第26話 ダークエルフの実践城攻め

「では、まずは分かりやすい例を見せよう。後半は敗戦を重ねたとは言え、なぜ我らダークエルフが、魔導王に勝ち続けられたのか」


 ディオースに先導され、ルーザック達魔王軍が到着したのは、鷹の翼地方。

 峻嶺しゅんれいな山々に囲まれた天然の城塞であり、険しい山の向こうは海。

 巨大な洞窟がそこには口を開けており、都市は洞窟をくり抜き、山に向かって伸びていく、特殊な作りをしていた。


「開戦の予定は無かったはずだが」


「開戦の必要は無い。地形的に、ここならば私一人で陥落させられるだろう。ホークウインドの土地とは、我々ダークエルフはとても相性がいいんだ。特に……この国の強さは、個人戦力に傾倒している。その個人が存在しないなら、さして恐ろしいものではない」


 つまり、この地域には、今暗殺騎士がいない。

 そうディオースは言っているのである。

 そして、暗殺騎士が存在しない城であるなら、自分ひとりで落とせるとも。


「“精霊魔法、召喚、ベヘモス”」


 ダークエルフが手のひらを翳すと、その下の地面が大きく盛り上がった。

 それは前方へと隆起を大きくしながら進んでいき、やがて全身を起き上がらせる。

 黒と赤の、装甲とも呼べるような肉体である。

 牛のような角を持ち、大地を踏みしめる六足。

 空を見上げ、その獣は高らかに咆哮を上げ……。


「しーっ」


 ルーザックがお口チャックの体勢を取ったので、獣はスッと静かになった。

 ディオースが黙らせたのである。


「これは?」


「地の大精霊ベヘモスだ。私は地と火に長けているが、行使する精霊の中でも最大のものだ。これを用いて、鷹の翼ホークウイングを陥落させてみせよう」


 ディオースは口の中で、呪文を唱え始める。

 それがベヘモスへの命令となったようだ。

 地の大精霊は、巨体を億劫そうに進ませ始めた。


「そして、これが我らダークエルフが、魔導王との初戦を勝利で飾った戦法でもある」


 ベヘモスは、その巨体に見合わず、直接的戦闘力を持たない。

 大地の力を行使するための、増幅装置のような存在なのだ。

 それは地面に向かって魔力を込めると、赤くなっている装甲をギラギラと輝かせる。

 大地が裂けた。

 吹き出すのは、灼熱のマグマである。

 岩山が割れる。

 形を失い、砕けていく。

 岩山の下から、新たな山が誕生しようとしているのだ。


「地下のマグマを操作しているのか。火山を新生させるとは……でたらめだな」


 流石のルーザックも呻いた。

 鷹の翼は、岩山の中に存在する都市である。

 そこが活火山となってしまえばひとたまりも無い。

 都市のあちこちから煙が上がり、わあわあと人の声が聞こえた。

 やがて、岩山に空いた洞窟からたくさんの船が逃げ出していく。

 山の上に聳えた城塞は、地形の変化に耐えきれず、バラバラと崩れ落ちてい行った。

 ほんの数時間の出来事である。

 仕事を終えると、ベヘモスは地面に潜り込むように消えていった。


「これを戦場で行った。無論、私以外のダークエルフも存在し、多くの大精霊が戦場を行き交ったのだ。魔導王に為す術は無かった」


「だが二回目にはある程度の対策が?」


「ああ。見て欲しい。“シルフ”」


 ディオースが精霊の名を呼ぶ。

 風が渦巻き、巻き上げられた砂埃が、微かにエルフの少女のような姿を形作る。


「“ノーム”」


 続いて唱えたディオースの精霊魔法。

 土をぼこりと盛り上げて、ヒゲモジャの土色小人が出現する。

 だが、シルフとノームが出現した場所は同じだった。

 精霊たちは互いに引き寄せ合い、次の瞬間、消滅していた。


「対抗属性というものがある。これを一度の戦闘で看破された。これは精霊魔法のみによらない。自然現象や、鋼鉄王が行う人為的な現象によっても、精霊魔法は容易に打ち消されてしまう。それだけ、これは不安定な魔法なのだ」


「種が割れれば……という事だな。だが、精霊魔術が強力な武器であることに違いはない。今回のようなケースに至っては、特に、だ」


「うん、魔法、凄い」


 ジュギィが目を輝かせている。

 ディオースは、ふとゴブリンの末姫を見た。


「お前にも、精霊魔法の天禀てんびんがある。黒瞳王の右腕たる者、得意な芸当の一つや二つ無くては後々困ろう。後ほどレクチャーしてやる」


「うん!」


 ダークエルフが、ゴブリンに魔法を教えるというのは、前代未聞である。

 ゴブリン達の中には、精霊魔法の天禀を持つものが稀に生まれてくる。

 彼らは自己流の研鑽を行い、それなりに精霊魔法を行使出来るようにはなる。だが、大精霊を召喚出来るゴブリンはいない。


「無論、大精霊を召喚できるようにしてやる」


「ありがと!!」


 ダークエルフに対してフランクなジュギィを、姉のアージェが後ろからハラハラしながら見つめている。

 彼女は、ダークエルフという種族が、自分達よりどれほど格上の存在なのか知っているのだ。


「べっつに、心配ないんじゃない? ほら、ルーちんと仲間になった魔族って、前とはちょっち変わってくるし? それにジュギィって色々経験してきてるんだから、アージェが思ってるより成長してるって」


「ですが……。やはり、こう、ハラハラするものです。実際にダークエルフの恐ろしさを目の前で見てもいるのですから」


「ディオースなら大丈夫だろう。ジュギィが魔法を学ぶことが可能なら、他に魔法使い要員として育成出来るゴブリンも存在するかもしれない。飛び道具によらぬ遠距離攻撃が可能になれば、我が軍の戦力もより安定度を増す事になる」


「いや、だからねルーちん、そーゆーことじゃなくて! あー」


「?」


 感情面の話を排除したルーザックの言葉は、正しくはあるがこの状況ではお呼びではない。

 アージェの肩の上に飛び乗ったアリーシャ、ルーザックにしっしっ、と追い払う仕草を見せた。

 黒瞳王は困った顔をして離れていく。

 何が何だか分かっていないのだ。

 ディオースは肩を竦めながら、黒瞳王を出迎えた。


「感情の話だろう? 我らダークエルフも、精霊の動きとしてそういうものが存在することは知っている。だが、今現在、その話は重要ではない。黒瞳王よ。私が貴方に問いたいのは、これからの動きだ」


「ああ。鷹の翼を落とした。これは事実上の、ホークウインドへの宣戦布告となるだろうな。右足、翼と領地を失い、盗賊王は我々魔王軍の存在を確信するはずだ」


「そういう事だ。私は今回、力を見せるためにあえてこれを行った。既に、時間は無いと睨んだからだ。単眼鬼が魔眼光にて、盗賊王の軍勢を焼き払っている。今度こそ、敵はこちらと戦うための軍を整え、明確な敵意を持って襲ってくるはずだ。だからこそ、今出鼻をくじいた」


「ふむ。これで向こうの国土は五割。鷹の左足、鷹の頭、そして鷹の心臓。王都たる心臓に近いここからならば、盗賊王の首を狙えるか……」


 ルーザックは思案し始めた。

 展開が急すぎる。

 まだ、戦況に応じたマニュアルは始めの一枚たりとて作られてはいない。

 勢いに乗ってはいる。

 だが、その勢いのままに、何も考えずに攻めていいものだろうか。


「帰還する。これより、盗賊王との全面戦闘が起こる可能性がある。その状況に合わせたマニュアルの作成と、戦闘訓練を行う」


 ルーザックは宣言した。

 共についてきたゴブリン達は、一切の疑問を差し挟む事無く、彼の言葉に従う。

 ディオースもまた深く頷いた。


「戦況のコントロールは私が行おう。貴方はこの力を、いかにマニュアルとやらに組み込むかを考えてもらいたい。過去の我々は、ここから勢いに乗って攻め、負け始めた・・・・・


「うむ。だが、以前よりは幾分か気持ちは楽だよ。何せ、今回は頭脳が二つある。知恵を貸してくれ、ディオース」


「御意に」


 

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