 さらに、今回はこの他、ゴーレムアーマーを纏ったオーガと、遠隔式高性能小型ゴーレム、ゴキちゃんシリーズ、そして……。


『この風、この肌触りこそ戦場よ!』


 目玉戦車の上に、漆黒の装甲を纏った男が陣取っていた。

 黒瞳王ルーザックである。


「ルーちん、鎧着てるから肌触りとかわかんないじゃん」


『いや、これはこういう定型文なのだ。あまり突っ込んでくれるな……』


 副官であるアリーシャに突っ込まれ、ルーザックは悲しそうに返事をした。

 相手は原作を知らない女子。

 仕方がない。

 ルーザックもまた、ゴーレムアーマーを纏っているのだ。

 その顔に至るまで、漆黒の装甲に覆われていて露出している部分は無い。

 しかもこれは、ルーザック用に調整されたカスタムアーマーだった。

 何しろ、魔力の食い方がオーガ用ゴーレムアーマーの比ではない。

 恐らく、この鎧を纏えるのは、ルーザックとアリーシャだけであろう。

 そしてアリーシャは、美的感覚の問題から、この鎧を着ることは拒否している。


「ルーザックサマかっこいー!」


 ジュギィが歓声をあげた。


『そうか、かっこいいか。ぬふふふふ』


 ルーザックが含み笑いを漏らす。

 ジュギィは基本的に、ルーザックを全肯定してくれるのだが、それでも嬉しいものは嬉しい。

 ジュギィとアリーシャの二人は、目玉戦車の真上……サイクに直接乗っかり、ゴキちゃんを操作している。


『珍しくルーザックが浮かれているようではないか。お前のそのような姿は、我輩ついぞ見たことがないぞ』


「ルーザックサマ、プラモデル好き! 今、プラモデルを着てるの! かっこいい!」


『なるほど、好きなものを身に纏い、戦意が高揚しているというわけか! わはは、それは良いことだ。いつもならばやる気があるのか無いのか分からん顔をしておるからな!』


『そう、俺は今かっこいい……』


 ルーザックが目玉戦車の上で、らしくもなくポーズを決める。

 そこを目掛けて、どこからか炎の塊が飛んで来た。

 それはルーザックの胸板にぶち当たると、なんの痛痒も与えること無く砕け散る。


「そろそろ第二陣のお出ましだねえ」


 アリーシャが目を細めた。

 現在、ダークアイの軍勢は魔法王国へ侵攻中。

 これは、魔導王が直接的に、ダークアイへと攻撃を仕掛けてきたからだ。

 魔法王国グリフォンスの先遣隊を、ゴーレム部隊で撃破したルーザック一行は、そのまま返す刀でグリフォンスへの侵攻を開始したのである。


『ゴブリン戦車隊、前へ! 魔道士どもを粉砕せよ!』


「ギィーッ!!」


 あちこちから、ゴブリン達の声が響き渡る。

 目玉戦車を追い抜く形で、ゴブリン戦車たちが速度を上げた。

 まるで馬の如き速さで、異形の有人ゴーレムが戦場を駆ける。

 彼らの武器は、先端に設置された槍だ。

 この速度では、飛び道具の狙いをつけることも難しいし、余計なウェイトになる。

 前面装甲だけを厚くしたこの新型ゴブリン戦車は、猛烈な速度での吶喊とっかんと、その後相手の後方に駆け抜ける、一撃離脱に特化していた。


 魔法王国側は、猛烈な勢いで向かってくる敵に対して魔法を飛ばすが……。

 車高が低く、二名のゴブリンが腹ばいになって乗り込むこの有人ゴーレムは、とにかく的になる部分が少ない。

 射撃型の魔法ではろくに命中せず、つぎつぎと戦陣を崩されていくばかりだ。

 魔法王国側は、人的な資源を投入しない戦争を目指していたようだった。

 だが、主力兵器である魔法生物は、戦場への運搬、作戦行動の刷り込みを行うためにある程度の準備時間を必要とする。

 電光石火の勢いであった、ダークアイの侵攻は、その隙を与えなかったのだ。


「奇襲は成功だねー。わははは、人間どもが逃げ惑っているよー!」


 サイクの上に立ち、得意げに笑うアリーシャ。

 彼女目掛けて飛んできた魔法は、瞬間移動でやすやすと回避してみせる。

 魔法王国を相手にするということは、全ての相手が飛び道具を有し、戦場のあらゆる場所が標的になりうるのだが、魔族の国ダークアイは、既にそれらへの対策を完了していた。

 そもそも、黒瞳王クラスの相手には、並の魔法では通用しない。

 ジュギィはそもそも、スプライトに命じて常に自分の姿を隠している。


『よし、そろそろ私が……』


「ルーちん、早くその鎧を試したくて仕方ないんでしょー……」


 アリーシャにジトッとした目で睨まれて、ルーザックが頭を掻いた。


『先日の戦いをフィードバックした、鎧の性能を試したくてな……』


「ルーちん、王様なんだからホイホイ前に出ちゃ駄目でしょー。この間だって、オーガ二人連れて勝手に外に出ていっちゃうんだもの」


『う、うむ……』


 叱られると弱いルーザックである。

 仮にも、アリーシャは先代の黒瞳王。

 ルーザックにとって先輩なのだ。


 そこへジュギィからの助けの声が。


「ルーザックサマも上に来て! いっしょに見よう!」


『そうするか』


 ルーザックは高くジャンプすると、サイクの上に着地した。

 そして、腕組みなどして戦場を睥睨へいげいするのだった。


 一方的に押して押して押しまくっているように見えたダークアイの軍勢であったが、魔法王国も対策を打ってきた。

 彼らは、戦場に残された魔導兵を見捨てる策を選択したのである。

 投入される、魔法生物の軍勢。

 複数の獣の特徴を組み合わせられた、その巨大な生物兵器たちは、作戦行動の刷り込みをする間もなく戦場へ出現する。

 与えられたのは、ごく単純な命令。

“この戦場に存在するものを滅ぼせ”である。


「ギィッ!?」


「マホウセイブツ!! ギィー!」


 魔法生物は、ゴブリン戦車へと襲いかかる。

 対人戦を想定しているゴブリン戦車にとって、獣の動きで襲いかかってくる魔法生物は、少々分が悪い。

 本来の目的である一撃離脱は果たせず、乱戦の様相を呈してきた。

 戦場からゴブリン戦車は脱出できず、その突進力を活かすこともできない。

 ある戦車はひっくり返され、上から叩き潰され、戦況に大きな変化が起き始めた。


『ほう、まさか同胞を見捨てるとはな』


 ルーザックの横で、ジュギィが悲鳴をあげる。


「みんなやられちゃう! ルーザックサマ!」


『ああ。鋼鉄兵団を投入せよ!』


「分かった。者ども!!」


 ルーザックの命令に応じたのは、目玉戦車の後ろを追走してきていた、オーガの族長グローン。

 彼が手を振り上げると、目玉戦車周囲に控えていた無数の人型が身構える。


「行けい! フォーメーション・A!!」


『おおおおお!!』


『うおおおおお!!』


 咆哮が轟いた。

 脚部から魔法的な力で、圧縮空気を吐き出しながら走る鋼鉄兵。

 手にするのは、幾つも棘のついた金棒である。

 高速で前線に至った鋼鉄兵は、鈍器を振り回し、魔法生物と激突する。

 魔法生物に伍する体格と、鎧によって強化されたオーガの腕力。そして……。

 叩きつけられた金棒の棘が、魔法生物の体表で爆発した。

 絶叫を上げながら、魔法生物がよろめく。

 金棒は、対魔法生物用に開発された武器なのであった。

 こちらは、ゴーレムなどから回収された火薬が使用されている。


 再び、戦況は覆った。

 鋼鉄兵が、全てにおいて魔法生物を上回る戦闘能力で、戦線を押し込んでいく。

 数こそは、鋼鉄兵の方が少ない。

 だが、彼らには戦術があった。

 複数で一体の魔法生物に当たり、叶う限りの高速でそれを叩き潰す。

 次に、また新たな一体に。

 チームワークなどというものがない魔法生物は、次々に各個撃破されていった。

 これには、魔法生物たちの前を、囮として走り回るゴブリンたちも有効に働いたのである。


「みんな、ルーザックサマが考えたマニュアル通りに戦ってる!」


『うむ。戦場において、冷静さを失った相手は御しやすいものだ。私がかつて見てきたアニメでもそうだった。我々は粛々と、戦術を実行していくだけだ。勝利するための戦術を積み重ね、戦況を築き上げていく。これぞ、戦略なり』


「いやまあ、実際効いてるもんね。大したもんだわ、ルーちん……と。なんかまた向こうが出してくるよ!」


 アリーシャの指摘どおり。

 戦場の空が一面に掻き曇った。

 そして、生まれた暗雲が、戦場に稲妻を落とし始めたではないか。


『自然のものではないな。あれは魔法によるもの。魔導王か、それに近い強力な魔道士による魔法に違いない。ディオース』


「御意。精霊魔法を行使する」


 状況はいよいよ総力戦。

 ルーザックは、己の出番が近いことを確信するのだった。

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